「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
             嶋津 暉之

鬼怒川や水海道などの地名の由来についての記事です。
ただし、この記事も地名由来の説の一つであって、これとは違う説もあります。

◆こんな地名は水害に注意! ありきたりの地名に潜む驚きの意味
(Wedge 3月23日(水)12時30分配信)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160323-00010006-wedge-env

 昨年9月、鬼怒川堤防決壊をもたらした関東・東北豪雨。今回の被災地は史上何度も洪水に襲われており、過去に繰り返されてきた自然の営みにほかならない。まずは昨年の災害の痕跡を、地名から探っておこう。

鬼怒川流域
 鬼怒川はかつて毛野(けぬ)川(『常陸国風土記』)と呼ばれたが、「毛野国(後の上野・下野両国、現・群馬県と栃木県)を流れる川」のこと。平安期には「衣(きぬ)川」、中世には「絹川」とも書かれた。和語のケ(毛)とキ(木・牙)は「先端が尖り日夜、成長する」意味で、本来は同語・同語源である。

 古国名の「毛野」とは、関東北部の那須・日光・赤城・榛名・浅間などの火山群の麓の火山性扇状地・火山灰台地を、「△型の火山(ケ)がつくった野」と総称したもの。古代の鬼怒川は、関東北縁の帝釈山脈・日光火山群に源を発し、下野国(栃木県)中央部を南流して、常陸・下総両国境を流れ香取ノ海に注いでいた。
 香取ノ海とは現在の利根川下流域一帯に広がった内水面で、茨城県霞ヶ浦・北浦・牛久沼、千葉県印旛沼・手賀沼などはその名残である。その最奥部が騰波(とば)ノ江(『常陸国風土記』)、広河(ひろかわ)の江(『将門記』)であり、「飯沼」とも呼ばれた大沼沢池であった。

 関東北部の山地に大雨が降ると、下流の低湿地はしばしば冠水し、今回同様に一面の沼地と化した。そして水が引くと、古代以来、台地縁辺から徐々に水田化されていった。

 鬼怒川と小貝川は古代から、常陸国の筑波台地の西側、下総国北西端の結城台地の東側、幅3~5キロメートルの狭い低地を合流・分流しながら流れ、たびたび氾濫を繰り返した。この川の名が「鬼が怒る」という漢字表記になったのは、戦国期~近世初頭ごろからだろう。

 平安前期に編纂された『和名抄』国郡郷部には、下総国豊田郡飯猪(「潴(ぬま)」の誤記)郷の名が載る。この郷は、常総市石下から同水海道にかけて鬼怒川左岸に延びる自然堤防一帯だったろう。飯沼のイヒとは、長野県飯田市ほか多くの地名例から見てウへ(上)の同行通音形。つまりイヒヌマとは「上方にある沼」の意で、「香取ノ海の最奥部(最上流部)にある沼」のことである。

水海道
 常総市の中心地区「水海道」の地名について、柳田国男は「水海道古称」(1951年)で、「御津カイト」の意で「地方権力専用の港湾だった一画」と述べたが、この説はかなり見当違いである。カイトという地名用語は、のち柳田の弟子筋の東京教育大・直江広治教授らによる包括的な研究があるが、カイトは「部落・区画」といった意味の用語である。つまり、ミツカイトは「水に囲まれた一画」という地名で、今回の豪雨災害はまさに、それを目に見える形で実証した。

 江戸前期の1629年、それまで合流・分流しながら湿地帯に流れ込んでいた鬼怒川と小貝川が分離され、ほぼ現在の流路に固定された。往古の騰波ノ江(飯沼)は美田と化し、数千町分の飯沼新田が開発された。さらに小貝川下流域では江戸前期、常陸谷原(やわら)3万石・相馬谷原2万石の新田が開発された。つづいて、利根川の瀬替えという大土木工事が行われた。利根川は古来、現・埼玉県東部から古利根川・中川などいく筋にも分流して東京湾に注いでいた。その東側には渡良瀬川が足尾山地から流れ下り、太日(ふとひ)川(現・江戸川)となって東京湾に注いでいた。

 江戸前期の1641年、この2大河川の流路をさらに東側の鬼怒川筋に結び、赤堀川・常陸川経由で現・千葉県銚子市に流出させる瀬替え工事が完工した。以後、江戸市街の洪水被害が減少、現・埼玉県東部の広大な低湿地が水田化された。また、銚子から利根川を遡り、関宿から江戸川経由で行徳・日本橋を結ぶ内水面航路が開かれた。だが、流水量の多い利根川に注ぐ形になった鬼怒川は、その分だけ水はけが悪くなった。

