「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
           嶋津 暉之

中国の雲南省に計画されている水力発電ダムについてのレポート記事をまとめて紹介します。

◆「東洋のグランド・キャニオン」、ダム計画を変更へ
中国で唯一ダムのない川、怒江に暮らす人々とダム計画の行方(1)

(ナショナル ジオグラフィック2016.05.20)
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/051900174/

中国の大河、怒江はチベットの氷河に端を発し、アンダマン海へと流れ込む。写真は、雲南省丙中洛付近を蛇行する怒江。この川に予定されていた連続ダム建設計画は、現在棚上げ状態になっている。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)

 ミャンマーとの国境に近い中国、怒江(ヌージャン)の川沿いを走る道路脇で、熊向南(シォン・シァンナン)さんは観光客を相手に魚を売る。オールバックにした髪、ジーンズに白のクロックス、肩からは現金の入ったバッグを下げている。たむろしてタバコを吸う友人たちの横で、熊さんは魚を売り込む。

 魚を獲るのは大変なんだ、と熊さんは言う。夜のうちに網を張り、獲物を確認するために朝早く出て行く。バケツの中で一番大きな魚を240元(約4000円)という高値で売るのはそのためだという。

「ダムのことはあまり考えないようにしています」

 熊さんの背後では怒江が悠々と流れ、時に早瀬に当たって渦を巻く。その一部はチベット高地の氷河に源を発し、中国からミャンマー、タイへ2700キロの渓谷を旅してアンダマン海へと流れ出る。

 中国で唯一、いまだにダムがひとつも建設されていない怒江だったが、そこへ2003年、水力発電ダムの建設計画が持ち上がった。そのうちの1基が、怒江の下流、ミャンマーとの国境に近い人口4万5000人の町、雲南省六庫(リウク)に予定されている。(参考記事:「中国雲南省 地上の楽園の現実」)

 計画について聞かれると、熊さんは「その話はもう何年も前に聞きましたよ。でも政府はまだ許可していません。あまり考えないようにしています」と答えた。20歳の熊さんの本職は農業だが、副収入を得るために漁をしている。

 怒江にダムが建設されるとどうなるのだろうか。「水が汚れて魚が死んでしまうでしょうね。僕たちにとって良いことではないですよ」

 過去50年間で盛んにダムが建設された中国で、保全活動家たちは厳しい戦いを強いられてきたが、怒江に関しては珍しく明るいニュースが聞けそうだ。雲南省の党委員会書記が最近になって、怒江の支流での小規模水力発電計画を中止すると発表したのである。さらに、同地域を国立公園に指定する考えがあることも明らかにした。

 多くの人々は、それで怒江ダム計画も棚上げされるのではないかと考えている。もしダム建設が実行に移されれば、数千人の村人が立ち退きを迫られ、渓谷の美しい景観は永久に損なわれてしまう。

 雲南省の省都昆明(クンミン)をベースに活動する環境保護団体「緑色流域」代表の于暁剛(ユー・シァオガン)氏は、ダム計画が提案されて以来、多くの変化があったと話す。まず、地質学者が調査に入り、この地域に地震の危険性があると警告した。また、中国政府の汚職摘発政策により、ダム建設を提案していた中国華電集団公司と親しい雲南省の役人たちが一掃された。そしておそらく何よりも効果的だったのは、新しい法律のおかげで、怒江のような巨大プロジェクトがもたらすあらゆる影響を政府が考慮し始めていることだろう。
「怒江を毎年訪れていますが、2012年以降、建設会社はプロジェクトから少しずつ手を引いています。怒江は、ダムがひとつもない中国最後の川なのです」と、于氏は言う。だからこそ、建設の是非が問われている。
大麦を収穫する農夫。怒江流域にはこのように肥沃な村が多い。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)

東洋のグランド・キャニオン

 東洋のグランド・キャニオンとも呼ばれる怒江の大渓谷は、中国とミャンマーの国境、雪を頂く高黎貢山に沿って曲がりくねった切り込みを形成する。谷底を流れる川は馬蹄形に蛇行し、急こう配の渓谷の壁を抱きかかえるようにして狭い道が通っている。(参考記事:「写真:グランド・キャニオン」)

