FC2ブログ
「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
    嶋津 暉之

さる9月7日、超党派の議員連盟「八ッ場ダムを考える1都5県議会議員の会」が衆議院第一議員会館会議室で総会を開き、今後も八ッ場ダム事業の監視を続け、各都県議会で八ッ場ダムの問題を取り上げていくことを確認しました。

総会後の学習会では、渡辺洋子さん(八ッ場あしたの会)が八ッ場ダム事業の現状について、私が7月の西日本豪雨災害について報告しました。

西日本豪雨災害の報告に使ったスライドが八ッ場あしたの会のホームページに下記のとおり、掲載されました。お読みいただければと思います。

● 西日本豪雨災害の全容(概要)
「西日本豪雨災害を踏まえて 治山治水行政の転換を!」

https://yamba-net.org/wp/wp-content/uploads/2018/09/0c3a95e4cf7acd95cc0ff40987f85987.pdf

 ● 岡山県・高梁川水系の氾濫 「高梁川支流・小田川(岡山県真備町) の氾濫防止事業を半世紀も先送りした 国土交通省」   https://yamba-net.org/wp/wp-content/uploads/2018/09/a077d92d956f67c681c98b0353ac6adf.pdf ● ダムの緊急放流問題 「西日本豪雨で明らかになったダムの限界と危険性」   https://yamba-net.org/wp/wp-content/uploads/2018/09/5c1ffe0b2b018b4417c14e3269a4efc8.pdf

【2018/09/16 10:24】 | 未分類
トラックバック(0) |
       嶋津 暉之

すでにお伝えしたように、超党派の国会議員らでつくる公共事業チェック議員の会のメンバー4人が13日、石木ダム建設予定地を視察しました。
しんぶん赤旗の記事に書かれているように、川棚川の河口付近では川面から数十センチのところに住宅が立ち並び、水深も浅く大雨が降れば浸水する状況です。

ここは石木ダムができても大雨が降れば、浸水するところですが、川棚大橋より下流1kmは港湾管理区間になっていて、河川管理の対象でないからということで、この港湾管理区間は河川整備計画の対象から外されています。

 石木ダムができれば、川棚川流域は氾濫しなくなるというのは、虚構の話なのです。

◆長崎・石木ダムの建設予定地 調査と意見交換 公共事業チェック議員の会
(しんぶん赤旗2018年9月15日(土))
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-09-15/2018091504_04_1.html
 
 超党派の議員でつくる「公共事業チェック議員の会」は13日、長崎県と佐世保市が川棚町に計画している石木ダムの建設予定地を訪れ現地調査し、地元地権者らと意見交換しました。

 調査は2015年以来2回目で、西日本豪雨災害でダムの大量放流により被害が拡大した問題などを受け実施されたもの。日本共産党の山添拓参院議員、立憲民主党から初鹿明博、大河原雅子、松平浩一各衆院議員が参加。共産党の久保田和恵川棚町議も同行しました。

 地元地権者の岩下和雄さん(71)の案内で川棚川の河口から中流域、ダム建設予定地を視察。河口付近では川面から数十センチのところに住宅が立ち並び、水深も浅く大雨が降れば浸水する状況。「県はなぜ整備しないのか」との問いに岩下さんは「わざとやろうとしない。整備をしてしまえばダムは必要なくなるから」と答えました。

 懇談では地元住民から「水没予定地には13世帯約60人が生活している。13世帯を水没させてまで強制収用するような所は全国にない。ぜひ国をただしてほしい」などの声が上がりました。

 山添議員は、ダム放流により氾濫した愛媛県肱川を例に、ダムが洪水を防ぐという考えは間違いだと指摘。「河川整備は放置し、ダム建設だけは何がなんでもすすめる県の姿勢は、民主主義の国では許されない。党派を超えて必ずこれを食い止めていくためにがんばりたい」と語りました。


追記を閉じる▲

【2018/09/16 07:35】 | 未分類
トラックバック(0) |
      嶋津 暉之

超党派の国会議員らでつくる公共事業チェック議員の会のメンバー4人が13日、石木ダム建設予定地を視察しました。

◆国会議員団 石木ダム建設予定地視察(NBC長崎放送)★動画あり
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180914-00001483-nbcv-l42

公共事業が適正に行われているかチェックしている国会議員団のメンバーが、13日、東彼・川棚町の石木ダム建設予定地を視察しました。

視察したのは、超党派の国会議員からなる「公共事業チェック議員の会」のメンバー4人で建設予定地の視察は2015年に続き2回目です。今回は、7月に石木ダム事業認定の取り消しを求めた裁判で原告側が敗訴したことや、西日本豪雨の際、ダムの放流によって犠牲者が出たことを受けて行われました。会では水道水確保においては漏水対策に力を入れるなどダム以外にも費用が少なく有効な方法があると話しました。視察後には意見交換が行われ結果は臨時国会で開かれる「公共事業チェック議員の会」の総会で報告されます。

