「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
                     嶋津 暉之

鬼怒川水害について常総市の避難指示の遅れについて常総市の責任が追及されています。
しかし、河川の状態を監視しているのは河川管理者の国交省であり、国交省が越水・決壊の危険性を予知して、その情報を速やかに市に伝えなかったことの責任も問われるべきだと思います。

◆水量想定できず避難指示に遅れ 常総市議会で市民生活部長
(東京新聞茨城版 2015年12月4日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201512/CK2015120402000160.html

常総市の須藤一徳市民生活部長は関東・東北水害で、国から提供された氾濫シミュレーション(浸水予測)を鬼怒川東側全域の避難指示に生かせなかった理由について「最悪の場合(市南部の)水海道地区南部まで水が到達するとの予測だったが、水量の想定ができず、当初(市北部の)石下地区のみに避難勧告・指示を出した」と説明した。三日の定例市議会一般質問で答弁した。

市によると、水害が発生した九月十日午前四時ごろ、国土交通省下館河川事務所からメールで届いた浸水予測図を確認した。

同市石下地区の若宮戸で鬼怒川の決壊を想定、水は鬼怒川東側のほぼ全域に広がり、決壊から十二時間後には約十五キロ離れた水海道地区の市役所付近まで到達すると予測していた。
実際は、同日午前六時半に若宮戸で越水し、午後零時五十分には水海道地区北部の上三坂で堤防が決壊。上三坂に市が避難指示を出したのは、決壊後の午後一時八分だった。

高杉市長は、避難指示が遅れ、被害が拡大した責任について「災害対策本部として全力で対応に当たったが、上三坂地区では防災無線での警告が遅れ、十分に反省している。責任は大変重く受け止めている」と話した。 (増井のぞみ)


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実際は、同日午前六時半に若宮戸で越水し、午後零時五十分には水海道地区北部の上三坂で堤防が決壊。上三坂に市が避難指示を出したのは、決壊後の午後一時八分だった。

高杉市長は、避難指示が遅れ、被害が拡大した責任について「災害対策本部として全力で対応に当たったが、上三坂地区では防災無線での警告が遅れ、十分に反省している。責任は大変重く受け止めている」と話した。 (増井のぞみ)

【2015/12/08 01:10】 | 新聞記事から
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