「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
          嶋津 暉之

1月20日の早朝、川原湯温泉街で湯かけ祭りが行われました。

◆群馬)大寒に勝つ、長野原町で「湯かけまつり」
(朝日新聞群馬版2017年1月21日)
http://digital.asahi.com/articles/ASK1N41DLK1NUHNB00F.html

大寒の20日早朝、長野原町の川原湯温泉で、伝統の「湯かけまつり」が開かれた。零下10度の極寒の中、ふんどし姿の男性たちが、威勢の良いかけ声とともに湯をかけ合った。

午前6時、紅白に分かれた50人ほどの男たちが「お祝いだ!」と叫びながら、おけにくんだ湯をかけ合った。あたりは湯煙に包まれ、見物客らにも容赦なくかけられた。最後は紅白のくす玉が割られ、中に入ったニワトリ2羽を奪い合って湯の神に捧げた。
400年以上前に温泉が湧かなくなった際、湯の神にニワトリを捧げて祈ったのが始まり。再び湧き出したのを喜んで人々が湯をかけ合った際に口にした「お湯わいた」という言葉が転じて、「お祝いだ」というかけ声になったという。

まつりは八ツ場ダムの建設に伴い、2年前から王湯の移転代替地に舞台を移して続けられている。(篠原あゆみ)


◆湯かけ祭り 大寒、ほとばしる熱気 川原湯温泉 /群馬
(毎日新聞群馬版2017年1月21日)
http://mainichi.jp/articles/20170121/ddl/k10/040/106000c

 「大寒」の20日早朝、長野原町の川原湯温泉で、伝統の奇祭「湯かけ祭り」が行われた。氷点下約10度の厳しい冷え込みの中、下帯姿の参加者たちが「お祝いだ」と叫びながら湯をかけ合い、「湯の神」に感謝した。

 祭りは、400年余り前に温泉の湯が枯れた際、村人が鶏を奉納して祈ったところ、湯が再び湧き出したため「お湯わいた、お湯わいた」と言って喜んだのが起源。その後、かけ声は「お祝いだ、お祝いだ」に転じたという。  この日は午前5時から、共同浴場「王湯」の前で、神事の後、総大将の豊田和男さん(46)のかけ声に続き、赤と白の下帯姿の小2~58歳の参加者54人が一斉に激しく湯をかけ合った。最後に紅白のくす玉に湯をかけ、中から出てきた鶏を奪い合った。

 八ッ場ダム建設に伴い、祭り会場が2015年に現在の高台の代替地に移転して3回目。川原湯温泉協会の樋田省三会長(52)は「今年も盛大に祭りができたことに感謝したいが、まだ新たな街が完全に出来上がっていないのは残念だ」。総大将の豊田さんも「例年通り、祭りができたことはうれしいが、昨年6月にダム本体打設工事が始まったのに、いまだに地区住民の生活再建への要望は十分にかなえられていない」と話した。【吉田勝】


◆湯かけ祭り 無病息災を祈願 ふんどし姿で若者ら 
(東京新聞群馬版2017年1月21日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/list/201701/CK2017012102000176.html

 長野原町の川原湯温泉の共同浴場「王湯」で二十日早朝、「湯かけ祭り」があり、紅白に分かれたふんどし姿の若者らが無病息災を祈願し、湯をかけ合った。八ッ場ダム建設のため高台に移転してから三回目。

 午前六時ごろ、氷点下一一度まで冷え込む中、六十人の男たちが「お祝いだ」と叫びながら勢いよく湯をかけ合う「合戦」を行うと、辺りにはしぶきが上がった。見物客らにも容赦なく湯がかけられ、会場は熱気に包まれた。合戦後、鶏が入ったくす玉を目がけて湯をかけ、中から飛び出した鶏を湯の神に奉納した。

 祭りには地元の人以外も加わり、大学時代から友人三人と十回以上参加しているという東京都目黒区の会社員吉田裕紀さん(31)は「たまたま近くを通り掛かって以来、毎年参加している。今年も無事に終わって良かった」と満足げに話した。

 川原湯温泉観光協会によると、約四百年前、湯が枯れた源泉に村人が鶏をささげると再び湧き出し「お湯湧いた」(お祝いだ)と喜びながら湯をかけ合ったのが起源とされる。


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400年以上前に温泉が湧かなくなった際、湯の神にニワトリを捧げて祈ったのが始まり。再び湧き出したのを喜んで人々が湯をかけ合った際に口にした「お湯わいた」という言葉が転じて、「お祝いだ」というかけ声になったという。

まつりは八ツ場ダムの建設に伴い、2年前から王湯の移転代替地に舞台を移して続けられている。(篠原あゆみ)


◆湯かけ祭り 大寒、ほとばしる熱気 川原湯温泉 /群馬
(毎日新聞群馬版2017年1月21日)
http://mainichi.jp/articles/20170121/ddl/k10/040/106000c

 「大寒」の20日早朝、長野原町の川原湯温泉で、伝統の奇祭「湯かけ祭り」が行われた。氷点下約10度の厳しい冷え込みの中、下帯姿の参加者たちが「お祝いだ」と叫びながら湯をかけ合い、「湯の神」に感謝した。

 祭りは、400年余り前に温泉の湯が枯れた際、村人が鶏を奉納して祈ったところ、湯が再び湧き出したため「お湯わいた、お湯わいた」と言って喜んだのが起源。その後、かけ声は「お祝いだ、お祝いだ」に転じたという。  この日は午前5時から、共同浴場「王湯」の前で、神事の後、総大将の豊田和男さん(46)のかけ声に続き、赤と白の下帯姿の小2~58歳の参加者54人が一斉に激しく湯をかけ合った。最後に紅白のくす玉に湯をかけ、中から出てきた鶏を奪い合った。

 八ッ場ダム建設に伴い、祭り会場が2015年に現在の高台の代替地に移転して3回目。川原湯温泉協会の樋田省三会長(52)は「今年も盛大に祭りができたことに感謝したいが、まだ新たな街が完全に出来上がっていないのは残念だ」。総大将の豊田さんも「例年通り、祭りができたことはうれしいが、昨年6月にダム本体打設工事が始まったのに、いまだに地区住民の生活再建への要望は十分にかなえられていない」と話した。【吉田勝】


◆湯かけ祭り 無病息災を祈願 ふんどし姿で若者ら 
(東京新聞群馬版2017年1月21日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/list/201701/CK2017012102000176.html

 長野原町の川原湯温泉の共同浴場「王湯」で二十日早朝、「湯かけ祭り」があり、紅白に分かれたふんどし姿の若者らが無病息災を祈願し、湯をかけ合った。八ッ場ダム建設のため高台に移転してから三回目。

 午前六時ごろ、氷点下一一度まで冷え込む中、六十人の男たちが「お祝いだ」と叫びながら勢いよく湯をかけ合う「合戦」を行うと、辺りにはしぶきが上がった。見物客らにも容赦なく湯がかけられ、会場は熱気に包まれた。合戦後、鶏が入ったくす玉を目がけて湯をかけ、中から飛び出した鶏を湯の神に奉納した。

 祭りには地元の人以外も加わり、大学時代から友人三人と十回以上参加しているという東京都目黒区の会社員吉田裕紀さん(31)は「たまたま近くを通り掛かって以来、毎年参加している。今年も無事に終わって良かった」と満足げに話した。

 川原湯温泉観光協会によると、約四百年前、湯が枯れた源泉に村人が鶏をささげると再び湧き出し「お湯湧いた」(お祝いだ)と喜びながら湯をかけ合ったのが起源とされる。

【2017/01/22 00:20】 | 八ツ場情報
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