「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
       嶋津 暉之

「やっぱり電気ってありがたい」からの「反原発」「反ダム」 
熊本のシンガーソングライター投げかけた問い
(livedoor news 2017年6月17日 7時0分)
http://news.livedoor.com/article/detail/13214241/

 熊本市在住のシンガーソングライターが、隣県長崎の「ダムに沈むかもしれない里山」に思いをはせたミニアルバムを制作しました。自宅に設置した太陽光パネルからの電気で録音したCDには、東日本大震災による原発事故の影響を受ける福島を意識した曲もあります。原発、ダムともに「反対、否定するだけでは何も解決しない」との考えに立ち、「残せるもの」を模索する姿を紹介します。(朝日新聞経済部・高野真吾)

「三つが僕の中でつながった」
 「まぶたに映る ふるさとはもう無く 背中をかすめた 夕焼けは遠のく・・・」

 ニット帽姿の東田トモヒロさん(44)が、ギターをかき鳴らしながら歌詞をつむいでいきます。新曲「ひだまり」のミュージックビデオの一シーン。全4曲で構成されるミニアルバムも、この新曲から取って「ひだまり」と名付けられています。7月5日の発売です。

 「ふる里を奪われ、住めなくなる。震災を受けたフクシマと熊本、ダム建設に向けた工事が進み、住民が立ち退かされるかもしれない長崎県川棚町の川原(こうばる)。この三つが僕の中でつながり、この曲を書いたのです」

30代から環境問題に関心寄せる
 東田さんは、生まれ故郷の熊本市を拠点に、全国でソロライブを開催しつつ、多くの音楽フェスティバルに参加しています。旅とサーフィン、スノーボードを楽しむ自由人でありながら、地元の熊本に根っこを持っています。

 自然に親しむ生活を送り、30代から環境問題に関心を寄せてきました。反原発のライブに出演し、2006年には九州電力玄海原発のプルサーマル計画に反対するデモに参加しました。自宅に帰ってからは、九電の電気で生活することに疑問を抱くようになりました。

太陽光パネルで録音
 11年3月、東日本大震災が起きました。「原発事故で一つの文明社会が終わった。新しい次元に旅立ちたい」との意識が強くなったといいます。全国ツアー中に福島第一原発の炉心設計に携わった元東電技術者の木村俊雄さんと知り合いました。木村さんに手伝ってもらい、自宅に太陽光パネルと蓄電池を設置。12年11月に発売したアルバム「月が昇る頃キミは」から、この電気を使って曲の録音を始めました。冷蔵庫、洗濯機、照明など家で使う電気のほとんどもまかなえています。

 手探りだった太陽光パネルの設置工事には、3日ほどかかりました。初めて照明がついたとき、九電や原発関係者への感謝の気持ちが沸いたといいます。「電気を通すのは手間ひまがかかる。やっぱり電気ってありがたい」。原発を減らした方がいいという思いは、環境負荷だけでなく、電力関係者が背負うリスクも考えるからです。「もっと根本的に安全な電源にしないと、未来につながらない」

福島の保育園に野菜届ける
 東田さんは直接、福島との接点も持っています。知人を通して縁ができた福島県南相馬市にある「よつば保育園」に、九州から季節の野菜や果物、穀物を届ける活動をしています。12年5月に仲間と設立した「change the world」プロジェクトです。多いときは月3回も品物を発送してきました。代金や送料の一部は、東田さんがライブ会場で集めた寄付でまかなっています。

熊本地震では炊き出しチームに
 昨年4月に地元で起きた熊本地震の支援活動にも、自然と参加しました。発生時は、2週間の全国ライブツアーの最初の頃で県外にいました。自宅がある熊本市北部地域は比較的被害が少なく、家族の無事も確認できました。ツアーを継続し、集まる義援金を必要とする人に渡すことにしました。

