「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
                嶋津 暉之

10年前の2006年7月の豪雨で鹿児島県・県北部の川内川流域で大変大きな浸水被害がありました。
この豪雨災害を振り返っての毎日新聞の連載記事の続き6~7をお送りします。

◆鎮まれ川内川・県北部豪雨災害10年
 6 ダム 再開発で洪水調節能力アップ 人工制御の難しさも /鹿児島

(毎日新聞鹿児島版2016年8月3日)
http://mainichi.jp/articles/20160803/ddl/k46/040/436000c

 「当時地元では、ダムのおかげで浸水したと考えていた。十分考慮いただきたい」。川内川中流部で再開発事業が進む鶴田ダム(さつま町)の新しい運用を前に3月、国土交通省や流域住民代表らが話し合う「鶴田ダムとともに水害に強い地域づくりを考える意見交換会」が開かれ、意見や要望が相次いだ。

 10年前の県北部豪雨災害で、ダム下流のさつま町では約940戸の浸水被害が出た。川内川の宮之城観測所(さつま町)で7月22日午前9時ごろから水位が急激に上昇。午後6時40分に、計画高水位(堤防などを造る場合の基準)をはるかに上回る11・66メートルを記録した。

 同町轟町の三浦哲郎さん(86)は「裏口から逃げようとしたら、(高さ)30センチくらいの濁流がすでに来ていた。ものすごい力で、ドアを開けるのが難しかった。50センチだったらだめだったと思う」と振り返る。

 鶴田ダムは、洪水調節と発電を行う多目的ダムだ。上流からの大量の水をダムで受け止めため込みつつ、流入量よりも少なく放流し下流の増水を防ぐ。また、下流の水位上昇のピークをずらすことで住民の避難時間を稼ぐこともできる。

 水害後、「ダム操作が原因」という批判が被災者から上がった。国交省は「洪水調節しなかったら宮之城でさらに約1・3メートル最高水位が上がる」「水位のピークを約4時間遅らせることができた」とダムの効果があったとする。しかし操作の改善と調節能力の向上は課題となった。

 国交省は鶴田ダムの再開発事業に着手。ダムの使える容量自体を増やすため放流管3本を既存の管の11〜25メートル下に増設した。また、発電のための使用権を持つJパワー(電源開発)と交渉・補償した。

 これで、洪水調節容量は、最大7500万立方メートルから約1・3倍の9800万立方メートルに増えた。県北部豪雨災害と同規模の出水があった場合も、宮之城において最大1メートルの水位低下の効果(激甚災害対策特別緊急事業での河川改修効果を合わせると約3メートル)が期待できるという。

 操作方法も見直し、計画規模を超える洪水時の操作(異常洪水時防災操作)開始を早めたりすることで、放流量の上昇を緩やかにし、下流の水位上昇の急激さを抑えることができるという。

 しかしまだ課題は残る。ダム上流部の年間降水量は増加傾向。また、住民らはダム下流の支川増水を考慮した操作を要望している。

    ◇

 国交省は水害後、住民に理解を得ながら意見を聞くため検討会を12回実施。これは現在の意見交換会に引き継がれている。

 さつま町の柏原・湯田地区住民代表として意見交換会に参加する水流克男さん(81)は「住民の意見を聞こうという姿勢」と評価しつつも、「ダムがなかったら自然災害だから仕方ないとあきらめる。ダムという人工的なものが入ってくるとダムのせいと言いたいのが人情」と話す。人が川を制御する場合の難しさを語っているのかもしれない。【宝満志郎】

 ■ことば
鶴田ダム

 堤の高さ117・5メートル、長さ450メートルの重力式(堤の自重で水圧などを支える)コンクリートダム。1966年に完成。2007年度から再開発事業を実施。事業費は約711億円。


◆7止 活性化 川を生かしたまちづくり 地域資源つなげ魅力発信 /鹿児島
(毎日新聞鹿児島版2016年8月4日)
http://mainichi.jp/articles/20160804/ddl/k46/040/613000c

