「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
              嶋津 暉之

熊本地震で熊本市が水道施設の復旧にいかに取り組んだかについての連載記事を紹介します。

◇水道インフラの復旧に、熊本市はどう立ち向かったか(前) 熊本市上下水道局
(Net IB News 2016年07月13日)
http://www.data-max.co.jp/post_226_0713_ib1806_01/

活火山を有す、”火の国”というイメージもある熊本だが、これまで大規模な地震は少なく、西方沖地震(2005年)を経験した福岡市同様、熊本は地震に対してさほどの警戒心を持っていなかった。そこに青天の霹靂となる直下型の大地震が熊本を襲った。もちろん、地震の影響で熊本市における水道管は破損。各地で水道水の供給に支障が生じた。誰もが早期の復旧を願っていた。だが、16日の本震により前震に耐えていた管路も持ちこたえられず破損が相次ぎ、水道水の供給が停止。都市機能が麻痺状態となった。
水の確保のために、熊本市上下水道局は不眠不休で復旧に尽力。同局の奮戦を交えながら、今回の地震における水道関連の現状と課題を検証してみる。

水源は100本超える井戸、地下水湧き出る水源都市熊本

 熊本市の水道事業は1924(大正13)年に給水を開始している。今もなお現在の水道水源は天然の地下水である。ここが九州管内でも同じ政令指定都市の福岡市と大きく異なる点である。福岡市の水源は8つのダムや近郊の河川、福岡地区水道企業団からと3つに分類される。年間の総取水量は1億4,662万m3(2009~13年度までの5年間の平均値)。水源としてダムが38%、近郊河川35%、同企業団からの取水27%の比率となっている。
 対して熊本市の総取水量は8,063万m3(09~13年度までの5年間の平均値)である。福岡市の人口は154万3,417人であるのに対し、熊本市は74万648人(ともに16年3月1日現在)。1人当たりの平均年間取水量は福岡市が約95.2万m3、熊本市が約108.9万m3と熊本市がやや多い。

 では、熊本市の管路状況を見てみよう。熊本市上下水道局が管理する水道の管路総延長は約3,366km。水源地は52カ所(取水井戸113本)、送水施設は19カ所、配水施設67カ所を有する。内訳は、取水井戸から浄水処理前の原水を調整池・集水槽に送る導水管が約45km。その調整池・集水槽から飲用可能な状態に処理された水を配水池に送る送水管が約57km、そして配水地以降の水を供給する配水管が約3,264kmとなっている。
 これに対して福岡市は管路総延長約4,131kmで、配水管は約3,972km。従って導水管・送水管の合計は約159kmとなる(13年度末現在)。これから見ると熊本市は地下水の取水主体なので、導水管・送水管の合計は約約102kmと短く、福岡市の方が県内のダムからや筑後大関などからの取水で長い管路を有していることがわかる。また、熊本市は福岡市に比べて人口は約半分となるものの、管路総延長は福岡市の約4,131km対して約3,366kmと人口如何に関わらず都市にはこれだけの水道管施設が必要かわかる。

 今もなお火山活動している阿蘇中岳を有し”火の国”としての顔を持つ熊本。そのほかで良質な地下水源持つなどが豊富な資源の一面を持っていることは有名。「熊本では、ミネラルウォーターが売れない。それは、地下水が豊富にあるから」と耳にしたことがある。それほど豊かな水資源を持つ地域である。広大な土地もあることから大量の水を使う大手工場が進出しているのも納得である。

