「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
             嶋津 暉之

淀川水系・大戸川ダムについて国交省は今年8月に大戸川ダムの事業継続を決定しました。
しかし、事業を再開するためには淀川水系河川整備計画の変更が必要であって、その変更に対して流域の関係府県が慎重な姿勢を示しています。
このまま、凍結の状態が続くことを期待します。

◆大戸川ダム、戸惑う地元 国が事業継続、本体工事いつ?
(朝日新聞2016年10月6日17時42分)
http://www.asahi.com/articles/ASJ9W4RNSJ9WPTIL01M.html

 2009年に国が建設を凍結した大戸川(だいどがわ)ダム(大津市)。国は8月に建設事業継続を決定したが、すぐに本体工事を実施する状況ではなく、今後の見通しが立たない状態が続いている。

■見直し議論後、国が方針

 大戸川ダムは1968年に国が多目的ダムとして建設を計画したが、水需要の減少などを理由に05年に事業計画が中止になり、07年に治水専用に変更して計画が再開した。洪水時の総貯水容量は約2210万立方メートル。周辺工事を含む総事業費は約3500億円で、本体工事1162億円は国が7割、残りを大阪、京都、滋賀3府県が負担することになっている。

 しかし、地方へも財政負担を求める国直轄事業の見直しなどの議論が高まるなか、嘉田由紀子・滋賀県知事や橋下徹・大阪府知事(いずれも当時)ら三重県を含む4府県の知事が08年に反対の共同意見を表明。国土交通省は09年3月、「ダム本体工事については中・上流部の河川改修の進捗(しんちょく)状況とその影響を検証しながら実施時期を検討する」とし、今後20~30年の事業を決める河川整備計画を変更し、建設を凍結した。

 今年に入って、国交省が「事業継続」案を示し、滋賀、京都、大阪の各府県はいずれも同意。国交省は8月25日、この方針を決めた。しかし、工事再開には計画の再変更が必要で、各自治体とも凍結解除には慎重な姿勢を示す。このため、国交省近畿地方整備局は「凍結が覆るわけではない」としている。

■再開へ根強い期待

 大戸川は滋賀県甲賀市を流れ出し、大津市南部の山間部を通って瀬田川に注ぐ。8月初め、大戸川沿いの県道を上ると、ダム建設予定地は草木が生い茂っていた。周辺では、建設されれば一部が水没する県道の付け替え工事が進んでおり、建材を積んだ重機の作業音が響いていた。

 この工事はダム建設が凍結された時、地域振興などを訴える滋賀や京都、大阪各府県の要望を受け、国土交通省が整備の継続を決めたもので、18年度末までに全長約10キロの道路が完成する見通しだ。

 さらに上流に進むと、かつて人々が暮らしていた大鳥居(おおとりい)地区があった。周辺を含む55戸の住民は1998年までに移転に応じた。現在は立ち入り禁止のフェンスに閉ざされている。

 「先祖から受け継いだ大切な土地。流域の安全のためにと決断したのに……」。約20年前に移転に応じた木戸敏男さん(66)は今、そう唇をかむ。

 地区の先には新名神高速道路の建設工事に伴う土砂約70万立方メートルが積まれていた。近畿地方整備局によると、本体工事に着工した時、コンクリートの原料として使うのだという。

     ◇

 計画凍結から7年余り。今年2月、近畿地方整備局が「(治水上)ダム建設が最も有利」と評価し、地元には凍結された工事の再開への期待も根強い。

 予定地の下流域に住む北川吉男さん(66)=大津市=は「国は、『減災のためにダムをつくる』と宣言した責任を果たしてもらいたい」と訴える。

 大戸川は53年の豪雨で堤防が決壊、1千戸を超える家屋に被害が出た。その後も何度も氾濫(はんらん)を繰り返し、13年の台風18号では下流域の18戸が半壊、50戸が一部損壊した。水害に苦しんできた歴史を思い返すたび、不安に駆られる。「大雨が降れば、おちおち眠っていられない。ダムだけが解決策だ」。今後も早期着工を求めるという。