 今年の梅雨明けを目前に控えた先月17日、さつま町・宮之城の川内川河川敷で、地元若手が中心となったイベント「みやんじょdeちょいのみ・かぐやにまつわるetc」が開かれた。地元焼酎などを販売する屋台が建ち並んだ。前日まで降り続いた雨もあがり、穏やかな流れを取り戻した川内川から涼しい風が吹き心地よい。

 飲食店を回る「ちょいのみ」は、商店街を活性化させようと2013年から始まった。川内川が氾濫した県北部豪雨災害から10年の節目に、災害後に整備された河川敷を活用した。集まった人々を「はしご酒」で夜の商店街に誘おうという狙いもあった。

 激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)と鶴田ダム再開発事業で川内川の治水能力はアップした。しかし事業費合計で約1086億円という巨大プロジェクトのかたわら、浸水被害を受けた商店街には空き店舗が目立つ。

 さつま町の商店街の被害と復興への過程を調査した徳田光弘・九州工業大准教授(当時は鹿児島大助教)は、「有形無形の地域資源をどのように活用させていくかが大事になる」と指摘する。施設や空き地などの空間資源、祭りなどのさまざまな活動、歴史、そして産官学民。「それらのストックを掛け算させていく、ストックデザイン、ストックマネジメントが重要」と話し、地域として経済的に自立していくことが不可欠だろうという。

    ◇

 国土交通省は河川整備を通じて地域活性化を図る「かわまちづくり支援制度」を09年度から実施している。川内川の伊佐市湯之尾地区には親水エリアがある。毎年開かれるドラゴンボートレースが有名だ。同制度で、階段護岸などがさらに整備された。その結果、カヌーなどの水面利用者、近くの宿泊施設の利用者が12年度に比べ14年度はそれぞれ4割増、倍増したという。

 また、激特事業では景観や環境に配慮した工法が取り入れられた。「ちょいのみ」の会場となった河川敷の堤防の石積みは曽木の滝分水路(伊佐市)で削った石が使われ、ドラマ性を感じさせる。近くの推込(しごめ)分水路は虎居城跡を意識した城の石垣のような景観だ。

 国交省川内川河川事務所が3月に呼びかけ、「かわまちづくり」を川内川流域一体で進めるため流域5市町が集まる「川内川水系かわまちづくり推進協議会」が設立された。

    ◇

 7月の「ちょいのみ」には、さつま町内の青年団体6団体が参加した。「若手の力をつなげ、その団体の特徴を生かして魅力を発信したかった」。企画したさつま町商工会青年部の堀之内力三部長(38)はこう語る。

 「今回は焼酎と川内川というさつま町の魅力を組み合わせた。激特事業で景観もよくなった。これをまちづくりに生かしていきたい」と意欲的だ。地域のストックはそろいつつある。いや、そろっているのかもしれない。【宝満志郎】=おわり



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 鶴田ダムは、洪水調節と発電を行う多目的ダムだ。上流からの大量の水をダムで受け止めため込みつつ、流入量よりも少なく放流し下流の増水を防ぐ。また、下流の水位上昇のピークをずらすことで住民の避難時間を稼ぐこともできる。

 水害後、「ダム操作が原因」という批判が被災者から上がった。国交省は「洪水調節しなかったら宮之城でさらに約1・3メートル最高水位が上がる」「水位のピークを約4時間遅らせることができた」とダムの効果があったとする。しかし操作の改善と調節能力の向上は課題となった。

 国交省は鶴田ダムの再開発事業に着手。ダムの使える容量自体を増やすため放流管3本を既存の管の11〜25メートル下に増設した。また、発電のための使用権を持つJパワー(電源開発)と交渉・補償した。

 これで、洪水調節容量は、最大7500万立方メートルから約1・3倍の9800万立方メートルに増えた。県北部豪雨災害と同規模の出水があった場合も、宮之城において最大1メートルの水位低下の効果(激甚災害対策特別緊急事業での河川改修効果を合わせると約3メートル)が期待できるという。

 操作方法も見直し、計画規模を超える洪水時の操作(異常洪水時防災操作)開始を早めたりすることで、放流量の上昇を緩やかにし、下流の水位上昇の急激さを抑えることができるという。