 帰郷してからは、復興支援活動チーム「ハレルヤ熊本」の共同代表の一人になりました。炊き出しチームのメンバーになり、避難所に入ったこともあります。東日本大震災の原発事故で「一つの文明社会が終わった」との意識を強くした東田さんですが、熊本地震では「人のつながりのありがたみを感じた」と言います。

 「身近で起きた震災で、大事なものが何か分かった。人工物の中で生きている人間は地震でうろたえるけど、他の動物は一瞬パニックするだけ。人は波が激しい生き物だけど、だからこそ、他の人への優しさも出てくる」

昨年6月、ダム建設予定地の長崎・川原地区に
 福島、熊本を経験した東田さんが、長崎・川原地区を初めて訪問したのは昨年6月のこと。同地区はホタルが舞うのどかな地で、田畑の間に民家が点在しています。13世帯がまるで一つの大家族のように暮らしています。

 そんな川原では、流れる石木川をせき止めて石木ダムを造ろうという建設計画が動いています。事業主体は、長崎県と同町の隣にありテーマパークの「ハウステンボス」が有名な佐世保市です。同市への水の給水と、石木川が流れ込む川棚川の洪水を防ぐことを建設目的にしています。

 音楽プロデューサーの小林武史さん、アウトドア衣料メーカー「パタゴニア」の辻井隆行社長らと川原に入りました。両氏は地元住民が反対する中、ダム建設の関連工事が強引に進められていることに疑問を抱いています。一緒に現地にいる間に、ここで音楽イベントを開こうという話が盛り上がりました。約4カ月後の昨年10月30日、音楽と食のイベント「失われるかもしれない美しい場所で WITNESS TO KOHBARU」(WTK)として実現しました。

「置き去りにされた場所」
 東田さんは初めて訪れた川原を「置き去りにされた場所」だったと表現します。「ダムがどうのこうのという前に、みんなが思い出すべき、忘れられている場所だと思いました。すごい大事なことがあるのに、なんで俺はここを忘れていたのだろうと」

 隣県の熊本にいても、石木ダムの建設計画や川原のことは全く知らなかったといいます。東田さんは、それをアーティスト特有の感性で、「忘れていた」と表現します。

 「自分の中にあるのだけど、放っておいてしまった感じです。暮らしの中で、ちゃんとまともに見なきゃ、話さなきゃ、触れなきゃいけないのを分かっているのに、しないことってあるじゃないですか。自分の心の中に置き去りにした結果、『置き去りにされた場所』。そんな風に感じました」

「よみがえった感あった」
 WTKのライブには東田さんや、「友人」のロックバンドBRAHMANのボーカルTOSHI―LOWさん、小林武史さんなどが登場しました。川原で歌っている時、「よみがえった感があった」と振り返ります。

 「自分の心の中にある、さみしいところにちゃんと手をあてて、ちゃんと向き合った感じがあった。温かい感じがよみがえった感があり、満足しています」

ミニアルバムの売り上げ10%寄付
 WTK後の昨年11月、自宅でギターを弾きながら、「自然と歌詞が出てきた」のが新曲「ひだまり」です。「フクシマ、熊本、川原での経験が曲を作らせた」

 「ひだまり」を入れたミニアルバムをつくることで、川原と継続した関係をつくりたいとも考えました。福島、熊本の支援でも、東田さんは「続けること」にこだわっています。

 今年に入り、「川原に完全にスポットを当てた」3曲を追加で作りました。WTKをテーマにした「not too late」、石木川の周辺を散歩して感じた雰囲気をインストゥルメンタルにした「River」、仲良くなった川原に住む夫妻に捧げるラブソング「Blue sky」。全4曲からなるミニアルバムの売り上げの10%を、パタゴニアに寄付することにしました。川原の自然と暮らしを守る活動に役立てるためです。

「地球意識でいきたい」
 東田さんは、石木ダムの建設計画を次のように捉えています。

 「大洪水が起きるという不安と恐怖をあおって、地域住民にダムは絶対に必要だと迫っているように映ります。川原のことから目をそらすことは、権力の暴走から目をそらすことになると思う」