 カーブを曲がる度に、ノコギリの歯のようなギザギザの岩石層や、かつて山頂を覆っていた広大な森林の名残が目に入る。森林が姿を消したのは、薪の材料にするために人間が大量に木を伐採したためだ。しかしそれでも、中国に生息する動物のうち約半分の種がここをすみかとしている。中には、ユキヒョウやクロキンシコウなどの希少な野生生物も生息している。

 東を向くと、そこにはもうひとつ別の岩山が連なり、その向こうには瀾滄江(ランツァンジャン:メコン川の中国名)が流れている。怒江とはまるで趣の異なる穏やかな川で、複数カ所にダムが建設されている。怒江は開発の手が入っていないため危険も多く、長距離にわたって流れの急な場所がある。季節によって水量や水の色が変化し、冬の乾燥した時期には、川は青緑色を帯びる。(参考記事:「ダム建設に揺れるメコン川」)
【フォトギャラリー】世界遺産の秘境、怒江に暮らす人々

 中国内の怒江流域にはおよそ500万人が住んでいるが、その多くがリス族やダイ族といった少数民族で、中国の中でも貧困が深刻な地域である。そのため、住民たちの中には雇用をもたらし、道路を整備してくれるダム建設を歓迎するものも多い。(参考記事:「大河の上を飛ぶ! 少数民族が暮らす絶景」)

 ある朝、チベットとの国境に近い怒江沿いの村、丙中洛(ビンジョンルオ)で、子牛の肉を売っていた37歳の李広進(リー・グァンジン)さんもそんなひとりだ。埃っぽい道端で、李さんとその妻は防水シートを拡げ、まだ血の滴る肉を並べて客が来るのを待っていた。

 飼っていた子牛は、その前日に大けがを負ってしまったため、殺すしかなかったと李さんは語った。ダム建設について聞かれると、渓谷の上流に住む人々は農業だけではやっていけないので、雇用や開発をもたらしてくれる建設には賛成だと答えた。

「きっと良くなると思います。電気も通るし、電力会社で働くこともできるでしょう」。李さんは、町から1キロ離れたところに住んでいる。

水力発電で怒江へ幸福を

 中国華電集団公司は10年以上前から、繁栄をもたらすとうたい、ダム建設の売り込みに力を注いできた。怒江観光への玄関口となっている町、六庫へ入ると、「緑の水力発電で怒江へ幸福を」、「100年の開発がここから始まる」と中国語で書かれた華電集団の看板が目に飛び込んでくる。

 建設支持者たちは、計画が停滞している理由のひとつが、中国の電力供給過多にあることを認識している。しかし、水力発電工程学会副秘書長の張博庭(チャン・ブオティン)氏は、それも近い将来必ず変わるだろうと期待する。経済が今後成長を続ければ需要は増し、さらに政府としても、国際的な温暖化ガス排出削減目標を満たし、大気汚染を解消するために、再生可能エネルギーの選択肢を拡げる必要に迫られている。(参考記事:「大型ダム計画で小水力発電の村が危機、マレーシア」)

「ダムはいずれ建設されることになると思います」と張氏は述べ、雇用が生まれて税収入が増えることを歓迎している地元役人も多いと付け加えた。

 しかし、水力発電は本当に農村地域発展の万能薬となりうるのだろうか。過去の実績を見ると、別の現実が浮かび上がってくる。

◆中国の川「怒江」、ダム計画と世界遺産への登録
中国で唯一ダムのない川、怒江に暮らす人々とダム計画の行方(2)

(ナショナル ジオグラフィック(2016.05.24)
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/052300178/

 中華人民共和国の建国から67年。

 中国は8万基以上のダムを建設し、合計で300ギガワットの水力発電容量をもつ。これは、米国の水力発電量のおよそ3倍だ。その一方で、ダム建設によって数千万人が故郷を追われた。中国最大の水力発電プロジェクトである三峡ダムでは、130万人の村人が立ち退きを余儀なくされた。