 滋賀県は本体工事の凍結後、「10年に1度の洪水」を想定した河川改修に着手し、河床の掘削や川幅の拡張を進めている。三日月大造知事は、事業継続は認めながら「4府県の共同意見を見直す段階ではない」との立場を示し、河川整備計画の見直しが検討された場合は「実際に河川改修が進んだ時、国の対応を見て判断したい」としている。(佐藤常敬)

■嘉田前知事「国のメンツ立てたのでは」

 2008年に実質的な中止を求めた事業に対し、大阪、京都、滋賀の3府県はなぜ継続に同意したのか。当時の滋賀県知事、嘉田由紀子氏は取材に対し、「人口減少が進み、財源が先細るなか、流域自治体すべてが大戸川ダム建設に多額の地元負担金を出すとは現実的に考えにくい。負担金なしに建設は進まないという実情を踏まえ、中止を主張して波風を立てるより、国のメンツを立てたのではないか」と話した。


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 今年に入って、国交省が「事業継続」案を示し、滋賀、京都、大阪の各府県はいずれも同意。国交省は8月25日、この方針を決めた。しかし、工事再開には計画の再変更が必要で、各自治体とも凍結解除には慎重な姿勢を示す。このため、国交省近畿地方整備局は「凍結が覆るわけではない」としている。

■再開へ根強い期待

 大戸川は滋賀県甲賀市を流れ出し、大津市南部の山間部を通って瀬田川に注ぐ。8月初め、大戸川沿いの県道を上ると、ダム建設予定地は草木が生い茂っていた。周辺では、建設されれば一部が水没する県道の付け替え工事が進んでおり、建材を積んだ重機の作業音が響いていた。

 この工事はダム建設が凍結された時、地域振興などを訴える滋賀や京都、大阪各府県の要望を受け、国土交通省が整備の継続を決めたもので、18年度末までに全長約10キロの道路が完成する見通しだ。

 さらに上流に進むと、かつて人々が暮らしていた大鳥居(おおとりい)地区があった。周辺を含む55戸の住民は1998年までに移転に応じた。現在は立ち入り禁止のフェンスに閉ざされている。

 「先祖から受け継いだ大切な土地。流域の安全のためにと決断したのに……」。約20年前に移転に応じた木戸敏男さん(66)は今、そう唇をかむ。

 地区の先には新名神高速道路の建設工事に伴う土砂約70万立方メートルが積まれていた。近畿地方整備局によると、本体工事に着工した時、コンクリートの原料として使うのだという。

     ◇

 計画凍結から7年余り。今年2月、近畿地方整備局が「(治水上)ダム建設が最も有利」と評価し、地元には凍結された工事の再開への期待も根強い。

 予定地の下流域に住む北川吉男さん(66)=大津市=は「国は、『減災のためにダムをつくる』と宣言した責任を果たしてもらいたい」と訴える。

 大戸川は53年の豪雨で堤防が決壊、1千戸を超える家屋に被害が出た。その後も何度も氾濫(はんらん)を繰り返し、13年の台風18号では下流域の18戸が半壊、50戸が一部損壊した。水害に苦しんできた歴史を思い返すたび、不安に駆られる。「大雨が降れば、おちおち眠っていられない。ダムだけが解決策だ」。今後も早期着工を求めるという。

 滋賀県は本体工事の凍結後、「10年に1度の洪水」を想定した河川改修に着手し、河床の掘削や川幅の拡張を進めている。三日月大造知事は、事業継続は認めながら「4府県の共同意見を見直す段階ではない」との立場を示し、河川整備計画の見直しが検討された場合は「実際に河川改修が進んだ時、国の対応を見て判断したい」としている。(佐藤常敬)

■嘉田前知事「国のメンツ立てたのでは」

 2008年に実質的な中止を求めた事業に対し、大阪、京都、滋賀の3府県はなぜ継続に同意したのか。当時の滋賀県知事、嘉田由紀子氏は取材に対し、「人口減少が進み、財源が先細るなか、流域自治体すべてが大戸川ダム建設に多額の地元負担金を出すとは現実的に考えにくい。負担金なしに建設は進まないという実情を踏まえ、中止を主張して波風を立てるより、国のメンツを立てたのではないか」と話した。

【2016/10/07 01:57】 | 各地のダム情報
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