◆石木ダム「必要性に疑問」 超党派国会議員団が視察
(長崎新聞2018/9/14 16:009/15 00:19)
https://this.kiji.is/413144401296786529

 県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業を巡り、超党派の国会議員らでつくる公共事業チェック議員の会(会長・荒井聰衆院議員)のメンバー4人が13日、ダム建設予定地を視察し、反対地権者らと意見交換した。同会事務局長の初鹿明博衆院議員(立憲民主)は「利水、治水の両面で必要性に疑問がある。国会審議で国にただしていく」と述べた。
 他のメンバーは衆院議員の松平浩一、大河原雅子(いずれも立憲民主)、参院議員の山添拓(共産)の各氏。同会の視察は2015年以来2回目。西日本豪雨でダムの大量放流による浸水被害が発生した問題を受け「治水計画の再検証が必要」と再訪した。
 地権者の案内で川棚川の河口や水没予定地などを巡り、住民らと意見交換。住民の1人は「13世帯もの住民がいる土地を強制収用することが許されるのか。国にしっかりただしてほしい」と訴えた。初鹿議員は「河川改修などダム建設以前にやるべき治水対策があると感じた。佐世保市の水需要予測にも疑問がある。皆さんの声が届くようにしたい」と述べた。

 
◆石木ダム 予定地、超党派で現地を視察 国会議員4人 /長崎
(毎日新聞長崎版2018年9月14日)
https://mainichi.jp/articles/20180914/ddl/k42/010/305000c

 超党派の国会議員で作る「公共事業チェック議員の会」(荒井聡会長、47人)のメンバー4人が13日、県と佐世保市が川棚町に計画する石木ダムの建設予定地を視察した。

 同会の視察は3年前に続き2回目。今回は、水没予定地に住む地権者らが国の事業認定の取り消しを求めた訴訟について、長崎地裁が7月に請求を棄却したことや、7月の西日本豪雨でダムからの放流で被害が拡大したことなど新たな状況を受けて視察した。

 訪れたのは同会事務局長の初鹿明博氏(立憲民主)、同会幹事の山添拓氏(共産)ら。一行は地権者の岩下和雄さん(71)の案内で川棚川の河口から水没予定地の上流に向かって視察した。岩下さんは、半世紀に及ぶダム建設の経緯や反対運動を紹介しながら県や同市の主張、地権者の思いなどを説明した。


追記を閉じる▲

【2018/09/16 07:30】 | 未分類
トラックバック(0) |
       嶋津 暉之

川辺川ダム問題についての朝日新聞の記事をお送りします。
この記事にも書かれているように、国土交通省は長期的に川辺川ダム計画の復活を狙っています。

◆熊本)川辺川ダム中止表明10年 明るい兆し、残る不安
(朝日新聞熊本版2018年9月15日03時00分) 
https://digital.asahi.com/articles/ASL9F00YVL9DTLVB00P.html?iref=pc_ss_date

川辺川ダムをめぐる主な動き(肩書は当時)

 川辺川ダム計画に蒲島郁夫県知事が「白紙撤回」を表明してから、11日で10年となった。清流が残された熊本県五木村では豊かな自然環境にひかれて観光客が増えるなど明るい兆しもあるが、水没予定地からの移転を機に多くの住民が村外に出て、残った住民は将来に不安を募らせる。ダムに代わる流域の治水対策の策定も難航する中、ダム建設計画復活があるのではないかと懸念する声もある。

観光客・林業 明るい兆しも

 かつて五木村役場や住宅が立っていた川辺川沿いの旧水没予定地には、公園が完成し、コテージでのキャンプやボルダリングなどが楽しめる広場の整備が進んでいる。そこから約70メートル上の高台に、16年前に移転した役場や、住宅などが整然と並ぶ。ただ、住宅街はひっそりとし、近くの道の駅から「五木の子守唄」の放送が聞こえてくる。

 「10年たって施設はできたが、人はおらん。村全体があきらめムードだ」。旧水没予定地から14年前にこの高台に移転した北原束(つかね)さん(82)はこぼした。最初はダムに反対だったが、国や県から強い要請を受けて妥協し、水没者団体の事務局長として補償や生活再建の条件交渉に取り組んだ。