 三峡ダム完成から10年近く経つ今でも、数千人の元住人が、約束された住居やその他の補償を受け取っていないとして政府に申し立てを行っている。人々は田畑や仕事を失い、貧困生活を強いられていると主張する。(参考記事:「三峡ダムの建設で変貌した長江ほとりの街」)
福貢県を流れる怒江にかかったつり橋のイルミネーション。怒江渓谷にある町としてはとりわけ大きい福貢県では、国立公園が創設されれば観光客の増加が期待される。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)

立ち退いた人々の悲惨な現状

 怒江(ヌージャン)ダムの調査が進められていた2002年、環境保護団体「緑色流域」代表の于暁剛(ユー・シァオガン)氏は、一部の村人を連れて瀾滄江(ランツァンジャン:メコン川の中国名)上流にある漫湾ダムの視察に出かけた。そこで一行は、ダム湖建設のため立ち退いた人々の悲惨な現状を目の当たりにした。(参考記事:「ダム建設に揺れるメコン川」)

「ある村では、自分の土地を全て失い、廃品を拾ってダム会社に売ったお金でギリギリの生活を送っている人々がいました」と、于氏は証言する。視察の様子を撮影したビデオには、村人たちの劣悪な環境に動揺する怒江の人々の姿が収められている。

 65歳にしていまだ精力的に活動する于氏は、アジア有数の河川保護活動家である。人生のほとんどを、ダムとダム湖建設による影響を記録することに費やし、特に立ち退きを迫られた住民への社会的影響に焦点を当てている。2006年、その功績が認められ、国際的な環境賞であるゴールドマン環境賞を受賞した。

 しかし、彼ほどの実績とコネをもってしても、怒江ダム計画によってすでに立ち退いてしまった人々を守ることはできなかった。2000年代半ば、雲南省と中国華電集団公司は提案中だったダム建設に向けて土地を一掃するため、小沙?(シャオシャバ)村で140世帯の立ち退きを開始した。ところが、ダムは結局建設されることなく、後には村の廃墟が残され、かつてここに暮らしていた村人が訪れる姿が見られる。
春の到来を祝う祭り。少数民族のヌー族、リス族、チベット人は聖なる洞窟とされている鍾乳洞で水を汲み、丙中洛に築いたチベット仏教の祭壇に供え物を捧げる。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 李慧珍(リー・フゥイジェン)さんと数人の友人たちは、小さな鎌を手に、今では住む者のない村で菜園の手入れをしていた。自宅を立ち退いて10年、李さんは夫とともに近くに新しく建設された村の2階建て集合住宅に住んでいるが、そこには菜園を作る土地もなく、家畜を飼育することもできない。

 住環境は良くなったが、不満は残った。「何もすることがなくてただ座っているだけなので、毎日ここへきて野菜を育てているんです」と、李さんは話す。

ダム建設決定と世界遺産登録

 三峡ダムをはじめとする水力発電プロジェクトが国家の威信の象徴となっていた時代に、怒江の開発計画は始まった。2003年、政府は怒江で13基の連続ダム建設を発表、完成すれば、その総発電量は三峡ダムを上回ると言われた。

 しかしその後、中国経済は減速し、電力需要も減少した。政府は、新たなダムを建設する前に既存のダムからより多くの電力を引き出す方が得策であることに気付いた。国内の水力発電所がまだまだ効率的に稼働していないことを示す調査報告も複数ある。(参考記事:「米国に広がるダム撤去の動き」)

 中国の送電網と起伏の激しい地形が、怒江でのダム建設の大きな障害となっている。瀾滄江や長江(揚子江)でも、源流域の険しい山あいに送電線を設置するのは容易ではなく、莫大な費用がかかった。

 2003年、怒江ダム建設計画が正式決定されるわずか数カ月前に、怒江、瀾滄江、長江の3本の川は「雲南三江併流の保護地域群」としてユネスコの世界遺産に登録された。もし怒江にダムが建設されれば、世界遺産の指定区域内か、あるいはそのすぐそばに送電線を通さなければならない。ユネスコによると、ここには7000種の植物と80種の希少種および絶滅危惧種の動物が生息している。なかには、中国国内の他のどの場所にも見られない種も存在しているという。(参考記事:「絶景「三江併流」の玄関口、雲南省シャングリラ県」)