 河川は一般に、源流部の山地では浸食力が強く、傾斜が緩やかな中・下流では堆積作用が働き、年々、河床に土砂が積もる。結果、河川の中・下流部の河床はしだいに高くなり、両岸の堤防(自然堤防も人工の場合も)は嵩上げされて天井川状になる。今回同様の集中豪雨があれば当然、越水・決壊の危険が増す。


 関東平野には、ほんの数百年前までいたるところに沼地が点在していた。利根川・荒川・太日川などが乱流し、海からはるか離れた内陸だから水はけが悪く、周囲より低い土地には大小の水溜りが広がっていた。2011年の東日本大震災では、関東地方の海岸だけでなく、河川沿岸や内陸の旧・沼地跡でも、あちこちで液状化現象が発生した。付近に神田川の支流である妙正寺川の流れる東京都中野区沼袋など、沼のつく地名は関東の至るところに存在する。

落合
 落合は「水が合流する所」のことで、農村ではごくありふれた地名。水田稲作にとっては有利な条件だが、豪雨の時には水が集中して畦(あぜ)が飛ぶなどの災害が起きる。東京都新宿区の落合は都心に近い閑静な住宅地で、およそ災害とは無縁の地のはずだった。ところが1999年7月21日、新宿区北部に集中豪雨があり、神田川に妙正寺川が合流する下落合3丁目を出水が襲った。そして民家の地下駐車場に住民1人が閉じ込められ、溺死するという惨事が起きた。
こんな地名は水害に注意! ありきたりの地名に潜む驚きの意味

大都市圏には水害に由来する地名が数多くある(iStock)

「~ヶ丘」「~台」

 2015年9月の関東・東北豪雨では、鬼怒川の陰で目立たなかったが、埼玉県越谷市の東武鉄道せんげん台駅一帯が冠水した。この「せんげん台」の名称は、近くを流れる千間堀(新方川の旧称)の名を借用したものである。越谷市と春日部市の市境付近には沼地が点在していたが、江戸前期に沼地を干拓し、悪水の排水路として掘削されたのが千間堀。全長約11キロメートルで実際の長さとは異なるが、「長い」ことを象徴的に「千間」と表現したもの。

 私が埼玉県大宮台地上の公団住宅に移住したのは今から47年前だったが、その数年後、台風時だったかに豪雨禍があり、県東部の某市で洪水が起き、「~ヶ丘」という名の住宅地が市内で最初に浸水した、と聞いた。当時、全国各地で、沼地・湿地・水田に数十センチメートルばかり嵩上げして「~ヶ丘」・「~台」と称して売り出す商法が横行していた。これは本来何らかの意味をもつ地名をなくす行為で、あってはならないと考えている。

カケ・ガケ
 関東平野ではないが、静岡県掛川市の名は「ガケのある川」ではなく、「決壊する(したことのある)川」のことであろう。同じカケル(欠)という動詞が名詞化した地名でも、丘や山の斜面が欠ければガケになるが、堤防が欠ければ決壊箇所になる。

 平野の中にガケがあるというのは景観矛盾だが、関東平野にはいくつか点在する。埼玉県八潮市垳は近年、「平野の中にガケとは変だ」という市役所の判断からか、新地名に変えられようとしている。住民は猛反発しているが、市当局は「垳」という常用漢字外の国字(日本製の漢字)がどうにも我慢ならぬらしい。それをいうのなら、栃木県の県名の「栃」も国字だが……。

東海地方の地名
 名古屋圏は、日本で最も危ない大都市圏ともいえる。東海地方は台風・高潮・洪水のみならず、地震・火山噴火などあらゆる災害が発生する。この100年余りでも、1891年の濃尾地震(M8・0)、1944年の東南海地震(M7・9)、45年の三河地震(M6・8)、46年の南海地震(M8・0)、59年の伊勢湾台風、2000年の東海豪雨、2014年の御嶽山水蒸気噴火など、いずれも先進国の大都市圏としては稀に見る大災害である。