 だが、ダム計画を機に移転した約500世帯の7割以上は村外へ出た。「病院、買い物、職探しなどが便利な人吉市などに流れてしまうのは仕方がなかったと思う」と北原さん。村の現在の人口は8月31日現在507世帯1116人。ピークの1959年9月(6299人)の2割足らずまで減った。「ダムに反対すればよかったと思う時もある。こんなに人が減らずにすんだかもしれないから」

 ただ、県と村が旅行会社へのPRを強化し、夏の川遊びを楽しむ村外の小学生の林間学校などが人気を呼んだ結果、この10年で村への観光客は12万人から17万人に増加。林業の売り上げも2・5倍に増えるなど明るい要因もある。

 川辺川ダム反対運動に取り組み、絶滅が危ぶまれるクマタカの生息域を粘り強く観察してダム工事の一部予定地を国交省に断念させたことで知られる環境カウンセラーの靎(つる)詳子さん(69)は「清流川辺川はとりあえず守られた。造られていれば、下流は水質がどんどん悪化していただろう。ダム建設をめぐる流域住民の分断も解消することができた」と評価する。

 一方、五木村の和田拓也村長(71)は白紙撤回に不満を隠さず、「(国がやる気になれば)ダム建設はまだ可能だ」とさえ言う。

 中心部がダム湖に水没する予定だった村は当初、ダムに反対していたが、国や県、下流域の市町村からの要請を受けて1982年に「苦渋の決断」として賛成に転じた。96年には本体工事に同意。ダムの見返りとして、地域振興のための国の補助金約400億円を見込んでいた。それを覆したのが知事発言だった。県は代わりに計約60億円の財政支援を決めたが、国から当て込んでいた額の2割に満たない。和田村長はダムが復活するなら「当初の国の補助金が期待できるので賛成する」と断言。ダムができなければ「国から得られるはずだった規模の村振興策を県にできるだけ実現してほしい」と訴える。

「ダムで水害防げぬ」当時の流域首長

 球磨川流域の当時の首長たちは今何を思うのか。

 蒲島知事の中止表明に先だってダムへの反対姿勢を打ち出し、知事の決断に影響を与えたといわれるのが相良村と人吉市だ。

 ダム建設予定地だった相良村の徳田正臣村長(59)は2008年8月末、「容認しがたい」とダム反対を表明。数日後に、ダム下流の中心都市の人吉市議会で、当時の田中信孝市長(71)が「白紙撤回」を言明した。

 徳田村長は「ダムで本当に治水はできるのか。自然環境を大切にする地域のほうが魅力を高めると考えた」と振り返る。田中元市長は「国土交通省や地元紙の住民アンケート、市の公聴会などで民意の多数がダム反対だった。ダムを造れば治水は安全だという国土交通省の考え方にも疑問を抱き、半年間考えて決断した」と当時の思いを語り、今年7月の西日本豪雨に触れて「ダムでは水害を防げないと、どんどん証明されている」と指摘する。

計画復活に警戒の声

 知事の「白紙撤回」後、「ダムによらない治水を検討する場」が流域市町村と県、国により09年から15年まで12回開かれ、その後「球磨川治水対策協議会」に名を変えて8回開催されている。国からは遊水池や放水路の設置、上流の市房ダム(水上村)の機能強化などが提案されたが、流域市町村によっては流水量が増えて危険が増すなど状況は複雑で、結論がまとまる見通しは立っていない。そんな中、ダム復活を警戒する声もある。

 ダム建設は中止されたが、ダムを前提に国交省が07年に策定した球磨川の河川整備基本方針は存続している。民主党政権は12年、ダム計画中止と併せて水没予定地の地域振興を支援するための特別措置法案を閣議決定。成立すれば特定多目的ダム法に基づくダム建設計画の中止が法的にも保障されるはずだったが、衆院解散で廃案となり立ち消えとなった。田中・元人吉市長と徳田・相良村長は「ダム計画の根拠法は残っている」と指摘し、「国はいつかダムを復活させたいのでは」と見る。

 地元にも、ダム計画の存続を前提にした組織が残っている。球磨川水系流域の市町村長でつくる「川辺川ダム建設促進協議会」。約30年前に発足し、年1回の総会で五木村の振興策などを協議し国や県に働きかけている。「建設促進とはおかしい」と09年に脱会を表明した相良村の徳田村長は昨年7月、正式に脱会を認められた。

 事務局が置かれている球磨村の柳詰正治村長(65)は「(川辺川ダム中止は)蒲島知事が言っただけで、法的に決まったわけではない。だから『建設促進』の名前を残している。五木村が流域市町村の要望を受け入れてダムに賛成してくれたのだから、我々には応援する責任がある」と語った。(村上伸一)