「電気を外へ送ることは簡単ではありません」と、環境保護団体インターナショナルリバーズの中国プログラムディレクターを務めるステファニー・ジェンセン・コーミアー氏は言う。「送電線は建設が大変で、環境への影響は深刻です」

◆そして、ダム計画は立ち消えになった
中国で唯一ダムのない川、怒江に暮らす人々とダム計画の行方(3)

(ナショナル ジオグラフィック2016.05.26) 
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/052500181/

 “東洋のグランド・キャニオン”とも呼ばれる中国最奥の川、怒江(ヌージャン)に13基のダム建設計画が立ち上がったのは2003年のこと。しかし、計画はなかなか進まなかった。背景にあるのは、計画立ち上げとほぼ同時期にこの地域が世界遺産に登録されたこと、そして起伏の激しい地形のために送電網の設置が困難なことだ。

 環境保護活動家によると、建設計画が遅れている理由は他にもある。

 2008年、隣接する四川省で大地震が起こり、8万人が死亡した。これをきっかけに、中国南西部で地殻変動が起きた際にインフラが被るリスクに注目が集まった。一方で、四川地震の4年前に、断層近くにダム湖が建設されたことが地震の原因ではないかという議論が持ち上がったのだ。(参考記事:「ダム建設に揺れるメコン川」)

地震の不安、政府の癒着

 3年後、2人の著名な地質学者が当時の首相温家宝氏へ書簡を送り、活断層のある怒江峡谷にダムが建設されれば、大規模な地震が起こった場合に持ちこたえられないだろうと警告した。

「いかなる鉄筋コンクリートのダムでも、怒江の活断層による揺れに耐えることはできないでしょう。また、河岸での大規模な山崩れや地滑り、土石流を防ぐことも不可能です」と地質学者らは指摘する。

 書類上はいまだに、5基の怒江ダム建設計画が残っている。1基は丙中洛(ビンジョンルオ)上流のチベット自治区内で、残りの4基は雲南省内だ。数年かけて調査しているにもかかわらず、雲南省はまだ必要な環境調査報告を公開していない。建設を計画する地元当局と中国華電集団公司へのインタビューを試みたが、どちらも実現していない。

 習近平国家主席は3年前の就任以来、中国が過去に起こした環境破壊行為と絶縁するかのように、「エコ文明」の創設を推進してきた。また政府内の癒着を一掃すべく、怒江ダム建設を支持していた有力者を含む多数の役人を排除した。

 雲南省での水力発電と採掘事業に積極的だった白恩培(バイ・オンペイ)氏もそのうちのひとりだった。白氏は2000年から2011年まで同省共産党委員会書記を務めていたが、採掘業者へ採掘許可を発行する際に賄賂を受け取っていたとして、2014年に逮捕された。

 この事件で、雲南省は怒江ダムへの熱意が冷めてしまったのだと、環境保護団体「緑色流域」代表の于暁剛(ユー・シァオガン)氏は言う。

グランド・キャニオンを超える観光地へ

 2016年3月、同省の現共産党委員会書記の李紀恒(リー・ジーホン)氏は、怒江での新規の小規模水力発電プロジェクトと採掘事業を禁止すると発表した。そして、この地域で芽生えつつある観光業を育成するために、国立公園の創設を検討していることも示唆した。

 中国の国営ラジオ局、中央人民広播電台によると、李氏は「怒江は、この先5年から10年の間に、米国のグランド・キャニオンをも超える世界級の観光地となるでしょう」と、語ったという。

 于氏をはじめとする環境保護活動家は、李氏の発言が政府の重要な政策転換を示していると見ている。雲南省の指導部は密かに、怒江での大小含めた水力発電計画を、国際的な観光名所開発への青写真と置き換えようとしているという。(参考記事:「環境大国をめざす中国」)