 東田さんは、だからと言って、「ダム反対」を声高には言いません。

 「反対する、否定するだけでは何も解決しない。ダムだけでなく、原発の問題も一緒です。話し合って、違う考えを分かりたい。誰もにフラットに伝わる音楽をやっている人間として、そう考えます」

 さらに考えは、広がります。

 「僕らの無知と無関心が一番危険を呼ぶから、恐ろしい。常日頃、誰かにコントロールされようとしていることを、心を開いて自覚しないと。自分で感じて考え、何がより自然で、何がより平和で、子どもたちの世代、さらにその先に残せるものは何なのか。僕は国境的な考え方じゃなく、大きな地球意識、地球人としてのスタンスでいきたい」


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 自然に親しむ生活を送り、30代から環境問題に関心を寄せてきました。反原発のライブに出演し、2006年には九州電力玄海原発のプルサーマル計画に反対するデモに参加しました。自宅に帰ってからは、九電の電気で生活することに疑問を抱くようになりました。

太陽光パネルで録音
 11年3月、東日本大震災が起きました。「原発事故で一つの文明社会が終わった。新しい次元に旅立ちたい」との意識が強くなったといいます。全国ツアー中に福島第一原発の炉心設計に携わった元東電技術者の木村俊雄さんと知り合いました。木村さんに手伝ってもらい、自宅に太陽光パネルと蓄電池を設置。12年11月に発売したアルバム「月が昇る頃キミは」から、この電気を使って曲の録音を始めました。冷蔵庫、洗濯機、照明など家で使う電気のほとんどもまかなえています。

 手探りだった太陽光パネルの設置工事には、3日ほどかかりました。初めて照明がついたとき、九電や原発関係者への感謝の気持ちが沸いたといいます。「電気を通すのは手間ひまがかかる。やっぱり電気ってありがたい」。原発を減らした方がいいという思いは、環境負荷だけでなく、電力関係者が背負うリスクも考えるからです。「もっと根本的に安全な電源にしないと、未来につながらない」

福島の保育園に野菜届ける
 東田さんは直接、福島との接点も持っています。知人を通して縁ができた福島県南相馬市にある「よつば保育園」に、九州から季節の野菜や果物、穀物を届ける活動をしています。12年5月に仲間と設立した「change the world」プロジェクトです。多いときは月3回も品物を発送してきました。代金や送料の一部は、東田さんがライブ会場で集めた寄付でまかなっています。

熊本地震では炊き出しチームに
 昨年4月に地元で起きた熊本地震の支援活動にも、自然と参加しました。発生時は、2週間の全国ライブツアーの最初の頃で県外にいました。自宅がある熊本市北部地域は比較的被害が少なく、家族の無事も確認できました。ツアーを継続し、集まる義援金を必要とする人に渡すことにしました。

 帰郷してからは、復興支援活動チーム「ハレルヤ熊本」の共同代表の一人になりました。炊き出しチームのメンバーになり、避難所に入ったこともあります。東日本大震災の原発事故で「一つの文明社会が終わった」との意識を強くした東田さんですが、熊本地震では「人のつながりのありがたみを感じた」と言います。

 「身近で起きた震災で、大事なものが何か分かった。人工物の中で生きている人間は地震でうろたえるけど、他の動物は一瞬パニックするだけ。人は波が激しい生き物だけど、だからこそ、他の人への優しさも出てくる」

昨年6月、ダム建設予定地の長崎・川原地区に
 福島、熊本を経験した東田さんが、長崎・川原地区を初めて訪問したのは昨年6月のこと。同地区はホタルが舞うのどかな地で、田畑の間に民家が点在しています。13世帯がまるで一つの大家族のように暮らしています。