押切、堀越、猪之越、荒越
 とくに近年では、2000年9月の東海豪雨災害で名古屋市の北から西を廻る1級河川の庄内川の排水用に掘削された支流の新川が100メートルもの長さで決壊し、西春日井郡西枇杷島町から下流にかけて深さ3~4メートルも冠水した。その時の決壊箇所ではないが、西区には押切・堀越、下流の中村区には猪之越、中川区には荒越など越水関連と思われる町名が点在する。押切は「水流が堤防を押し切った地点」のことで関東平野にはあちこちに点在する。地名に使われた「猪」の文字は「井」の当て字で、「井=水流・川」のことである。

安八
 古代、美濃国の郡・郷名。古くはアハチマ、近代にアンパチと読む。アハ(暴)チ(方向)マ(場所)で、「海中から現れてくる土地」のこと。中世から盛んに輪中が形成され、濃尾平野西部に大水田地帯が形成された。1976年、岐阜県安八郡安八町大森の長良川右岸が500メートルにわたって決壊。約8000名が緊急避難した。

関西地方の地名
 兵庫県の六甲山地南腹には、湊川・布引(ぬのびき)川・住吉川・都賀(とが)川などの中小河川がいく筋も流れる。山頂から水平距離で2~3キロメートルの間に800メートルほど落下し、山麓の傾斜変換点から海岸までさらに2~3キロメートルの間を数十メートル流れ下る。山腹を流れる部分は川というより滝で、深い峡谷を刻む。山体は風化花崗岩で、しかも数条の断層帯に刻まれているからきわめて脆(もろ)く、紀伊水道から大阪湾を抜けて湿った風が吹きつけると、ちょっとした雨量でも、山腹を刻む住吉川はじめ中小河川が氾濫し、土石流や洪水を起こす。

 1938年、六甲山周辺を中心に死者・行方不明715名を数えた、阪神大水害が発生した。この災害は谷崎潤一郎『細雪』にも描かれたが、これを機に中小河川の改修が進んだ。戦後の高度経済成長期に山麓から山腹にまで宅地化が進み、危険性はさらに増している。近年では2008年、灘区を流れる都賀川で突発的土石流が発生、河川敷で遊んでいた5名が犠牲になった。


 江戸時代から「灘五郷」の酒造地として名高い。この「灘」を凹凸の少ない海面をいう「~灘」の名が陸上に転じたとする説があるが、間違い。積雪地帯で雪層が崩れることを雪崩(なだれ)というが、この語は本来、ナ(土地)・タレ(垂)が語源である。雪に限らず、地面が崩壊した地に「灘」の地名が付けられた例も全国にいくつか存在する。

御影
 神戸市東灘区にある地名で、「御影石」は良質の花崗岩石材の代名詞ともなった。この地名は古代の神話的人物像の神功皇后に関連付けて語られるが、実は「ミ(水)・カケ(欠)」が語源か。動詞が名詞化するとき、二音節目が濁音化した例はカケ(掛)→カギ(鍵)などいくつかある。御影は、土石流による欠損箇所に付けられたものの可能性がある。

逆瀬川
 1938年の阪神大水害では、六甲南腹の各河川だけでなく、東麓でも大規模な水害が発生した。現・宝塚市の逆瀬川は2級河川・武庫川右岸に注ぐ支流だが、この川の名は合流点の手前に土砂が堆積し、河流が逆流することによる。大雨が降れば、その堆積土砂を一気に押し流して大災害になる。

額田
 尼崎市額田は「ぬかるむ地」のことで、湿地系の地名。この地名に「額」の字を当てるのは、人間の前額部は髪の毛が抜けているからヌカともいい、またその額を地面にこすり付けて謝意を表す態度をヌカズクともいうから。

三島
 「三島」地名は、全国のほとんどが「三つの島」ではなく「ミ(水)シマ(海に浮かぶ島ではなく「区画」の意)」という地名である。大阪府北東部の淀川右岸一帯は古代には「三島」と呼ばれた地域で『日本書紀』や『万葉集』にも登場する地名。律令制で島上(しまがみ)・島下(しましも)の二群に分割されたが、1896年に三島郡の古称が復活した。『古事記』には「三島溝咋(みしまみぞくい)姫」の名が載るが、後世の濃尾平野の輪中地帯と同様、一面の低湿地に杭を立てて開発を進めていった様子がうかがわれる。現・茨木市に三島丘・三島町、その8キロメートル南東に高槻市三島江があり、この付近が郡名の起源の地とされる。高槻市三島江は近代になっても十数年おきに洪水に襲われ、淀川改修工事で民家や小学校などが移転を余儀なくされた。