耐震化は全体の22%止まり、急がれていた整備事業

 地震とは無縁と思われた熊本でも、管の耐震化は進められてきた。14年度末における熊本市内の耐震適合性がある管(いわゆる耐震管以外でも管路が布設され、耐震性があると評価できる管)と耐震管は配水の基幹となる導水管・送水管、直径350mmに限ると耐震化は74%に達していた様子で、配水の基幹となる管などは耐震化がなされた。だが、すべての管路の耐震化が進んでいたということはなく、14年度末においても、耐震化はまだ22%にして進んでいなかったのだ。
 同局が掲げる「新水道ビジョン」に基づき老朽化した水道施設の機能強化を図り、耐震化、水運用の強化などのバックアップ体制の構築を行う計画があった。また、中長期的視点で2053年までを対象としたアセットマネジメント手法を活用し、将来的な財政収支を検討しつつ、配水管の更新を実施することになっていた。
 その背景には法定耐用年数の1.5倍を超過した管路や、鋳鉄管や硬化ビニル管など耐震性が低く、継手からの漏水、破損事故の発生頻度が高いとされる管などが多く存在していたことも事実である。そこで、09~21年まで約326億円の予算をかけて約212kmを整備する水道施設整備事業の計画と、10年から28年にかけて第6次拡張事業によって耐震化を図るとしていたのだ。
 豊富な水資源を持つことで渇水と縁がないイメージがある熊本市。福岡市のように海水を淡水化することもなく、近隣都市部から送水して水源の確保に力を注ぐこともないので、自前の水源で水を確保できる。近年、大地震の経験もない。だが、その安心感が耐震化の遅れを招いていたこともあったかもしれない。まさか、直下型の地震が熊本で起こるなどと誰が予想しただろう。いずれにせよ、未曽有の災害が熊本を襲ったのである。

◇水道インフラの復旧に、熊本市はどう立ち向かったか(中)
(Net IB News 2016年07月14日)
http://www.data-max.co.jp/post_227_280714_ib1806_02/

2度にわたる地震で管路は寸断、不眠不休の職員の奮闘

<4月14日の状況>

 2016年4月14日21時26分、熊本県熊本地方で震度7を観測する強い地震を観測した。地震に馴染みのない熊本からすれば”青天の霹靂”である。
 14日の地震発生後、通常運用している96本の井戸のうち、69本で濁度が上昇して自動停止。このため、供給される水量は著しく低下した。14日の地震直後の状況を聞くと日付が変わった午前0時30分頃には市内各所に断水が発生していることが明らかになってきた。熊本上下水道局ではホームページによる広報を開始。深夜だが状況の把握に動いた。午前4時30頃「濁水は飲料不可」との呼びかけを開始(その間でも職員による手作業による地道な排水作業が行われていた)。だが、井戸の本数の多さや地震直後の混乱などもあり、作業は難航していた。職員の使命は早急に復旧を行い、水源を確保することだった。
 15日の10時頃には市内各所で濁水および断水の状況を確認。この時点で約5万7,000世帯に断水の影響がおよんでおり、早急な対策を打ち出し応急給水ポイントを市内11カ所に設置し、職員による応急給水活動が開始された。また、懸念されていた配水管の漏水のほか、沼山津、健軍に布設されていた直径800mmの送水管にも漏水が発見された。配水管にも影響が出てきたのだ。地震の被害が明らかになるにつれて、生活インフラの要である水の供給が困難になりつつあった。
 11時30分には中心市街地に緊急節水警報を発令。併せて市民に節水の呼びかけが行われた。4月30日の気象庁発表によると4月14日21時26分から本震となる16日1時25分寸前までに発生した震度6弱以上の地震は3回。最大震度は6弱~7、マグニチュードは5.8~6.4を観測したのだ。とくに震源地とされる益城町に近い市内北部では、かなりの被害とその影響が明らかとなった。

 交通関係では「JR九州は、九州新幹線の博多~鹿児島中央間、鹿児島本線の荒尾~八代間、豊肥本線の熊本~宮地間、肥薩線の八代~吉松間、三角線の宇土~三角間で運転見合わせ。新幹線は、脱線事故の影響で運転再開の見込みが立っていない。一方、高速道路では、九州道で南関IC~えびのIC間、益城料金所~嘉島JCT間、南九州道で八代JCT~日奈久IC間において通行止めとなっている。また、熊本空港では、午前中の4便が欠航、2便に遅れが出る予定」と一報が入っていた。ただ市内を走る路面電車はダイヤが乱れていたものの始発から運行を開始していた。建物の倒壊も激しく、熊本市のシンボルである熊本城も石垣が崩れ、天守閣の瓦もいくつか落ちるなどの被害を受けるなど、混乱は続いていた。

