「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
              嶋津 暉之

川辺川ダムはダムサイト予定地が相良村で、水没予定地の大半が五木村でした。
「ダム計画発表時の1966年に175世帯・669人だった上四浦(かみようら)地区の人口は現在、44世帯・約100人に減った」とのことです。

◆熊本)ダム計画で分断の地、再集結で地域振興祈る
(朝日新聞熊本版2016年11月22日)
http://digital.asahi.com/articles/ASJCN4HGNJCNTLVB00C.html

 川辺川ダムの建設予定地だった相良村上四浦(かみようら)地区で、住民や出身者ら約50人が郷土料理を味わいながら旧交を温める「カミヨウラ フェスタ」が20日にあった。ダムの計画と、その中止で分断された地区の一体感を取り戻す目的という。
 フェスタは村が2014年度にまとめた地区振興計画に基づく取り組みの一つで、昨年12月以来2回目。

 ダム計画で水没するとして約60世帯が住民移転した藤田、野原両集落の住民も参加。家族3人で暮らしていた藤田集落から82年に地区外の同村柳瀬に移転したという岩本量宏(りょうこう)さん(85)は「集落の崩壊を心配して集団移転を望んだが、結果的に(移転先は)3カ所に分かれ、住民はバラバラになった」と話した。

 上四浦地区は川辺川の両岸にまたがる。ダムの堰堤(えんてい)が両岸を結ぶ新しい道路になると住民らは期待していたが、建設計画の中止で状況が一変。

村によると、ダム計画発表時の1966年に175世帯・669人だった上四浦地区の人口は現在、44世帯・約100人に減った。振興計画には、行政機能に農産品直売所などを加えた交流センターの設置や乗り合いタクシーの導入なども盛り込んでいる。

 区長で団体職員の浜田康広さん(41)は「普段ほとんど会うことのない人たちと会えます」とフェスタでの一体感を感じながら、「さらに高齢化は進む。どうやって地域づくりをするのかは手探りの状態だ」と語った。(知覧哲郎)


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 フェスタは村が2014年度にまとめた地区振興計画に基づく取り組みの一つで、昨年12月以来2回目。

 ダム計画で水没するとして約60世帯が住民移転した藤田、野原両集落の住民も参加。家族3人で暮らしていた藤田集落から82年に地区外の同村柳瀬に移転したという岩本量宏(りょうこう)さん(85)は「集落の崩壊を心配して集団移転を望んだが、結果的に(移転先は)3カ所に分かれ、住民はバラバラになった」と話した。

 上四浦地区は川辺川の両岸にまたがる。ダムの堰堤(えんてい)が両岸を結ぶ新しい道路になると住民らは期待していたが、建設計画の中止で状況が一変。

村によると、ダム計画発表時の1966年に175世帯・669人だった上四浦地区の人口は現在、44世帯・約100人に減った。振興計画には、行政機能に農産品直売所などを加えた交流センターの設置や乗り合いタクシーの導入なども盛り込んでいる。

 区長で団体職員の浜田康広さん(41)は「普段ほとんど会うことのない人たちと会えます」とフェスタでの一体感を感じながら、「さらに高齢化は進む。どうやって地域づくりをするのかは手探りの状態だ」と語った。(知覧哲郎)

【2016/11/24 15:34】 | 新聞記事から
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