 ◇

 〈川辺川ダム計画〉 県南部を流れる球磨川の支流、川辺川に国が九州最大級のダムを建設する計画を1966年に発表。きっかけは球磨川流域の人吉市などで63年から3年連続で起きた大水害で、下流域の洪水防止が目的だった。中心部が水没することになる五木村は猛反対したが、30年後の96年にダム本体工事に同意。その後、ダム利用の目的を広げた土地改良事業(利水事業)で農家の同意取得に不正があったと主張する住民らが2003年に福岡高裁で勝訴。ダム建設中止の機運に大きな影響を与えた。08年9月に蒲島郁夫知事が「白紙撤回」を表明、民主党政権下の09年9月に前原誠司国交相が建設中止を明言した。

 


追記を閉じる▲

【2018/09/16 07:20】 | 未分類
トラックバック(0) |
        嶋津 暉之

蒲島郁夫熊本県知事が、球磨川水系の川辺川ダム建設計画の白紙撤回を表明してから10年になります。
その後、国の方針としては中止になりましたが、川辺川ダム建設基本計画は存続しており、国土交通省は長期的に川辺川ダム事業の復活を狙っています。

なお、余談ですが、蒲島知事は世論に逆らえずに中止を表明したのであって、氏の本意ではありませんでした。蒲島知事は必要性皆無の県営・路木ダムの建設を強行しました。また、荒瀬ダムの撤去方針を撤回しようともしました。脱ダムとは程遠い人物です。

◆川辺川ダム 熊本県知事の建設白紙撤回から10年「ダムによらない治水」の今は
(毎日新聞2018年9月11日) 

 熊本県の蒲島(かばしま)郁夫知事が、球磨川水系で進められていた国の川辺川ダム建設計画の白紙撤回を表明して11日で10年となった。表明1年後に誕生した旧民主党政権が中止を決断し、ダム計画は休眠状態となったが、特定多目的ダム法に基づく廃止手続きはとられておらず、ダム計画は法的に今も生きている。ダムによらない球磨川水系の治水を考える国、県、地元自治体の協議は決着しておらず、計画が息を吹き返す可能性も残っている。【福岡賢正】

 <川辺川ダム>熊本知事が振り返る「修復の政治」

 「『現在の民意』は川辺川ダムによらない治水を追求し、いまある球磨川を守っていくことを選択している」。2008年の9月県議会の冒頭、蒲島知事は世論を根拠に川辺川ダム計画の白紙撤回を表明した。ただし「『未来の民意』については、人知の及ぶところではありません」とも述べていた。

 川辺川ダムは1965年7月に球磨川流域で起きた戦後最大の水害を機に、翌66年、国が治水専用ダムとして計画を発表した。2年後に農業利水と発電が目的に加えられて多目的ダムになったが、90年代にダムによる環境破壊を懸念する住民や川漁師らが反対運動を起こし、2003年には利水事業の正当性を争う訴訟で国が反対農民に敗訴。07年に利水と発電の事業者である農林水産省と電源開発がダム計画から撤退し、再び焦点は治水に絞られた。

 蒲島知事が白紙撤回を表明したのはその翌年。知事は「治水の方法論として、その地域なりの要望をよく聞き、流域に暮らす人たちの理解を得ながら進めていくというのがあるべき姿」などと述べた。

 その言葉を実現するために設けられたのが「ダムによらない治水を検討する場」だ。「新設ダム以外の治水策を極限まで検討する」として、国土交通省九州地方整備局と県河川課、流域市町村が案を出し合って治水対策を積み上げていき、6年間の協議の末、堤防強化など17項目の対策をまとめ順次実行に移している。

 だが、全ての項目を実施しても一部自治体では5年に1度の確率で洪水被害が起きるとのシミュレーション結果を国が示したため、「治水安全度が低すぎる」と市町村が反発。県は河川監視カメラの設置など防災・減災のためのソフト対策費用の3分の2を補助する支援を始めた。しかし、あくまでもハード事業によるリスク軽減を求める市町村側は納得せず、県は新たな枠組みとして、国、市町村と共に「球磨川治水対策協議会」を設置し、戦後最大の洪水を安全に流せるハード対策を策定すべく協議を続けている。

 一方、国は蒲島知事の白紙撤回表明前年の07年に策定した「球磨川水系河川整備基本方針」を今も堅持している。この基本方針は川辺川ダムによる洪水調節を前提としたもので、国は「検討する場」でも途中まで「ダム治水が最適」と主張していた。このため「国の本音は今もダム」と見る流域首長もいる。

