「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
           嶋津 暉之

鬼怒川の決壊で大規模水害に見舞われた常総市の現状を伝えるレポートをお送りします。

◆鬼怒川決壊の傷跡、2カ月たってもまだ癒えず
大規模水害に見舞われた常総市を歩く(1)

(日経ビジネス2015年11月16日(月))
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/236296/111000011/?P=1

渡辺 実 江波 旬

 9月10日、鬼怒川の決壊で大規模水害に見舞われた常総市。“防災の鬼”渡辺実氏は、被災後何度も彼の地を訪れている。渡辺氏はここを、「今の日本の災害を取り巻く問題が凝縮した場所」だと言う。防災の鬼をして何がそう言わしめるのか。被災した町を歩きながら、深層を探った。

 濁流に襲われ、今は営業を停止しているファミリーレストランの駐車場に車を止め、渡辺氏は感慨深げに町を見渡した。

「この常総市、土着の地域産業は農業なんだよね。鬼怒川が決壊して水没したあたりは今でも田畑が広がっている。また首都圏からも近いということで、近年食品加工などの工場が誘致されるようになったんだね。そして北関東でよくあることだけど、労働者として南米などの外国から多くの人たちが移り住むようになった。現在は人口の6~7%がブラジルなど南米の人たちなんですよ」

 市の中心部である水海道駅の回りにはポルトガル語の看板を上げた店が目立ち、カタコトの日本語で注文を取り交わす様子がそこかしこで見られる。災害はこれらの人々の生活をも奪った。

「決壊から2カ月、町はどんなふうに変化しているのか。復興はどの程度進んでいるのか。一般のマスコミは既に報じなくなっているからね。国民のほとんどは常総市の現状を分かっていません」(渡辺氏)

 だからこそ“防災の鬼”はこの町にこだわるのだという。報じられないことが、町の復興を遅らせる一因となっているからだ。

「義援金という言葉があるでしょ。ただ待っているだけでは義援金は集まらないよ。だって強制的に徴収するお金ではないからね。多くの人が“被災地のために何かしたい”と思っているんだけど、被災地の状況が分からないとどうしようもない。マスコミが報じなくなれば当事者以外の意識から被災地は消えてなくなるんですよ。当然義援金も集まらない」(渡辺氏)

○本格的な復旧はまだこれから
 渡辺氏は、ここで1つ目のキーワードを示した。それが「インフォメーション&コミュニケーション」。

「誰かが情報を発信して、その事について語り合ってこそ、支援の手が差し伸べられるわけです。でも情報がなければ何一つ動かない。被災地のことをマスコミが報じなければ、『たぶんもう大丈夫なのだろう』と多くの人は思ってしまう。これはすごく恐ろしいことなんです」(渡辺氏)

(写真)
 左が被災から20日目の様子。そして右が今回“チームぶら防”が訪れた被災から2カ月目の様子だ。水がなくなっただけで、全く変わっていないのが分かる。常総市の被災状況はほとんど改善されていないのだ。

「浸水地域一帯にお住みになっていた方々は今でも避難生活を送っている。9月10日の豪雨で、堤防はあふれた水によって削られ、約200メートルにわたって決壊した。

 現在は堤防を強化しており、上の部分の幅は3~4メートルだったものを6メートルほどに、底辺は約30メートルだったものを約50メートルに拡幅。高さは決壊前と同じ4メートルで仮復旧工事が完了している。本格復旧は鬼怒川全体の改修工事との兼ね合いで国交省が検討中と聞いている。これが終わるまでは、この一帯の人々は安心して戻って来にくいよね」(渡辺氏)

 被災後2カ月間の統計で、常総市外に転出した市民が約800人に上ることが分かっている。しかしこの数字はあくまでも統計に上る数字だ。前述のように同市には外国から移り住んでいる人も多い。そうした中には届け出をせずに市外に転居した人も多いだろう。流出人口の実態は目に見える数字以上に深刻なのだ。