さんずいのつく地名
 「さんずいのつく地名は危ない」。よく耳にするが、これは誤りである。そもそも地名に用いられている漢字は当て字が多い。「波」の字は地名では波浪の意味ではなく、「並」の当て字として使われた例がほとんどである。

 今回は各地方の代表的な水害にかかわる地名を取り上げたが、興味をもたれた方は、地名にかかわる本を読む、古地図で地名を確認するといった方法をお薦めしたい。

楠原佑介 (「地名情報資料室・地名110番」主宰)


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 香取ノ海とは現在の利根川下流域一帯に広がった内水面で、茨城県霞ヶ浦・北浦・牛久沼、千葉県印旛沼・手賀沼などはその名残である。その最奥部が騰波(とば)ノ江(『常陸国風土記』)、広河(ひろかわ)の江(『将門記』)であり、「飯沼」とも呼ばれた大沼沢池であった。

 関東北部の山地に大雨が降ると、下流の低湿地はしばしば冠水し、今回同様に一面の沼地と化した。そして水が引くと、古代以来、台地縁辺から徐々に水田化されていった。

 鬼怒川と小貝川は古代から、常陸国の筑波台地の西側、下総国北西端の結城台地の東側、幅3~5キロメートルの狭い低地を合流・分流しながら流れ、たびたび氾濫を繰り返した。この川の名が「鬼が怒る」という漢字表記になったのは、戦国期~近世初頭ごろからだろう。

 平安前期に編纂された『和名抄』国郡郷部には、下総国豊田郡飯猪(「潴(ぬま)」の誤記)郷の名が載る。この郷は、常総市石下から同水海道にかけて鬼怒川左岸に延びる自然堤防一帯だったろう。飯沼のイヒとは、長野県飯田市ほか多くの地名例から見てウへ(上)の同行通音形。つまりイヒヌマとは「上方にある沼」の意で、「香取ノ海の最奥部(最上流部)にある沼」のことである。

水海道
 常総市の中心地区「水海道」の地名について、柳田国男は「水海道古称」(1951年)で、「御津カイト」の意で「地方権力専用の港湾だった一画」と述べたが、この説はかなり見当違いである。カイトという地名用語は、のち柳田の弟子筋の東京教育大・直江広治教授らによる包括的な研究があるが、カイトは「部落・区画」といった意味の用語である。つまり、ミツカイトは「水に囲まれた一画」という地名で、今回の豪雨災害はまさに、それを目に見える形で実証した。

 江戸前期の1629年、それまで合流・分流しながら湿地帯に流れ込んでいた鬼怒川と小貝川が分離され、ほぼ現在の流路に固定された。往古の騰波ノ江(飯沼)は美田と化し、数千町分の飯沼新田が開発された。さらに小貝川下流域では江戸前期、常陸谷原(やわら)3万石・相馬谷原2万石の新田が開発された。つづいて、利根川の瀬替えという大土木工事が行われた。利根川は古来、現・埼玉県東部から古利根川・中川などいく筋にも分流して東京湾に注いでいた。その東側には渡良瀬川が足尾山地から流れ下り、太日(ふとひ)川(現・江戸川)となって東京湾に注いでいた。

 江戸前期の1641年、この2大河川の流路をさらに東側の鬼怒川筋に結び、赤堀川・常陸川経由で現・千葉県銚子市に流出させる瀬替え工事が完工した。以後、江戸市街の洪水被害が減少、現・埼玉県東部の広大な低湿地が水田化された。また、銚子から利根川を遡り、関宿から江戸川経由で行徳・日本橋を結ぶ内水面航路が開かれた。だが、流水量の多い利根川に注ぐ形になった鬼怒川は、その分だけ水はけが悪くなった。

 河川は一般に、源流部の山地では浸食力が強く、傾斜が緩やかな中・下流では堆積作用が働き、年々、河床に土砂が積もる。結果、河川の中・下流部の河床はしだいに高くなり、両岸の堤防(自然堤防も人工の場合も)は嵩上げされて天井川状になる。今回同様の集中豪雨があれば当然、越水・決壊の危険が増す。