 「検討する場」の初回から全会合を傍聴してきた住民団体の幹部は「ダムの事業主体である国が論議を主導する限り、現実的なダムの代替案は出てこない。10年やって結論が出ないのはやり方が間違っているからで、県が主導し、ダムに批判的な専門家も加えて検討すべきだ」と訴える。

観光客4割増…五木村の水没予定地

 一方、川辺川ダムにより中心部が湖底に沈む予定だった同県五木村は変化をみせている。水没予定地の住民がほとんど移転を終え、ダム湖を生かした観光振興を進めようとした矢先の白紙撤回表明に当初、村は猛反発した。だが、県などの振興策が功を奏して観光客が4割増えるなど元気を取り戻しつつある。

 「可能な限りここで暮らしたい」と、最後まで水没予定地に残って昔ながらの自給自足的な生活を続けていた尾方茂さん(91)の家を訪ねると、代替地に住む義弟の木野辰喜さん(79)が草刈り機で敷地内の草を払っていた。尾方さんは足が不自由になったため2年前に村外の福祉施設に入り、空き家となった家や田畑を自分が管理しているのだという。

 「1年放っておいたら草ぼうぼうになる。もったいなかけん、毎年田んぼにゃそばを植えとります」。そう語る木野さんに、この10年を振り返ってどう思うか聞くと、「あんまり大きな声じゃ言われんかもしれんばってん」と前置きしてこう続けた。「ダムができんで良かった。できとったら村の宝の川辺川の清流が無くなってしまっとるところだった。今じゃ住民はほとんど、できなくて良かったなあと言ってますよ」

 尾方さんの家を除く約500世帯が移転して、広大な空き地が広がっていた村の水没予定地には、4年前から林業施設や全天候型屋根付き広場を備えた公園などが次々に完成し、今もアウトドア施設やコテージ(貸別荘)などのレジャー施設の建設が進められている。

 これらはダム計画中止後の村の振興策を話し合う国、県、村による3者協議に基づいて整備されている。今月7日に村役場であった協議でも和田拓也村長が「日本一の清流、川辺川の景観を楽しんでいただける最適の立地なので、観光振興と雇用の場の創出を促したい」と水没予定地活用へ期待を込めた。

 村や県によると、2008年8月末に1405人だった人口が今年7月末には1115人と、10年で2割減少するなど人口減に歯止めはかかっていない。しかし、2008年度に12・7万人だった村内への観光客は、17年度には17.4万人と4割増え、木材生産も1万1700立方メートルから2万9300立方メートルへと2.5倍になるなど基幹産業の観光と林業は好調だ。15年度に15歳以上の村民を対象にしたアンケート調査でも、村が振興している「実感がある」が45%で、「実感がない」(13.4%)の3倍以上だった。

 振興策の一つとして昨年4月に村役場近くに開館した「五木村歴史文化交流館ヒストリアテラス五木谷」は、国内外のさまざまな木のオモチャで自由に遊べる「こどもかん」が人気で、休日には村外から訪れる親子連れでにぎわう。

 同館で働く高田律子さん(38)は「今年の夏も川遊びがてら大勢の方に立ち寄ってもらった。お盆の期間(8月11~19日)だけで、村の人口に匹敵する1000人以上が入館したんですよ」と声を弾ませた。

頻発する豪雨災害 問われるダムの有効性

 ダム事業は公共事業の中でもとりわけ事業費の増大や環境への影響が問題視され、長年見直しの議論にさらされてきた。最近では記録的豪雨による水害が相次ぎ治水の重要性が高まる一方、ダムの有効性や運用方法も問われている。川辺川ダムのように賛否に揺れる事業は、迷走が深まる可能性もある。

 ダムの是非の論議が活発になったのは「コンクリートから人へ」と訴え、公共事業の削減を図った旧民主党政権が誕生した2009年だ。当時の前原誠司国交相は川辺川ダムや八ッ場ダム(群馬県)を中止する考えを示すとともに、国の直轄や補助による全143のダム事業の見直しを表明した。

 そのうちの着工中などを除く83事業について、同年12月から有識者会議が検証を開始。54件が「継続」、25件は「中止」と結論づけられたが、残り4件は未定で検証作業はまだ続いている。ただ、中止とされた事業も検証前から事実上止まっていたものが多かった。地元自治体が中止に反発していた八ッ場ダムも検証で「継続」とされて事業は復活した。

 有識者会議は治水対策の方向性として「地球温暖化により大雨の頻度が増加すると考えられる」と安全度の低下を招かないことをポイントの一つとしていた。指摘通り最近は豪雨災害が頻発しているが、記録的豪雨による大水害はダムの限界や、管理の難しさも浮かび上がらせている。