 ダム計画の話は、とうの昔に住民たちの話題に上ることもなくなった。たとえ上ったとしても、日々の生活から気を紛らわせる程度の話題でしかない。大規模農業に向かない険しい峡谷の上流では、村人たちはわずかな収入を補うために、登山客相手に道端で果物を売ったり、ゲストハウスを提供している。氾濫原が広い下流の地域では、コーヒー、タバコ、トマト、イチゴ、その他高く売れる農作物が栽培されている。

 ダムが建設されれば、川の水量が増してこれらの農地は失われてしまう。ダムを見に観光客はやってくるかもしれないが、現在のように自然を愛する旅行者を相手にした小規模ビジネスは成り立たなくなるだろう。
楽園のままではいられない

 ダムがあろうとなかろうと、東洋のグランド・キャニオンと呼ばれる怒江は、いつまでも外界から隔絶された楽園のままではいられない。既に、峡谷を貫く狭い道路の拡張工事が始まっており、数年以内にチベット自治区の中心地ラサへ続く自動車道が完成する予定だ。(参考記事:「絶景「三江併流」の玄関口、雲南省シャングリラ県」)

 ある昼下がり、怒江上流にある迪麻洛(ディマルオ)村の広場で、音楽家のフシさんは友人らとともに、ピワンと呼ばれるチベットの弦楽器を演奏し、後日開かれる祭りで披露する踊りの練習をしていた。フシさん(チベット人の多くは姓を持たない)は、数年間北京に住んでいたが、澄んだ空気と雄大な景観、ゆったりと流れる時間が懐かしくなって、故郷へ戻ってきたという。彼の腕にはチベット語で「純粋な心」と書かれた刺青が入っていた。

 フシさんは村に戻ってきてホッとしたと語るが、ここにも少しずつ外の世界が入り込んできているという。「誰もが、このような場所を夢見ているんです」


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「怒江を毎年訪れていますが、2012年以降、建設会社はプロジェクトから少しずつ手を引いています。怒江は、ダムがひとつもない中国最後の川なのです」と、于氏は言う。だからこそ、建設の是非が問われている。
大麦を収穫する農夫。怒江流域にはこのように肥沃な村が多い。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)

東洋のグランド・キャニオン

 東洋のグランド・キャニオンとも呼ばれる怒江の大渓谷は、中国とミャンマーの国境、雪を頂く高黎貢山に沿って曲がりくねった切り込みを形成する。谷底を流れる川は馬蹄形に蛇行し、急こう配の渓谷の壁を抱きかかえるようにして狭い道が通っている。(参考記事:「写真:グランド・キャニオン」)

 カーブを曲がる度に、ノコギリの歯のようなギザギザの岩石層や、かつて山頂を覆っていた広大な森林の名残が目に入る。森林が姿を消したのは、薪の材料にするために人間が大量に木を伐採したためだ。しかしそれでも、中国に生息する動物のうち約半分の種がここをすみかとしている。中には、ユキヒョウやクロキンシコウなどの希少な野生生物も生息している。

 東を向くと、そこにはもうひとつ別の岩山が連なり、その向こうには瀾滄江(ランツァンジャン:メコン川の中国名)が流れている。怒江とはまるで趣の異なる穏やかな川で、複数カ所にダムが建設されている。怒江は開発の手が入っていないため危険も多く、長距離にわたって流れの急な場所がある。季節によって水量や水の色が変化し、冬の乾燥した時期には、川は青緑色を帯びる。(参考記事:「ダム建設に揺れるメコン川」)
【フォトギャラリー】世界遺産の秘境、怒江に暮らす人々

 中国内の怒江流域にはおよそ500万人が住んでいるが、その多くがリス族やダイ族といった少数民族で、中国の中でも貧困が深刻な地域である。そのため、住民たちの中には雇用をもたらし、道路を整備してくれるダム建設を歓迎するものも多い。(参考記事:「大河の上を飛ぶ! 少数民族が暮らす絶景」)

 ある朝、チベットとの国境に近い怒江沿いの村、丙中洛(ビンジョンルオ)で、子牛の肉を売っていた37歳の李広進(リー・グァンジン)さんもそんなひとりだ。埃っぽい道端で、李さんとその妻は防水シートを拡げ、まだ血の滴る肉を並べて客が来るのを待っていた。