 関東平野には、ほんの数百年前までいたるところに沼地が点在していた。利根川・荒川・太日川などが乱流し、海からはるか離れた内陸だから水はけが悪く、周囲より低い土地には大小の水溜りが広がっていた。2011年の東日本大震災では、関東地方の海岸だけでなく、河川沿岸や内陸の旧・沼地跡でも、あちこちで液状化現象が発生した。付近に神田川の支流である妙正寺川の流れる東京都中野区沼袋など、沼のつく地名は関東の至るところに存在する。

落合
 落合は「水が合流する所」のことで、農村ではごくありふれた地名。水田稲作にとっては有利な条件だが、豪雨の時には水が集中して畦(あぜ)が飛ぶなどの災害が起きる。東京都新宿区の落合は都心に近い閑静な住宅地で、およそ災害とは無縁の地のはずだった。ところが1999年7月21日、新宿区北部に集中豪雨があり、神田川に妙正寺川が合流する下落合3丁目を出水が襲った。そして民家の地下駐車場に住民1人が閉じ込められ、溺死するという惨事が起きた。
こんな地名は水害に注意! ありきたりの地名に潜む驚きの意味

大都市圏には水害に由来する地名が数多くある(iStock)

「~ヶ丘」「~台」

 2015年9月の関東・東北豪雨では、鬼怒川の陰で目立たなかったが、埼玉県越谷市の東武鉄道せんげん台駅一帯が冠水した。この「せんげん台」の名称は、近くを流れる千間堀(新方川の旧称)の名を借用したものである。越谷市と春日部市の市境付近には沼地が点在していたが、江戸前期に沼地を干拓し、悪水の排水路として掘削されたのが千間堀。全長約11キロメートルで実際の長さとは異なるが、「長い」ことを象徴的に「千間」と表現したもの。

 私が埼玉県大宮台地上の公団住宅に移住したのは今から47年前だったが、その数年後、台風時だったかに豪雨禍があり、県東部の某市で洪水が起き、「~ヶ丘」という名の住宅地が市内で最初に浸水した、と聞いた。当時、全国各地で、沼地・湿地・水田に数十センチメートルばかり嵩上げして「~ヶ丘」・「~台」と称して売り出す商法が横行していた。これは本来何らかの意味をもつ地名をなくす行為で、あってはならないと考えている。

カケ・ガケ
 関東平野ではないが、静岡県掛川市の名は「ガケのある川」ではなく、「決壊する(したことのある)川」のことであろう。同じカケル(欠)という動詞が名詞化した地名でも、丘や山の斜面が欠ければガケになるが、堤防が欠ければ決壊箇所になる。

 平野の中にガケがあるというのは景観矛盾だが、関東平野にはいくつか点在する。埼玉県八潮市垳は近年、「平野の中にガケとは変だ」という市役所の判断からか、新地名に変えられようとしている。住民は猛反発しているが、市当局は「垳」という常用漢字外の国字(日本製の漢字)がどうにも我慢ならぬらしい。それをいうのなら、栃木県の県名の「栃」も国字だが……。

東海地方の地名
 名古屋圏は、日本で最も危ない大都市圏ともいえる。東海地方は台風・高潮・洪水のみならず、地震・火山噴火などあらゆる災害が発生する。この100年余りでも、1891年の濃尾地震(M8・0)、1944年の東南海地震(M7・9)、45年の三河地震(M6・8)、46年の南海地震(M8・0)、59年の伊勢湾台風、2000年の東海豪雨、2014年の御嶽山水蒸気噴火など、いずれも先進国の大都市圏としては稀に見る大災害である。

押切、堀越、猪之越、荒越
 とくに近年では、2000年9月の東海豪雨災害で名古屋市の北から西を廻る1級河川の庄内川の排水用に掘削された支流の新川が100メートルもの長さで決壊し、西春日井郡西枇杷島町から下流にかけて深さ3~4メートルも冠水した。その時の決壊箇所ではないが、西区には押切・堀越、下流の中村区には猪之越、中川区には荒越など越水関連と思われる町名が点在する。押切は「水流が堤防を押し切った地点」のことで関東平野にはあちこちに点在する。地名に使われた「猪」の文字は「井」の当て字で、「井=水流・川」のことである。

安八
 古代、美濃国の郡・郷名。古くはアハチマ、近代にアンパチと読む。アハ(暴)チ(方向)マ(場所)で、「海中から現れてくる土地」のこと。中世から盛んに輪中が形成され、濃尾平野西部に大水田地帯が形成された。1976年、岐阜県安八郡安八町大森の長良川右岸が500メートルにわたって決壊。約8000名が緊急避難した。