 市民はスーパーや小売店、コンビニに駆けこんだ。店舗では水、お米、カップラーメン、水以外の飲料水、カセットコンロおよびカセットボンベ、トイレットペーパーなどを販売している。復旧作業も商品の調達見込みが立たない状況のなか、販売していたが「とくに水を求められるお客が増えている」といった販売先のコメントが寄せられていた。県内の一部地域では断水となっている影響で、水はすぐに品薄状態になった様子が見られた。
 しかし、この時点では大きな地震は過ぎ去り、峠は越えた雰囲気が漂っていたのはたしか。政府も15日に「全避難者の屋内避難」の方針を打ち出し、熊本県の蒲島郁夫知事が「現場の気持ちがわかっていない」と反発する一幕もあった。それでも余震は続き、倒壊する可能性もあったが怖くて部屋の中にいられない状況が続いた。そして、本震となる16日の午前1時25分に向かって時計の針は確実に進んでいた。

<まさかの本震となった4月16日>
 4月16日午前1時25分。本震となる震度7、マグニチュード7.3の大地震が発生したのだ。
 この本震は昼夜問わず復旧に当たっていた職員らにさらに追い打ちをかける事態となったのだ。熊本市上下水道局の担当職員は「通常運用している96本のうち69本の井戸の濁度が上昇し自動停止してしまいました。せっかく14日の大地震の後、手作業で約1日半かけて排水作業を行い、ようやく復旧のメドが立ったのに…」と当時の状況を語る。マンパワーを駆使し、ようやく供給できる状況にあったにも関わらずに、再度、いやそれ以上に深刻な状況に陥ったのだ。
 緊急遮断弁が作動したことで災害対策用貯水施設22カ所に6万50m3の水は確保された。しかし、基幹管路となる沼山津の導水管をはじめ、送水管、配水管すべての管の漏水が発生。すでに手が付けられない状況になっていた。「とくに、1回目の地震で耐えていた接合部分が、今度は耐えきれず破損していたものが多くありました。基幹となる管を先に掘り起こして取替作業を行い、順次供給する以外になく余震に耐えながら作業を行う姿が目に浮かぶ。

 この本震の影響で熊本市給水戸数の23万戸が断水。しかも配水支管、給水管をはじめ多くの管路で漏水が発生した様子が見られたが、当時の状況下では総数は把握できずにいた。

◇水道インフラの復旧に、熊本市はどう立ち向かったか(後)
(Net IB News 2016年07月15日)
http://www.data-max.co.jp/post_226_0715_ib1806_03/

3段階で復旧活動、地震に耐えた新築庁舎から指揮

地震による被害から早急な復旧の方針を固めた熊本市上下水道局。この方針に従って、職員は動いた。まずは「水源の確保」そして「基幹管路の復旧」最後に「末端地域の復旧」と段階的に着手。また、被災者の不安感の軽減、早期の生活の安定を目指し、16日の本震から3日間で可能な限り通水試験を行い、各戸の給水復旧を急いだ。

 「水源の確保」においては、水源となる井戸の応急復旧を最優先として、配水可能な水の確保を大前提とした。そして4段階に分けた応急給水の目標を掲げ、第1段階となる目標値は地震発生から3日目までは3L/人・日としつつ、第2段階となる3~10日目は20L/人・日、第3段階の10~20日は100L/人・日、最終目標となる第4段階は20~28日目には230L/人・日としたのだ。この応急給水活動には4月15日から5月6日まで104団体(98都市)、延べ4,306名の支援を受けた。市では給水車や車載用タンクによる応急給水を準備していたが、想定をはるかに超える断水となり、他都市や自衛隊による給水支援を受けることで、なんとか対応できた。
 次に「基幹管路の復旧」では、最重要排水拠点である健軍配水池からの通水を4月16日から開始。沼山津の直径800mmの送水管の通水を開始するなど復旧対策の糸口が見えてきた。
 最後に「末端地域の復旧」として配水池から試験通水を開始し断水地域の解消のために漏水対策を行った。この配水管等の漏水修理を担当したのは熊本市管工事協同組合の面々。日本水道協会九州支部に応援を要請し健軍・秋田配水地区の漏水調査を実施し、4月19日から47都市延べ5,450名が応援に駆け付けてくれた。