 7月の西日本豪雨では愛媛県の野村ダムと鹿野川ダムの大規模放流後に肘川が氾濫し、住民から「人災」との批判が上がっている。国交省四国地方整備局は両ダムについて、操作や災害時の情報提供の検証に乗り出す事態となっている。

 大熊孝・新潟大名誉教授(河川工学)は「ダムは生態系を破壊し、土砂も堆積(たいせき)するため根本的には取るべきではない手法」とした上で「近年、越水をしても簡単に破堤しない堤防強化の技術や、土木機械は飛躍的に進歩し、河川改修はダムより安く、短期間にできるようになった。だが、国はダムに傾倒しその技術を十分、反映させていない。さらにダムは計画の想定を上回る雨が降れば機能しなくなる。多少あふれても破堤をしないよう堤防を強化するなど、治水対策は河道改修中心に転換すべきだ」と訴える。



追記を閉じる▲

【2018/09/16 07:15】 | 未分類
トラックバック(0) |
        嶋津 暉之

前にもお伝えしましたが、国土交通省が事業費約290億円で、愛媛県・肱川の河道整備を前倒しで実施すると発表しました。
災害前は河道整備を後回しにして、軽んじていたのに、災害後に慌てて河道整備に力を入れるのは、国土交通省のいつもの行動パターンです。
2015年9月の鬼怒川水害の時もそうでした。

◆愛媛)国と県が肱川整備を前倒し 西日本豪雨規模に対応
(朝日新聞愛媛版2018年9月15日03時00分)

 国土交通省四国地方整備局と県は、西日本豪雨で氾濫(はんらん)して大きな被害を出した肱川の緊急治水対策を発表した。事業費は約290億円。西日本豪雨と同じ規模の雨量でも越水しないよう、5年程度で堤防整備や河道掘削などを完了させるとしている。

 肱川をめぐっては整備局と県が04年、約30年間で堤防整備を完了させるなどとする「肱川水系河川整備計画」を決定している。この整備計画では、戦後最大とされていた1945年9月洪水とピーク流量が同規模の洪水を安全に流下させることを目標としていたが、西日本豪雨の規模は45年洪水の規模を上回った。そのため、計画の一部を前倒して実施し、さらに上回る対策を取ることにした。

 緊急対策では、まず今年度中の対応として、流下能力を上げるために川沿いの樹木伐採や河道掘削などを実施。さらに大洲市の白滝、豊中、八多喜、伊州子、春賀、東大洲、阿蔵の計7地区では、完成した堤防より低い「暫定堤防」を70センチ程度かさ上げする。2004、05、11年の台風による洪水と同規模の洪水に対応できるという。

 また、06年度から進めていた鹿野川ダムの容量拡大の工事が今年度中に完了するため、来年度から野村ダムも含めた両ダムの操作規則を変更する予定。

 23年度をめどに、さらに堤防の整備を進め、西日本豪雨規模の洪水が越水しないようにする。豪雨で大きな被害が出た菅田地区などで新たに堤防をつくるほか、東大洲地区より下流の暫定堤防をさらにかさ上げし、完成堤防にする。(大川洋輔)



追記を閉じる▲

【2018/09/16 07:10】 | 未分類
トラックバック(0) |
      嶋津 暉之

愛媛県・肱川のダム緊急放流問題について避難指示の情報遅れが問題になっています。
そのことも問題でしょうが、根本の問題はダム偏重の河川行政にあります。
肝心の時に役立たないだけでなく、下流住民が避難する時間をも奪ってしまうダムに依存した治水計画を改めるべきです。

◆ダム操作の検証 肱川地域に避難指示の情報遅れ
(テレビ愛媛2018/09/14 20:35) 
http://www.ebc.co.jp/news/data/index.asp?sn=6022

野村ダムと鹿野川ダムの放流操作を検証する会合が開かれ、7月の豪雨当時、肱川支所への避難指示の情報が大幅に遅れていたことが指摘されました。

7月の豪雨では野村ダムと鹿野川ダムの緊急放流で肱川が氾濫し、西予市と大洲市であわせて8人が犠牲になりました。

きょう開かれた2回目の検証の場の会合には大洲市と西予市の担当者が出席。大洲市が7月の豪雨で避難指示を発令した際、土砂崩れで防災無線の回線が遮断され肱川支所への情報伝達が大幅に遅れたことが指摘されました。