 しかしまだ課題は残る。ダム上流部の年間降水量は増加傾向。また、住民らはダム下流の支川増水を考慮した操作を要望している。

    ◇

 国交省は水害後、住民に理解を得ながら意見を聞くため検討会を12回実施。これは現在の意見交換会に引き継がれている。

 さつま町の柏原・湯田地区住民代表として意見交換会に参加する水流克男さん(81)は「住民の意見を聞こうという姿勢」と評価しつつも、「ダムがなかったら自然災害だから仕方ないとあきらめる。ダムという人工的なものが入ってくるとダムのせいと言いたいのが人情」と話す。人が川を制御する場合の難しさを語っているのかもしれない。【宝満志郎】

 ■ことば
鶴田ダム

 堤の高さ117・5メートル、長さ450メートルの重力式(堤の自重で水圧などを支える)コンクリートダム。1966年に完成。2007年度から再開発事業を実施。事業費は約711億円。


◆7止 活性化 川を生かしたまちづくり 地域資源つなげ魅力発信 /鹿児島
(毎日新聞鹿児島版2016年8月4日)
http://mainichi.jp/articles/20160804/ddl/k46/040/613000c

 今年の梅雨明けを目前に控えた先月17日、さつま町・宮之城の川内川河川敷で、地元若手が中心となったイベント「みやんじょdeちょいのみ・かぐやにまつわるetc」が開かれた。地元焼酎などを販売する屋台が建ち並んだ。前日まで降り続いた雨もあがり、穏やかな流れを取り戻した川内川から涼しい風が吹き心地よい。

 飲食店を回る「ちょいのみ」は、商店街を活性化させようと2013年から始まった。川内川が氾濫した県北部豪雨災害から10年の節目に、災害後に整備された河川敷を活用した。集まった人々を「はしご酒」で夜の商店街に誘おうという狙いもあった。

 激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)と鶴田ダム再開発事業で川内川の治水能力はアップした。しかし事業費合計で約1086億円という巨大プロジェクトのかたわら、浸水被害を受けた商店街には空き店舗が目立つ。

 さつま町の商店街の被害と復興への過程を調査した徳田光弘・九州工業大准教授(当時は鹿児島大助教)は、「有形無形の地域資源をどのように活用させていくかが大事になる」と指摘する。施設や空き地などの空間資源、祭りなどのさまざまな活動、歴史、そして産官学民。「それらのストックを掛け算させていく、ストックデザイン、ストックマネジメントが重要」と話し、地域として経済的に自立していくことが不可欠だろうという。

    ◇

 国土交通省は河川整備を通じて地域活性化を図る「かわまちづくり支援制度」を09年度から実施している。川内川の伊佐市湯之尾地区には親水エリアがある。毎年開かれるドラゴンボートレースが有名だ。同制度で、階段護岸などがさらに整備された。その結果、カヌーなどの水面利用者、近くの宿泊施設の利用者が12年度に比べ14年度はそれぞれ4割増、倍増したという。

 また、激特事業では景観や環境に配慮した工法が取り入れられた。「ちょいのみ」の会場となった河川敷の堤防の石積みは曽木の滝分水路(伊佐市)で削った石が使われ、ドラマ性を感じさせる。近くの推込(しごめ)分水路は虎居城跡を意識した城の石垣のような景観だ。

 国交省川内川河川事務所が3月に呼びかけ、「かわまちづくり」を川内川流域一体で進めるため流域5市町が集まる「川内川水系かわまちづくり推進協議会」が設立された。

    ◇

 7月の「ちょいのみ」には、さつま町内の青年団体6団体が参加した。「若手の力をつなげ、その団体の特徴を生かして魅力を発信したかった」。企画したさつま町商工会青年部の堀之内力三部長(38)はこう語る。

 「今回は焼酎と川内川というさつま町の魅力を組み合わせた。激特事業で景観もよくなった。これをまちづくりに生かしていきたい」と意欲的だ。地域のストックはそろいつつある。いや、そろっているのかもしれない。【宝満志郎】=おわり


【2016/08/11 00:53】 | 新聞記事から
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