このように段階的かつ早急な作業を行ったことで4月26日には断水地域は完全に解消し、全区域の適正水圧で安定した配水をすることが可能となった。その後万日山、徳王、北部(和泉)、城山となる4つの配水区で計画断水を行い配水池の水量を確保。4月30日に通水試験を終えて、最後まで供給できていなかった城南町築地地区への水道水の供給が確認されたことで、熊本市の全域で水道水の供給が確認された。これは大西一史市長も会見を開き市民に報告を行ったのだ。
 4月16日の午前5時10分発表の4時30分現在市内全域で断水状態から、順次通水情報をホームページに公開。4月30日における完全通水100%まで85回もの情報更新が行われた。水道水が来るのを心待ちにしている市民へ水の供給を第一とし、断水から約2週間で完全復旧を成し遂げたのだ。
 その市民の不安を少しでも解消するために電話受付を開始。「水がでない方専用コールセンター」を立ち上げて市民からの情報をもとに復旧活動に反映させた。4月25日には1日最大の6,139件の入電数があったが、減少傾向となり5月13日現在では100件を割るようになった。

1カ月間で1年分の修理件数、政府へ特別措置を要望

4月14日から5月14日までの漏水通報及び漏水調査による発見件数は5,070件(5月14日現在)、そのうち上下水道局での対応分は3,772件、対応済みは2,524件(約67%)となっている。このうち、修理済みは約160件。これは熊本市上下水道局が年間で取り扱う件数に相当する。しかも、管路被害については、まだ多数の漏水が確認されており、今後も修理が不可欠である。
 このため市では「上水道施設災害復旧費の国庫補助について、補助率をかさ上げするとともに、供給管修理や漏水調査なども補助対象とするなど、政府に対して採択要件を拡大する特別措置の要望を行っています」と政府への特別救済の一環として要望している。
 熊本市上下水道局では、06年度から管路の耐震対策として耐震管の布設を開始。災害時などにおいても各配水区間で水の融通ができるように配水管網の整備に着手してきたところだった。だが、今回の地震により施設に大きな被害を受けた。その復旧費用に加え、今後の減災対策などについても検討の見直しを図らざる状況にある。「今後はこれまで以上に管路の耐震化を取り組んでいくことになる」と担当者は語る。

 九州の地震安全神話はすでに瓦解しており、いつどこで地震などの災害が発生するのか誰にもわからない。ただ、災害に負けず、水を市民に供給する使命を持つ人たちのおかげで人間に一番不可欠な”水”が使えるのだ。この地震を教訓にして災害対策が図れる安全な都市づくりが進むだろう。

(了)


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 これに対して福岡市は管路総延長約4,131kmで、配水管は約3,972km。従って導水管・送水管の合計は約159kmとなる(13年度末現在)。これから見ると熊本市は地下水の取水主体なので、導水管・送水管の合計は約約102kmと短く、福岡市の方が県内のダムからや筑後大関などからの取水で長い管路を有していることがわかる。また、熊本市は福岡市に比べて人口は約半分となるものの、管路総延長は福岡市の約4,131km対して約3,366kmと人口如何に関わらず都市にはこれだけの水道管施設が必要かわかる。