 飼っていた子牛は、その前日に大けがを負ってしまったため、殺すしかなかったと李さんは語った。ダム建設について聞かれると、渓谷の上流に住む人々は農業だけではやっていけないので、雇用や開発をもたらしてくれる建設には賛成だと答えた。

「きっと良くなると思います。電気も通るし、電力会社で働くこともできるでしょう」。李さんは、町から1キロ離れたところに住んでいる。

水力発電で怒江へ幸福を

 中国華電集団公司は10年以上前から、繁栄をもたらすとうたい、ダム建設の売り込みに力を注いできた。怒江観光への玄関口となっている町、六庫へ入ると、「緑の水力発電で怒江へ幸福を」、「100年の開発がここから始まる」と中国語で書かれた華電集団の看板が目に飛び込んでくる。

 建設支持者たちは、計画が停滞している理由のひとつが、中国の電力供給過多にあることを認識している。しかし、水力発電工程学会副秘書長の張博庭(チャン・ブオティン)氏は、それも近い将来必ず変わるだろうと期待する。経済が今後成長を続ければ需要は増し、さらに政府としても、国際的な温暖化ガス排出削減目標を満たし、大気汚染を解消するために、再生可能エネルギーの選択肢を拡げる必要に迫られている。(参考記事:「大型ダム計画で小水力発電の村が危機、マレーシア」)

「ダムはいずれ建設されることになると思います」と張氏は述べ、雇用が生まれて税収入が増えることを歓迎している地元役人も多いと付け加えた。

 しかし、水力発電は本当に農村地域発展の万能薬となりうるのだろうか。過去の実績を見ると、別の現実が浮かび上がってくる。

◆中国の川「怒江」、ダム計画と世界遺産への登録
中国で唯一ダムのない川、怒江に暮らす人々とダム計画の行方(2)

(ナショナル ジオグラフィック(2016.05.24)
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/052300178/

 中華人民共和国の建国から67年。

 中国は8万基以上のダムを建設し、合計で300ギガワットの水力発電容量をもつ。これは、米国の水力発電量のおよそ3倍だ。その一方で、ダム建設によって数千万人が故郷を追われた。中国最大の水力発電プロジェクトである三峡ダムでは、130万人の村人が立ち退きを余儀なくされた。

 三峡ダム完成から10年近く経つ今でも、数千人の元住人が、約束された住居やその他の補償を受け取っていないとして政府に申し立てを行っている。人々は田畑や仕事を失い、貧困生活を強いられていると主張する。(参考記事:「三峡ダムの建設で変貌した長江ほとりの街」)
福貢県を流れる怒江にかかったつり橋のイルミネーション。怒江渓谷にある町としてはとりわけ大きい福貢県では、国立公園が創設されれば観光客の増加が期待される。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)

立ち退いた人々の悲惨な現状

 怒江(ヌージャン)ダムの調査が進められていた2002年、環境保護団体「緑色流域」代表の于暁剛(ユー・シァオガン)氏は、一部の村人を連れて瀾滄江(ランツァンジャン:メコン川の中国名)上流にある漫湾ダムの視察に出かけた。そこで一行は、ダム湖建設のため立ち退いた人々の悲惨な現状を目の当たりにした。(参考記事:「ダム建設に揺れるメコン川」)

「ある村では、自分の土地を全て失い、廃品を拾ってダム会社に売ったお金でギリギリの生活を送っている人々がいました」と、于氏は証言する。視察の様子を撮影したビデオには、村人たちの劣悪な環境に動揺する怒江の人々の姿が収められている。

 65歳にしていまだ精力的に活動する于氏は、アジア有数の河川保護活動家である。人生のほとんどを、ダムとダム湖建設による影響を記録することに費やし、特に立ち退きを迫られた住民への社会的影響に焦点を当てている。2006年、その功績が認められ、国際的な環境賞であるゴールドマン環境賞を受賞した。

