「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
         嶋津 暉之

長野県の浅川ダムで試験通水が始まりました。
田中康夫・元長野県知事の脱ダム宣言に対して批判的な論調の記事ですが、この脱ダム宣言は長野県で進められようとしていた9基のダム計画(大仏ダムを含む)のうち、8基を中止または実質中止させたもので、大きな意味があるものでした。
浅川ダムのみが推進となりましたが、浅川はごく小さい河川であり、ダムの必要性は稀薄でした。約380億円という事業費の利権で進められてきたものでした。
東京高裁で浅川ダムの安全性を問う裁判が続けられています。

◆【長野県の脱ダム宣言】
民主党の事業仕分けよりも前に…田中康夫元知事による工事中断から16年 あのダムがようやく動き出す!

(産経新聞2016.10.23 14:00更新)
http://www.sankei.com/premium/news/161023/prm1610230004-n1.html

 民主党の事業仕分けより以前に、社会問題化した田中康夫元長野県知事による「脱ダム宣言」。その象徴といえる長野市の県営浅川ダムで10月半ば、長野県が工事完成への最終段階となる試験湛水(たんすい)の作業を開始した。通常時は水をためない「穴あきダム」に注水することで、強い負荷をかけ、安全性を確認する。建設に反対する住民らによる訴訟が東京高裁で続く中、長年にわたって流域の住民を苦しめてきた暴れ川の治水対策は、節目を迎える。

脱ダム宣言は、小説家から転身した長野県の田中康夫知事が、平成13年2月、本体の着工前の7つの県営ダムの中止を表明した。浅川ダムはこれに先駆け、就任直後の12年11月に田中知事が本体工事の中断を決めた象徴的なものだ。

 同ダムは、千曲川に流れ込む浅川(長野市-小布施町、延長17キロ)の治水と利水を目的に計画され、平成12年9月に本体部分の工事契約が結ばれたが、同11月に工事が中断。さらに脱ダム宣言で事業が白紙となり、治水対策は有識者や地元住民らによる検討委員会に委ねられた。
しかし、恒久的な対策は見いだされず、県議会による田中元知事に対する不信任決議の引き金になった。

その後、治水の安全度を下げた河川改修や遊水池の整備などが検討されたが、国や地元の理解が得られないまま、村井仁前知事が19年に穴あきダムの建設を決めた。

治水専用で通常時は貯水せずに底部に設けた排水口(高さ1・4メートル、幅1・35メートル)から川の水が流れ続け、大雨の時だけ一時的に水をためる構造とした。22年5月に着工し、同9月に就任した阿部守一知事も建設の継続を決定した。

ダム本体は高さ53メートル、横幅165メートルで、最大貯水量は110万立方メートル。周辺の付け替え道路も含めた総事業費は約380億円。流域全体で行われた河川改修事業(昭和52~平成27年度)と、千曲川との水位差で浅川の水があふれる「内水氾濫(はんらん)」への対策事業(26~30年度)を組み合わせ、市街地への洪水を防ぐ。

 試験湛水は、排水口をふさいで1日1メートル以下の高さとなるように水をためていく。流水量によるが、11月下旬~12月上旬にはダム最上部から水が流れ出す満水状態に達する見通しだという。排水時も同様のペースでゆっくりと水位を低下させ、2月中旬には作業が終了する予定。

長野県は作業期間中に、水位の変化に伴って起こるダム本体のわずかな変形量のほか、岩盤との継ぎ目からの漏水量や地滑り対策を実施したエリア、地下水位の変化などを観測する。それにあわせて安全を確認するために職員が24時間態勢で管理事務所に常駐する。

 10月11日に現地で行われた湛水式では、県や工事関係者ら約20人が見守る中、県長野建設事務所浅川改良事務所の小林功所長が「湛水開始」を宣言し、排水口のゲートが閉じられた。

 長野県は「安全性を示し、住民の理解が得られるように努めたい」(河川課)という。脱ダム宣言に先駆けた工事中断から16年。混乱は何を残したのだろうか-。

(長野支局 太田浩信)



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 同ダムは、千曲川に流れ込む浅川(長野市-小布施町、延長17キロ)の治水と利水を目的に計画され、平成12年9月に本体部分の工事契約が結ばれたが、同11月に工事が中断。さらに脱ダム宣言で事業が白紙となり、治水対策は有識者や地元住民らによる検討委員会に委ねられた。
しかし、恒久的な対策は見いだされず、県議会による田中元知事に対する不信任決議の引き金になった。

その後、治水の安全度を下げた河川改修や遊水池の整備などが検討されたが、国や地元の理解が得られないまま、村井仁前知事が19年に穴あきダムの建設を決めた。

治水専用で通常時は貯水せずに底部に設けた排水口(高さ1・4メートル、幅1・35メートル)から川の水が流れ続け、大雨の時だけ一時的に水をためる構造とした。22年5月に着工し、同9月に就任した阿部守一知事も建設の継続を決定した。

ダム本体は高さ53メートル、横幅165メートルで、最大貯水量は110万立方メートル。周辺の付け替え道路も含めた総事業費は約380億円。流域全体で行われた河川改修事業(昭和52~平成27年度)と、千曲川との水位差で浅川の水があふれる「内水氾濫(はんらん)」への対策事業(26~30年度)を組み合わせ、市街地への洪水を防ぐ。

 試験湛水は、排水口をふさいで1日1メートル以下の高さとなるように水をためていく。流水量によるが、11月下旬~12月上旬にはダム最上部から水が流れ出す満水状態に達する見通しだという。排水時も同様のペースでゆっくりと水位を低下させ、2月中旬には作業が終了する予定。

長野県は作業期間中に、水位の変化に伴って起こるダム本体のわずかな変形量のほか、岩盤との継ぎ目からの漏水量や地滑り対策を実施したエリア、地下水位の変化などを観測する。それにあわせて安全を確認するために職員が24時間態勢で管理事務所に常駐する。

 10月11日に現地で行われた湛水式では、県や工事関係者ら約20人が見守る中、県長野建設事務所浅川改良事務所の小林功所長が「湛水開始」を宣言し、排水口のゲートが閉じられた。

 長野県は「安全性を示し、住民の理解が得られるように努めたい」(河川課)という。脱ダム宣言に先駆けた工事中断から16年。混乱は何を残したのだろうか-。

(長野支局 太田浩信)


【2016/10/26 00:36】 | 各地のダム情報
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