 今もなお火山活動している阿蘇中岳を有し”火の国”としての顔を持つ熊本。そのほかで良質な地下水源持つなどが豊富な資源の一面を持っていることは有名。「熊本では、ミネラルウォーターが売れない。それは、地下水が豊富にあるから」と耳にしたことがある。それほど豊かな水資源を持つ地域である。広大な土地もあることから大量の水を使う大手工場が進出しているのも納得である。

耐震化は全体の22%止まり、急がれていた整備事業

 地震とは無縁と思われた熊本でも、管の耐震化は進められてきた。14年度末における熊本市内の耐震適合性がある管(いわゆる耐震管以外でも管路が布設され、耐震性があると評価できる管)と耐震管は配水の基幹となる導水管・送水管、直径350mmに限ると耐震化は74%に達していた様子で、配水の基幹となる管などは耐震化がなされた。だが、すべての管路の耐震化が進んでいたということはなく、14年度末においても、耐震化はまだ22%にして進んでいなかったのだ。
 同局が掲げる「新水道ビジョン」に基づき老朽化した水道施設の機能強化を図り、耐震化、水運用の強化などのバックアップ体制の構築を行う計画があった。また、中長期的視点で2053年までを対象としたアセットマネジメント手法を活用し、将来的な財政収支を検討しつつ、配水管の更新を実施することになっていた。
 その背景には法定耐用年数の1.5倍を超過した管路や、鋳鉄管や硬化ビニル管など耐震性が低く、継手からの漏水、破損事故の発生頻度が高いとされる管などが多く存在していたことも事実である。そこで、09~21年まで約326億円の予算をかけて約212kmを整備する水道施設整備事業の計画と、10年から28年にかけて第6次拡張事業によって耐震化を図るとしていたのだ。
 豊富な水資源を持つことで渇水と縁がないイメージがある熊本市。福岡市のように海水を淡水化することもなく、近隣都市部から送水して水源の確保に力を注ぐこともないので、自前の水源で水を確保できる。近年、大地震の経験もない。だが、その安心感が耐震化の遅れを招いていたこともあったかもしれない。まさか、直下型の地震が熊本で起こるなどと誰が予想しただろう。いずれにせよ、未曽有の災害が熊本を襲ったのである。

◇水道インフラの復旧に、熊本市はどう立ち向かったか(中)
(Net IB News 2016年07月14日)
http://www.data-max.co.jp/post_227_280714_ib1806_02/

2度にわたる地震で管路は寸断、不眠不休の職員の奮闘

<4月14日の状況>

 2016年4月14日21時26分、熊本県熊本地方で震度7を観測する強い地震を観測した。地震に馴染みのない熊本からすれば”青天の霹靂”である。
 14日の地震発生後、通常運用している96本の井戸のうち、69本で濁度が上昇して自動停止。このため、供給される水量は著しく低下した。14日の地震直後の状況を聞くと日付が変わった午前0時30分頃には市内各所に断水が発生していることが明らかになってきた。熊本上下水道局ではホームページによる広報を開始。深夜だが状況の把握に動いた。午前4時30頃「濁水は飲料不可」との呼びかけを開始(その間でも職員による手作業による地道な排水作業が行われていた)。だが、井戸の本数の多さや地震直後の混乱などもあり、作業は難航していた。職員の使命は早急に復旧を行い、水源を確保することだった。
 15日の10時頃には市内各所で濁水および断水の状況を確認。この時点で約5万7,000世帯に断水の影響がおよんでおり、早急な対策を打ち出し応急給水ポイントを市内11カ所に設置し、職員による応急給水活動が開始された。また、懸念されていた配水管の漏水のほか、沼山津、健軍に布設されていた直径800mmの送水管にも漏水が発見された。配水管にも影響が出てきたのだ。地震の被害が明らかになるにつれて、生活インフラの要である水の供給が困難になりつつあった。
 11時30分には中心市街地に緊急節水警報を発令。併せて市民に節水の呼びかけが行われた。4月30日の気象庁発表によると4月14日21時26分から本震となる16日1時25分寸前までに発生した震度6弱以上の地震は3回。最大震度は6弱~7、マグニチュードは5.8~6.4を観測したのだ。とくに震源地とされる益城町に近い市内北部では、かなりの被害とその影響が明らかとなった。