 そんな川原では、流れる石木川をせき止めて石木ダムを造ろうという建設計画が動いています。事業主体は、長崎県と同町の隣にありテーマパークの「ハウステンボス」が有名な佐世保市です。同市への水の給水と、石木川が流れ込む川棚川の洪水を防ぐことを建設目的にしています。

 音楽プロデューサーの小林武史さん、アウトドア衣料メーカー「パタゴニア」の辻井隆行社長らと川原に入りました。両氏は地元住民が反対する中、ダム建設の関連工事が強引に進められていることに疑問を抱いています。一緒に現地にいる間に、ここで音楽イベントを開こうという話が盛り上がりました。約4カ月後の昨年10月30日、音楽と食のイベント「失われるかもしれない美しい場所で WITNESS TO KOHBARU」(WTK)として実現しました。

「置き去りにされた場所」
 東田さんは初めて訪れた川原を「置き去りにされた場所」だったと表現します。「ダムがどうのこうのという前に、みんなが思い出すべき、忘れられている場所だと思いました。すごい大事なことがあるのに、なんで俺はここを忘れていたのだろうと」

 隣県の熊本にいても、石木ダムの建設計画や川原のことは全く知らなかったといいます。東田さんは、それをアーティスト特有の感性で、「忘れていた」と表現します。

 「自分の中にあるのだけど、放っておいてしまった感じです。暮らしの中で、ちゃんとまともに見なきゃ、話さなきゃ、触れなきゃいけないのを分かっているのに、しないことってあるじゃないですか。自分の心の中に置き去りにした結果、『置き去りにされた場所』。そんな風に感じました」

「よみがえった感あった」
 WTKのライブには東田さんや、「友人」のロックバンドBRAHMANのボーカルTOSHI―LOWさん、小林武史さんなどが登場しました。川原で歌っている時、「よみがえった感があった」と振り返ります。

 「自分の心の中にある、さみしいところにちゃんと手をあてて、ちゃんと向き合った感じがあった。温かい感じがよみがえった感があり、満足しています」

ミニアルバムの売り上げ10%寄付
 WTK後の昨年11月、自宅でギターを弾きながら、「自然と歌詞が出てきた」のが新曲「ひだまり」です。「フクシマ、熊本、川原での経験が曲を作らせた」

 「ひだまり」を入れたミニアルバムをつくることで、川原と継続した関係をつくりたいとも考えました。福島、熊本の支援でも、東田さんは「続けること」にこだわっています。

 今年に入り、「川原に完全にスポットを当てた」3曲を追加で作りました。WTKをテーマにした「not too late」、石木川の周辺を散歩して感じた雰囲気をインストゥルメンタルにした「River」、仲良くなった川原に住む夫妻に捧げるラブソング「Blue sky」。全4曲からなるミニアルバムの売り上げの10%を、パタゴニアに寄付することにしました。川原の自然と暮らしを守る活動に役立てるためです。

「地球意識でいきたい」
 東田さんは、石木ダムの建設計画を次のように捉えています。

 「大洪水が起きるという不安と恐怖をあおって、地域住民にダムは絶対に必要だと迫っているように映ります。川原のことから目をそらすことは、権力の暴走から目をそらすことになると思う」

 東田さんは、だからと言って、「ダム反対」を声高には言いません。

 「反対する、否定するだけでは何も解決しない。ダムだけでなく、原発の問題も一緒です。話し合って、違う考えを分かりたい。誰もにフラットに伝わる音楽をやっている人間として、そう考えます」

 さらに考えは、広がります。

 「僕らの無知と無関心が一番危険を呼ぶから、恐ろしい。常日頃、誰かにコントロールされようとしていることを、心を開いて自覚しないと。自分で感じて考え、何がより自然で、何がより平和で、子どもたちの世代、さらにその先に残せるものは何なのか。僕は国境的な考え方じゃなく、大きな地球意識、地球人としてのスタンスでいきたい」

【2017/06/23 05:27】 | 石木ダム
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