 しかし、彼ほどの実績とコネをもってしても、怒江ダム計画によってすでに立ち退いてしまった人々を守ることはできなかった。2000年代半ば、雲南省と中国華電集団公司は提案中だったダム建設に向けて土地を一掃するため、小沙?(シャオシャバ)村で140世帯の立ち退きを開始した。ところが、ダムは結局建設されることなく、後には村の廃墟が残され、かつてここに暮らしていた村人が訪れる姿が見られる。
春の到来を祝う祭り。少数民族のヌー族、リス族、チベット人は聖なる洞窟とされている鍾乳洞で水を汲み、丙中洛に築いたチベット仏教の祭壇に供え物を捧げる。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 李慧珍(リー・フゥイジェン)さんと数人の友人たちは、小さな鎌を手に、今では住む者のない村で菜園の手入れをしていた。自宅を立ち退いて10年、李さんは夫とともに近くに新しく建設された村の2階建て集合住宅に住んでいるが、そこには菜園を作る土地もなく、家畜を飼育することもできない。

 住環境は良くなったが、不満は残った。「何もすることがなくてただ座っているだけなので、毎日ここへきて野菜を育てているんです」と、李さんは話す。

ダム建設決定と世界遺産登録

 三峡ダムをはじめとする水力発電プロジェクトが国家の威信の象徴となっていた時代に、怒江の開発計画は始まった。2003年、政府は怒江で13基の連続ダム建設を発表、完成すれば、その総発電量は三峡ダムを上回ると言われた。

 しかしその後、中国経済は減速し、電力需要も減少した。政府は、新たなダムを建設する前に既存のダムからより多くの電力を引き出す方が得策であることに気付いた。国内の水力発電所がまだまだ効率的に稼働していないことを示す調査報告も複数ある。(参考記事:「米国に広がるダム撤去の動き」)

 中国の送電網と起伏の激しい地形が、怒江でのダム建設の大きな障害となっている。瀾滄江や長江(揚子江)でも、源流域の険しい山あいに送電線を設置するのは容易ではなく、莫大な費用がかかった。

 2003年、怒江ダム建設計画が正式決定されるわずか数カ月前に、怒江、瀾滄江、長江の3本の川は「雲南三江併流の保護地域群」としてユネスコの世界遺産に登録された。もし怒江にダムが建設されれば、世界遺産の指定区域内か、あるいはそのすぐそばに送電線を通さなければならない。ユネスコによると、ここには7000種の植物と80種の希少種および絶滅危惧種の動物が生息している。なかには、中国国内の他のどの場所にも見られない種も存在しているという。(参考記事:「絶景「三江併流」の玄関口、雲南省シャングリラ県」)

「電気を外へ送ることは簡単ではありません」と、環境保護団体インターナショナルリバーズの中国プログラムディレクターを務めるステファニー・ジェンセン・コーミアー氏は言う。「送電線は建設が大変で、環境への影響は深刻です」

◆そして、ダム計画は立ち消えになった
中国で唯一ダムのない川、怒江に暮らす人々とダム計画の行方(3)

(ナショナル ジオグラフィック2016.05.26) 
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/052500181/

 “東洋のグランド・キャニオン”とも呼ばれる中国最奥の川、怒江(ヌージャン)に13基のダム建設計画が立ち上がったのは2003年のこと。しかし、計画はなかなか進まなかった。背景にあるのは、計画立ち上げとほぼ同時期にこの地域が世界遺産に登録されたこと、そして起伏の激しい地形のために送電網の設置が困難なことだ。

 環境保護活動家によると、建設計画が遅れている理由は他にもある。

 2008年、隣接する四川省で大地震が起こり、8万人が死亡した。これをきっかけに、中国南西部で地殻変動が起きた際にインフラが被るリスクに注目が集まった。一方で、四川地震の4年前に、断層近くにダム湖が建設されたことが地震の原因ではないかという議論が持ち上がったのだ。(参考記事:「ダム建設に揺れるメコン川」)

地震の不安、政府の癒着

 3年後、2人の著名な地質学者が当時の首相温家宝氏へ書簡を送り、活断層のある怒江峡谷にダムが建設されれば、大規模な地震が起こった場合に持ちこたえられないだろうと警告した。