 交通関係では「JR九州は、九州新幹線の博多~鹿児島中央間、鹿児島本線の荒尾~八代間、豊肥本線の熊本~宮地間、肥薩線の八代~吉松間、三角線の宇土~三角間で運転見合わせ。新幹線は、脱線事故の影響で運転再開の見込みが立っていない。一方、高速道路では、九州道で南関IC~えびのIC間、益城料金所~嘉島JCT間、南九州道で八代JCT~日奈久IC間において通行止めとなっている。また、熊本空港では、午前中の4便が欠航、2便に遅れが出る予定」と一報が入っていた。ただ市内を走る路面電車はダイヤが乱れていたものの始発から運行を開始していた。建物の倒壊も激しく、熊本市のシンボルである熊本城も石垣が崩れ、天守閣の瓦もいくつか落ちるなどの被害を受けるなど、混乱は続いていた。

 市民はスーパーや小売店、コンビニに駆けこんだ。店舗では水、お米、カップラーメン、水以外の飲料水、カセットコンロおよびカセットボンベ、トイレットペーパーなどを販売している。復旧作業も商品の調達見込みが立たない状況のなか、販売していたが「とくに水を求められるお客が増えている」といった販売先のコメントが寄せられていた。県内の一部地域では断水となっている影響で、水はすぐに品薄状態になった様子が見られた。
 しかし、この時点では大きな地震は過ぎ去り、峠は越えた雰囲気が漂っていたのはたしか。政府も15日に「全避難者の屋内避難」の方針を打ち出し、熊本県の蒲島郁夫知事が「現場の気持ちがわかっていない」と反発する一幕もあった。それでも余震は続き、倒壊する可能性もあったが怖くて部屋の中にいられない状況が続いた。そして、本震となる16日の午前1時25分に向かって時計の針は確実に進んでいた。

<まさかの本震となった4月16日>
 4月16日午前1時25分。本震となる震度7、マグニチュード7.3の大地震が発生したのだ。
 この本震は昼夜問わず復旧に当たっていた職員らにさらに追い打ちをかける事態となったのだ。熊本市上下水道局の担当職員は「通常運用している96本のうち69本の井戸の濁度が上昇し自動停止してしまいました。せっかく14日の大地震の後、手作業で約1日半かけて排水作業を行い、ようやく復旧のメドが立ったのに…」と当時の状況を語る。マンパワーを駆使し、ようやく供給できる状況にあったにも関わらずに、再度、いやそれ以上に深刻な状況に陥ったのだ。
 緊急遮断弁が作動したことで災害対策用貯水施設22カ所に6万50m3の水は確保された。しかし、基幹管路となる沼山津の導水管をはじめ、送水管、配水管すべての管の漏水が発生。すでに手が付けられない状況になっていた。「とくに、1回目の地震で耐えていた接合部分が、今度は耐えきれず破損していたものが多くありました。基幹となる管を先に掘り起こして取替作業を行い、順次供給する以外になく余震に耐えながら作業を行う姿が目に浮かぶ。

 この本震の影響で熊本市給水戸数の23万戸が断水。しかも配水支管、給水管をはじめ多くの管路で漏水が発生した様子が見られたが、当時の状況下では総数は把握できずにいた。

◇水道インフラの復旧に、熊本市はどう立ち向かったか(後)
(Net IB News 2016年07月15日)
http://www.data-max.co.jp/post_226_0715_ib1806_03/

3段階で復旧活動、地震に耐えた新築庁舎から指揮

地震による被害から早急な復旧の方針を固めた熊本市上下水道局。この方針に従って、職員は動いた。まずは「水源の確保」そして「基幹管路の復旧」最後に「末端地域の復旧」と段階的に着手。また、被災者の不安感の軽減、早期の生活の安定を目指し、16日の本震から3日間で可能な限り通水試験を行い、各戸の給水復旧を急いだ。