 中編ではそうした人々のケアに奔走するNPO法人「コモンズ」の取り組みをレポートするのだが、前編は町の様子をさらに詳しく見ていく。

○地方民放テレビ局がない茨城、だから伝わらない

 住宅地を歩いても、水害の爪あとは生々しい。泥水にさらされたものをとりあえず運び出しただけの家もまだまだ多い。こうした廃棄物の処理も当面の問題だ。

 茨城県の推計では、今回の水害による災害廃棄物の量は県全体で2万6544トン。そのうちの約9割強にあたる2万4332トンを常総市で占めるという。

「そうした情報も全国的にはほぼ知られていませんね。私の言う“インフォメーション&コミュニケーション”が全く行き渡らない。その原因の1つと思われるのがテレビ局。実は茨城県というのは全国唯一の“県域民放局ナシ県”なんです。つまり茨城には地方ラジオ局はありますが、民放テレビ局がありません。だから外に向かう情報もそうですが、被災地の内側に向いた情報も滞りがちなんです」(渡辺氏)

 東日本大震災が起こった当時、被災県では地元のテレビ局が地域限定の情報を24時間流し続けた。しかし、茨城県ではそうした情報が遅れがちになるといった側面があったわけだ。

 そもそもどうして茨城県には地方民放テレビ局がないのか。渡辺氏が解説する。

「以前茨城県庁の人と話しているときに聞いたんだけど、1つは地形だよね。茨城には筑波山があるけど、あとはほとんどまっ平らなんですよ。加えて東京からすごく近い、だから東京キー局(広域局)の電波がすべて入るんですね。そこが栃木県とか群馬県との違い。昭和40年代に電波の割り当てに手を挙げた民放局があったらしいけど、いざ事業計画を立ててみると、県民向けの放送だけでビジネスを維持するだけの規模にはならないことが分かった。だからどの民放テレビ局も結局挙げた手を下ろしてしまい、今に至るんですよ。ちなみに、NHK水戸放送局はあるけどね」

 規模の大きな災害が起きると、当地にある地方テレビ局は何年かおきに特番を作る。そうすることで災害の風化を食い止めようとするのだが、茨城県ではこれが難しい。

「今回の災害はほぼ常総市で起こっています。誤解を恐れずに言うと、同じ茨城県民でも例えば水戸市民からすると“他人事”なんだよね。そういう意味でも、もし茨城に地方テレビ局があって、そこが定期的に特番を作って県内で放送すれば、災害の大変さを少なくとも県民同士で共有することはできるよね。今後は考えないといけないと思いますね」(渡辺氏)

 そうしたことからの反省もあるのか、茨城県は2012年10月に県が運営するインターネットテレビ「いばキラTV」を開設した。現在では1日平均2万人ほどが視聴しているという。

 ちなみに現在「いばキラTV」では「がんばっぺ常総 復興への道のり」と題した特番を配信している。興味のある方は是非見て欲しい。

○乾いた土地を踏んでみると・・・

 寸断した道路の前後はいまだに通行が制限されている。今回は取材のために特別に立ち入りさせてもらった。

 渡辺氏の右手が指し示している方向、その先150メートルほどが鬼怒川の決壊現場だ。9月10日は、ここを濁流が直撃した。

「鬼怒川は名前の通り、鬼が怒ったような暴れ川なんです。しかし、だからこそはんらんの度に上流から運ばれてきた肥よくな土がこうした場所に溜まる。おかげで農業に適した土地となるんだね」(渡辺氏)

 水は引いたが、がれきの残る大地を見て、“防災の鬼”が妙なことを言い出した。

「この辺りは田んぼが広がっている場所でね、水はけが悪いんですよ。被災から20日目に来たときはまだ水が引いてないところもたくさんありました。今はこの通り水たまりはなくなっているけど、実はこれ、そう見えているだけなんですよね。本当はまだ水は引いていない」

 そう言って渡辺は、ブルドーザーのキャタピラーの跡が残る柔らかい土の上に降りた。驚いたことに、その場所は見た目には乾いているのだが、足で踏むと波打つように大地が動くのだ。

乾いたように見える大地だが、足で踏むと波打つ

「いまだに土の中には大量の水を含んでいる証拠だよね。少し掘れば泥沼のような感じで、踏み込んだら足が抜けなくなると思うよ。水害から2カ月も経過しているのにこうした状況だってこと。復旧すらまだ道半ばなんですよ。我々メディア側の人間はこうした情報を、とにかく被災地外に向けて発信し続けなければならないんだよ」