この問題を受け大洲市は避難の情報が支所や市民に伝わったかどうか確認できるシステムを構築する方針です。国は今月18日から大洲市の住民を対象に説明会を開く予定で、今後、住民の意見を踏まえながら検証結果を取りまとめます。


◆ダムの情報伝達 住民との情報共有推進(愛媛県)
(南海放送2018/9/14 18: 22) 
http://www.news24.jp/nnn/news87810546.html

西日本豪雨を受けて国土交通省が設置した効果的なダム操作や情報提供のあり方などを検証する2回目の会議が大洲市で開かれた。

14日の会議には委員を務める河川工学や防災情報の専門家をはじめ、西予市や大洲市の市長などが出席した。

会では、まず西日本豪雨の際にダムと自治体がどのような情報伝達を行っていたか担当者から説明があった。

この中で、大洲市が避難指示を出す基準が川の水位であったことについて、委員からは当時、水位情報を住民が知る機会があれば自主的に避難する可能性もあったのではという指摘があった。

また別の委員は、今後の住民への情報提供については「注意喚起の文言を変えただけでは行動してもらうのに限界がある」とした上で集会やアンケートなどでの情報共有の必要性を訴えた。

四国地方整備局では、年内を目標に会議での意見を取りまとめたいとしている。

◆西日本豪雨 避難指示、連絡忘れ 大洲市、3支所に /愛媛
(毎日新聞愛媛版2018年9月14日)
https://mainichi.jp/articles/20180914/ddl/k38/040/510000c

 西日本豪雨の際、市内全域に避難指示が出された大洲市で、市が肱川、長浜、河辺の3支所に指示発令の連絡を忘れていたことが13日明らかになった。また、肱川、河辺両支所管内に指示を伝える防災行政無線がケーブルの断線で放送されなかったことも分かり、市は調査を始めた。

 市によると、大洲市では7月7日午前7時半、鹿野川ダム(同市肱川町)が大規模放流をする5分前に市内全域に避難指示を発令。防災無線で放送し、消防団など関係機関に連絡したが、市内に三つある支所へは連絡はしなかった。市危機管理課の業務マニュアルでは連絡は義務づけられていないが慣例的にいつも連絡しており、今回は忘れていたという。

 肱川支所は近くの河辺川が氾濫したため、午前8時過ぎに危険と判断し、独自に防災無線で避難を呼びかけた。同課は「速やかに連絡していればもっと早く避難できた可能性があり、重く受け止める」とし、「今後は支所との連絡体制をマニュアルとして位置づける」としている。【中川祐一】

 


追記を閉じる▲

【2018/09/16 07:05】 | 未分類
トラックバック(0) |
    嶋津 暉之

岡山県では高梁川支流・小田川とその支川が氾濫し、甚大な被害が発生しました。
この高梁川の東側を流れる旭川では、岡山県営の旭川ダムが満水に近づき、緊急放流直前まで行きました。

◆旭川ダムの大量放流が間際で回避 西日本豪雨で浸水拡大した恐れ
(山陽新聞2018年09月14日)
http://www.sanyonews.jp/article/788323/1/?rct=seiji

西日本豪雨が岡山県内を直撃した7月6日深夜から7日未明にかけ、県管理の旭川ダム(岡山市北区建部町鶴田)で緊急時に行う大量放流が実施間際だったことが13日、県などへの取材で分かった。雨が小康状態になったため回避されたが、仮に実施していれば、安全基準の5・6倍となる毎秒3700トンが放流され、旭川の下流域で浸水被害が拡大した可能性があった。

 今回の豪雨を巡っては、愛媛県の肱(ひじ)川上流にある二つのダム(大洲、西予市)が緊急的に大量放流。約3500世帯が浸水して3人が死亡するなど、非常時のダム操作の在り方が新たな災害対応の課題として浮上している。

 大量放流は「異常洪水時防災操作」と呼ばれ、流入した水とほぼ同じ量を放流する。ダムの水があふれて電気系統の設備が故障するのを防ぐことが狙い。下流域で洪水が起きる可能性が高まるため、全国558カ所のダムでも昨年末までの過去10年間で40回しか行われておらず、岡山県内では今回の豪雨で高梁川水系の河本ダム(新見市)が6日午後11時から約1時間半にわたり実施するまで例がなかった。
 旭川ダムは総貯水容量が5738万2千トンと河本ダムを上回り、県内で4番目に大きい。防災操作については、ダムの水位が満水に近い38・35メートル(コンクリート堤部分)を超える恐れがある場合に判断すると県の規則で定めており、7日午前1時半には37・22メートルに達していた。