 「水源の確保」においては、水源となる井戸の応急復旧を最優先として、配水可能な水の確保を大前提とした。そして4段階に分けた応急給水の目標を掲げ、第1段階となる目標値は地震発生から3日目までは3L/人・日としつつ、第2段階となる3~10日目は20L/人・日、第3段階の10~20日は100L/人・日、最終目標となる第4段階は20~28日目には230L/人・日としたのだ。この応急給水活動には4月15日から5月6日まで104団体(98都市)、延べ4,306名の支援を受けた。市では給水車や車載用タンクによる応急給水を準備していたが、想定をはるかに超える断水となり、他都市や自衛隊による給水支援を受けることで、なんとか対応できた。
 次に「基幹管路の復旧」では、最重要排水拠点である健軍配水池からの通水を4月16日から開始。沼山津の直径800mmの送水管の通水を開始するなど復旧対策の糸口が見えてきた。
 最後に「末端地域の復旧」として配水池から試験通水を開始し断水地域の解消のために漏水対策を行った。この配水管等の漏水修理を担当したのは熊本市管工事協同組合の面々。日本水道協会九州支部に応援を要請し健軍・秋田配水地区の漏水調査を実施し、4月19日から47都市延べ5,450名が応援に駆け付けてくれた。

このように段階的かつ早急な作業を行ったことで4月26日には断水地域は完全に解消し、全区域の適正水圧で安定した配水をすることが可能となった。その後万日山、徳王、北部(和泉)、城山となる4つの配水区で計画断水を行い配水池の水量を確保。4月30日に通水試験を終えて、最後まで供給できていなかった城南町築地地区への水道水の供給が確認されたことで、熊本市の全域で水道水の供給が確認された。これは大西一史市長も会見を開き市民に報告を行ったのだ。
 4月16日の午前5時10分発表の4時30分現在市内全域で断水状態から、順次通水情報をホームページに公開。4月30日における完全通水100%まで85回もの情報更新が行われた。水道水が来るのを心待ちにしている市民へ水の供給を第一とし、断水から約2週間で完全復旧を成し遂げたのだ。
 その市民の不安を少しでも解消するために電話受付を開始。「水がでない方専用コールセンター」を立ち上げて市民からの情報をもとに復旧活動に反映させた。4月25日には1日最大の6,139件の入電数があったが、減少傾向となり5月13日現在では100件を割るようになった。

1カ月間で1年分の修理件数、政府へ特別措置を要望

4月14日から5月14日までの漏水通報及び漏水調査による発見件数は5,070件(5月14日現在)、そのうち上下水道局での対応分は3,772件、対応済みは2,524件(約67%)となっている。このうち、修理済みは約160件。これは熊本市上下水道局が年間で取り扱う件数に相当する。しかも、管路被害については、まだ多数の漏水が確認されており、今後も修理が不可欠である。
 このため市では「上水道施設災害復旧費の国庫補助について、補助率をかさ上げするとともに、供給管修理や漏水調査なども補助対象とするなど、政府に対して採択要件を拡大する特別措置の要望を行っています」と政府への特別救済の一環として要望している。
 熊本市上下水道局では、06年度から管路の耐震対策として耐震管の布設を開始。災害時などにおいても各配水区間で水の融通ができるように配水管網の整備に着手してきたところだった。だが、今回の地震により施設に大きな被害を受けた。その復旧費用に加え、今後の減災対策などについても検討の見直しを図らざる状況にある。「今後はこれまで以上に管路の耐震化を取り組んでいくことになる」と担当者は語る。

 九州の地震安全神話はすでに瓦解しており、いつどこで地震などの災害が発生するのか誰にもわからない。ただ、災害に負けず、水を市民に供給する使命を持つ人たちのおかげで人間に一番不可欠な”水”が使えるのだ。この地震を教訓にして災害対策が図れる安全な都市づくりが進むだろう。

(了)

【2016/07/16 01:51】 | 未分類
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