「いかなる鉄筋コンクリートのダムでも、怒江の活断層による揺れに耐えることはできないでしょう。また、河岸での大規模な山崩れや地滑り、土石流を防ぐことも不可能です」と地質学者らは指摘する。

 書類上はいまだに、5基の怒江ダム建設計画が残っている。1基は丙中洛(ビンジョンルオ)上流のチベット自治区内で、残りの4基は雲南省内だ。数年かけて調査しているにもかかわらず、雲南省はまだ必要な環境調査報告を公開していない。建設を計画する地元当局と中国華電集団公司へのインタビューを試みたが、どちらも実現していない。

 習近平国家主席は3年前の就任以来、中国が過去に起こした環境破壊行為と絶縁するかのように、「エコ文明」の創設を推進してきた。また政府内の癒着を一掃すべく、怒江ダム建設を支持していた有力者を含む多数の役人を排除した。

 雲南省での水力発電と採掘事業に積極的だった白恩培(バイ・オンペイ)氏もそのうちのひとりだった。白氏は2000年から2011年まで同省共産党委員会書記を務めていたが、採掘業者へ採掘許可を発行する際に賄賂を受け取っていたとして、2014年に逮捕された。

 この事件で、雲南省は怒江ダムへの熱意が冷めてしまったのだと、環境保護団体「緑色流域」代表の于暁剛(ユー・シァオガン)氏は言う。

グランド・キャニオンを超える観光地へ

 2016年3月、同省の現共産党委員会書記の李紀恒(リー・ジーホン)氏は、怒江での新規の小規模水力発電プロジェクトと採掘事業を禁止すると発表した。そして、この地域で芽生えつつある観光業を育成するために、国立公園の創設を検討していることも示唆した。

 中国の国営ラジオ局、中央人民広播電台によると、李氏は「怒江は、この先5年から10年の間に、米国のグランド・キャニオンをも超える世界級の観光地となるでしょう」と、語ったという。

 于氏をはじめとする環境保護活動家は、李氏の発言が政府の重要な政策転換を示していると見ている。雲南省の指導部は密かに、怒江での大小含めた水力発電計画を、国際的な観光名所開発への青写真と置き換えようとしているという。(参考記事:「環境大国をめざす中国」)

 ダム計画の話は、とうの昔に住民たちの話題に上ることもなくなった。たとえ上ったとしても、日々の生活から気を紛らわせる程度の話題でしかない。大規模農業に向かない険しい峡谷の上流では、村人たちはわずかな収入を補うために、登山客相手に道端で果物を売ったり、ゲストハウスを提供している。氾濫原が広い下流の地域では、コーヒー、タバコ、トマト、イチゴ、その他高く売れる農作物が栽培されている。

 ダムが建設されれば、川の水量が増してこれらの農地は失われてしまう。ダムを見に観光客はやってくるかもしれないが、現在のように自然を愛する旅行者を相手にした小規模ビジネスは成り立たなくなるだろう。
楽園のままではいられない

 ダムがあろうとなかろうと、東洋のグランド・キャニオンと呼ばれる怒江は、いつまでも外界から隔絶された楽園のままではいられない。既に、峡谷を貫く狭い道路の拡張工事が始まっており、数年以内にチベット自治区の中心地ラサへ続く自動車道が完成する予定だ。(参考記事:「絶景「三江併流」の玄関口、雲南省シャングリラ県」)

 ある昼下がり、怒江上流にある迪麻洛(ディマルオ)村の広場で、音楽家のフシさんは友人らとともに、ピワンと呼ばれるチベットの弦楽器を演奏し、後日開かれる祭りで披露する踊りの練習をしていた。フシさん(チベット人の多くは姓を持たない)は、数年間北京に住んでいたが、澄んだ空気と雄大な景観、ゆったりと流れる時間が懐かしくなって、故郷へ戻ってきたという。彼の腕にはチベット語で「純粋な心」と書かれた刺青が入っていた。

 フシさんは村に戻ってきてホッとしたと語るが、ここにも少しずつ外の世界が入り込んできているという。「誰もが、このような場所を夢見ているんです」

【2016/05/26 21:46】 | 各地のダム情報
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