「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
◆雪解かす熱気 湯かけ祭り
(読売新聞群馬版2016年1月21日) 
http://www.yomiuri.co.jp/local/gunma/news/20160120-OYTNT50407.html

 長野原町の川原湯温泉で20日未明、伝統の奇祭「湯かけ祭り」が行われた。八ッ場やんばダムの建設に伴い、近くの高台に移転した温泉街で行われるのは2回目。

 氷点下10度近くまで冷え込み、雪がしんしんと降る中、紅白に分かれたふんどし姿の男衆45人が「お祝いだ」と叫びながら、共同浴場前で湯を豪快にかけ合った。総大将の豊田和男さん(45)は「祭りの時に、こんなに雪が降ったのは初めて。みんなの熱気で、川原湯温泉がますます発展していければ」と話していた。
 祭りは約400年前、温泉が枯れた際、住民が祈願して再び湧き出たことを喜び、湯をかけ合ったのが始まりとされる。
 八ッ場ダムは昨年1月、計画から63年を経て本体工事が着工。今年6月にコンクリート打設の工程に入る予定だ。


◆ 群馬)厳寒に響く熱い「お祝いだー」 川原湯温泉
(朝日新聞群馬版2016年1月21日) 
http://digital.asahi.com/articles/ASJ1N42ZLJ1NUHNB00C.html?rm=319

八ッ場ダムの建設に伴って移転した長野原町の川原湯温泉で20日早朝、伝統の「湯かけ祭り」があった。雪が降りしきり、零下9度の寒さの中、ふんどし姿の男たちの元気な声が響いた。

 午前5時50分ごろ、総大将の豊田和男さん(45)の合図で、紅白の2組にわかれた約45人の男たちが一斉に「お祝いだー」と叫びながらおけのお湯をかけあうと、会場は熱気と湯気に包まれた。30分ほどの「合戦」が終わると、くす玉を割って2羽の鶏を湯の神に捧げた。

 湯かけ祭りは、400年以上前、温泉が出なくなった時に鶏を生けにえにして祈ると、再びお湯がわき、喜びながら湯をかけ合ったのが始まりとされる。その際に「お湯わいた」と叫んだのが転じて「お祝いだ」になったという。

 川原湯温泉協会の樋田省三会長(51)は「人口が少なくなった今も続けていくことが大事だと思う」。豊田さんは「雪が降っているのは初めてで、寒かったです。今年もお湯がもらえて、ますます発展していければいい」と話した。


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 祭りは約400年前、温泉が枯れた際、住民が祈願して再び湧き出たことを喜び、湯をかけ合ったのが始まりとされる。
 八ッ場ダムは昨年1月、計画から63年を経て本体工事が着工。今年6月にコンクリート打設の工程に入る予定だ。


◆ 群馬)厳寒に響く熱い「お祝いだー」 川原湯温泉
(朝日新聞群馬版2016年1月21日) 
http://digital.asahi.com/articles/ASJ1N42ZLJ1NUHNB00C.html?rm=319

八ッ場ダムの建設に伴って移転した長野原町の川原湯温泉で20日早朝、伝統の「湯かけ祭り」があった。雪が降りしきり、零下9度の寒さの中、ふんどし姿の男たちの元気な声が響いた。

 午前5時50分ごろ、総大将の豊田和男さん(45)の合図で、紅白の2組にわかれた約45人の男たちが一斉に「お祝いだー」と叫びながらおけのお湯をかけあうと、会場は熱気と湯気に包まれた。30分ほどの「合戦」が終わると、くす玉を割って2羽の鶏を湯の神に捧げた。

 湯かけ祭りは、400年以上前、温泉が出なくなった時に鶏を生けにえにして祈ると、再びお湯がわき、喜びながら湯をかけ合ったのが始まりとされる。その際に「お湯わいた」と叫んだのが転じて「お祝いだ」になったという。

 川原湯温泉協会の樋田省三会長(51)は「人口が少なくなった今も続けていくことが大事だと思う」。豊田さんは「雪が降っているのは初めてで、寒かったです。今年もお湯がもらえて、ますます発展していければいい」と話した。

【2016/01/22 20:11】 | 八ツ場情報
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