関西地方の地名
 兵庫県の六甲山地南腹には、湊川・布引(ぬのびき)川・住吉川・都賀(とが)川などの中小河川がいく筋も流れる。山頂から水平距離で2~3キロメートルの間に800メートルほど落下し、山麓の傾斜変換点から海岸までさらに2~3キロメートルの間を数十メートル流れ下る。山腹を流れる部分は川というより滝で、深い峡谷を刻む。山体は風化花崗岩で、しかも数条の断層帯に刻まれているからきわめて脆(もろ)く、紀伊水道から大阪湾を抜けて湿った風が吹きつけると、ちょっとした雨量でも、山腹を刻む住吉川はじめ中小河川が氾濫し、土石流や洪水を起こす。

 1938年、六甲山周辺を中心に死者・行方不明715名を数えた、阪神大水害が発生した。この災害は谷崎潤一郎『細雪』にも描かれたが、これを機に中小河川の改修が進んだ。戦後の高度経済成長期に山麓から山腹にまで宅地化が進み、危険性はさらに増している。近年では2008年、灘区を流れる都賀川で突発的土石流が発生、河川敷で遊んでいた5名が犠牲になった。


 江戸時代から「灘五郷」の酒造地として名高い。この「灘」を凹凸の少ない海面をいう「~灘」の名が陸上に転じたとする説があるが、間違い。積雪地帯で雪層が崩れることを雪崩(なだれ)というが、この語は本来、ナ(土地)・タレ(垂)が語源である。雪に限らず、地面が崩壊した地に「灘」の地名が付けられた例も全国にいくつか存在する。

御影
 神戸市東灘区にある地名で、「御影石」は良質の花崗岩石材の代名詞ともなった。この地名は古代の神話的人物像の神功皇后に関連付けて語られるが、実は「ミ(水)・カケ(欠)」が語源か。動詞が名詞化するとき、二音節目が濁音化した例はカケ(掛)→カギ(鍵)などいくつかある。御影は、土石流による欠損箇所に付けられたものの可能性がある。

逆瀬川
 1938年の阪神大水害では、六甲南腹の各河川だけでなく、東麓でも大規模な水害が発生した。現・宝塚市の逆瀬川は2級河川・武庫川右岸に注ぐ支流だが、この川の名は合流点の手前に土砂が堆積し、河流が逆流することによる。大雨が降れば、その堆積土砂を一気に押し流して大災害になる。

額田
 尼崎市額田は「ぬかるむ地」のことで、湿地系の地名。この地名に「額」の字を当てるのは、人間の前額部は髪の毛が抜けているからヌカともいい、またその額を地面にこすり付けて謝意を表す態度をヌカズクともいうから。

三島
 「三島」地名は、全国のほとんどが「三つの島」ではなく「ミ(水)シマ(海に浮かぶ島ではなく「区画」の意)」という地名である。大阪府北東部の淀川右岸一帯は古代には「三島」と呼ばれた地域で『日本書紀』や『万葉集』にも登場する地名。律令制で島上(しまがみ)・島下(しましも)の二群に分割されたが、1896年に三島郡の古称が復活した。『古事記』には「三島溝咋(みしまみぞくい)姫」の名が載るが、後世の濃尾平野の輪中地帯と同様、一面の低湿地に杭を立てて開発を進めていった様子がうかがわれる。現・茨木市に三島丘・三島町、その8キロメートル南東に高槻市三島江があり、この付近が郡名の起源の地とされる。高槻市三島江は近代になっても十数年おきに洪水に襲われ、淀川改修工事で民家や小学校などが移転を余儀なくされた。

さんずいのつく地名
 「さんずいのつく地名は危ない」。よく耳にするが、これは誤りである。そもそも地名に用いられている漢字は当て字が多い。「波」の字は地名では波浪の意味ではなく、「並」の当て字として使われた例がほとんどである。

 今回は各地方の代表的な水害にかかわる地名を取り上げたが、興味をもたれた方は、地名にかかわる本を読む、古地図で地名を確認するといった方法をお薦めしたい。

楠原佑介 (「地名情報資料室・地名110番」主宰)

【2016/03/28 21:42】 | Webの記事
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