 旭川ダムの管理事務所は水位上昇を受け、放流量を拡大。下流域で家屋の浸水被害が起きないとされる安全基準は毎秒650トンだが、6日午後7時に毎秒1千トン、同10時には同2千トン、7日午前0時20分には同2412トンに引き上げて防災操作に踏み切るタイミングを見極めていた。

 一方、県を介して状況を把握した岡山市は6日午後10時、浸水の危険性が高い旭川の中州にある中区東中島町、西中島町(計160世帯273人)に避難指示を発令。消防署員らが住宅一軒一軒に避難を呼び掛ける異例の対応を取った。

 雨はその後弱まり、流域平均の1時間雨量は6日午後4時から10時にかけて29・8~11・8ミリだったのが、同11時には7・0ミリに落ち着いた。ダムの水位も7日の明け方に下降し、防災操作は免れた。

 旭川の下流域では、岡山市北区御津国ケ原で堤防が決壊し、床上浸水が発生している。県河川課は「防災操作を実施すれば、流域で浸水被害が拡大していた恐れがあった。今後は住民の早期避難に向け、きめ細かい河川の水位予測情報などを発信できるよう検討していく」としている。

 旭川ダム 治水や利水、発電を担う多目的ダムで、岡山県が1954年に完成させた。県内に甚大な被害をもたらした34年の室戸台風の洪水を想定して整備。高さ45メートルのコンクリート堤が水をせき止め、全10ゲート(水門)で放水量を調整する。


追記を閉じる▲

【2018/09/16 07:00】 | 未分類
トラックバック(0) |
石木ダム問題の映画「ほたるの川のまもりびと」の上映情報をお知らせします。
こちらに詳しい情報があります。

かけがえのない13家族の生活と自然、石木ダム事業の理不尽さがしっかり伝わってくる素晴らしい映画です。
まだ観ていない方は是非、ご鑑賞ください。
また、周りの方にもこの映画の鑑賞をお勧めください。

【2018/09/12 23:18】 | 未分類
トラックバック(0) |
       嶋津 暉之

北海道胆振東部地震のダムへの影響についての記事をお送りします。
震源に近い厚真ダムではダムからの放水路に土砂が流入したため、放流に支障をきたし、ダムから水があふれることが一時心配されましたが、水路の半分で水は流れていて水があふれる心配はなくなったようです。

◆北海道胆振東部地震・厚真ダムなど被災/状況確認、復旧作業進める
[ 建設通信新聞2018-09-11 ]
https://www.kensetsunews.com/archives/234745

北海道開発局は6日発生し、最大震度7を観測した北海道胆振東部地震の災害状況をまとめた(9日午後3時現在)。河川沿いなどで発生した土砂崩れは広範囲に及んでおり、さらに被災状況を確認し、応急復旧作業を進めていく。 河川は、堤防天端舗装のクラック、法崩れ、天端沈下などの被害を茨戸川、石狩川放水路、豊平川、嶮淵川で各1カ所、鵡川で18カ所、沙流川で4カ所を確認。鵡川の4カ所で緊急復旧中のほかは、応急対策は完了した。
 直轄ダムは、二風谷で管理用道路の法面崩壊、クラック、夕張シューパロは、ダム貯水池法面が崩壊し管理用道路にクラックが見つかったが、いずれも応急対策が完了した。ダム管理上の支障はない。
 港湾では、苫小牧港(東港)のコンテナ埠頭で液状化、舗装クラックを確認し、コンテナヤード内舗装の液状化、陥没個所の補修と安全点検を実施している。中央ふ頭南で岸壁エプロン10cmの沈下がみられたが、フェリーは運航している。
 また、北陸地方整備局所属の大型浚渫兼油回収船「白山」が入港し、被災者への支援物資荷下ろしや入浴・洗濯・給水の支援を行った。
 空港は、新千歳空港を始めとする国管理空港、旭川空港(特定地方管理空港)、女満別空港(地方管理空港)など11空港は電源供給が復旧し、いずれも通常運行している。漁港施設に被災はない。
 農業用ダムの厚真ダムは、洪水吐き口に土砂が流入し、道路にも土砂が流出していることから、土砂撤去、ダム湖水位の観測を進め今後予測される降雨に備えている。8日には、寒地土木研究所の調査員による点検が行われ、堤体の安全性を確認した。
 このほか、災害対策用機械を札幌開発建設部から散水車、バックホウ、照明車、衛生通信車など5台、函館、小樽、旭川、室蘭、釧路、帯広、網走の各開発建設部から合計26台が出動し、給水や機器の支援、啓開作業にあたっている。


追記を閉じる▲

【2018/09/12 23:08】 | 未分類
トラックバック(0) |