 インフォメーション&コミュニケーション――。

 今回“防災の鬼”渡辺氏の挙げたキーワードを通して常総市の災害現場を見てきた。本稿で紹介した災害の傷跡はほんの一部である。

 情報は待っていても入っては来ない。最初は興味本位でもいい、災害現場で今何が起こっているのか、探ってみるといいだろう。インターネットなどで調べてみれば多くの情報を得ることができる。

 中編は、発災直後から現地で奔走するNPO団体の取り組みをリポート。グローバル化が進む日本の問題が浮き彫りとなる。



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 渡辺氏は、ここで1つ目のキーワードを示した。それが「インフォメーション&コミュニケーション」。

「誰かが情報を発信して、その事について語り合ってこそ、支援の手が差し伸べられるわけです。でも情報がなければ何一つ動かない。被災地のことをマスコミが報じなければ、『たぶんもう大丈夫なのだろう』と多くの人は思ってしまう。これはすごく恐ろしいことなんです」(渡辺氏)

(写真)
 左が被災から20日目の様子。そして右が今回“チームぶら防”が訪れた被災から2カ月目の様子だ。水がなくなっただけで、全く変わっていないのが分かる。常総市の被災状況はほとんど改善されていないのだ。

「浸水地域一帯にお住みになっていた方々は今でも避難生活を送っている。9月10日の豪雨で、堤防はあふれた水によって削られ、約200メートルにわたって決壊した。

 現在は堤防を強化しており、上の部分の幅は3~4メートルだったものを6メートルほどに、底辺は約30メートルだったものを約50メートルに拡幅。高さは決壊前と同じ4メートルで仮復旧工事が完了している。本格復旧は鬼怒川全体の改修工事との兼ね合いで国交省が検討中と聞いている。これが終わるまでは、この一帯の人々は安心して戻って来にくいよね」(渡辺氏)

 被災後2カ月間の統計で、常総市外に転出した市民が約800人に上ることが分かっている。しかしこの数字はあくまでも統計に上る数字だ。前述のように同市には外国から移り住んでいる人も多い。そうした中には届け出をせずに市外に転居した人も多いだろう。流出人口の実態は目に見える数字以上に深刻なのだ。

 中編ではそうした人々のケアに奔走するNPO法人「コモンズ」の取り組みをレポートするのだが、前編は町の様子をさらに詳しく見ていく。

○地方民放テレビ局がない茨城、だから伝わらない

 住宅地を歩いても、水害の爪あとは生々しい。泥水にさらされたものをとりあえず運び出しただけの家もまだまだ多い。こうした廃棄物の処理も当面の問題だ。

 茨城県の推計では、今回の水害による災害廃棄物の量は県全体で2万6544トン。そのうちの約9割強にあたる2万4332トンを常総市で占めるという。

「そうした情報も全国的にはほぼ知られていませんね。私の言う“インフォメーション&コミュニケーション”が全く行き渡らない。その原因の1つと思われるのがテレビ局。実は茨城県というのは全国唯一の“県域民放局ナシ県”なんです。つまり茨城には地方ラジオ局はありますが、民放テレビ局がありません。だから外に向かう情報もそうですが、被災地の内側に向いた情報も滞りがちなんです」(渡辺氏)

 東日本大震災が起こった当時、被災県では地元のテレビ局が地域限定の情報を24時間流し続けた。しかし、茨城県ではそうした情報が遅れがちになるといった側面があったわけだ。

 そもそもどうして茨城県には地方民放テレビ局がないのか。渡辺氏が解説する。

「以前茨城県庁の人と話しているときに聞いたんだけど、1つは地形だよね。茨城には筑波山があるけど、あとはほとんどまっ平らなんですよ。加えて東京からすごく近い、だから東京キー局(広域局)の電波がすべて入るんですね。そこが栃木県とか群馬県との違い。昭和40年代に電波の割り当てに手を挙げた民放局があったらしいけど、いざ事業計画を立ててみると、県民向けの放送だけでビジネスを維持するだけの規模にはならないことが分かった。だからどの民放テレビ局も結局挙げた手を下ろしてしまい、今に至るんですよ。ちなみに、NHK水戸放送局はあるけどね」

 規模の大きな災害が起きると、当地にある地方テレビ局は何年かおきに特番を作る。そうすることで災害の風化を食い止めようとするのだが、茨城県ではこれが難しい。

「今回の災害はほぼ常総市で起こっています。誤解を恐れずに言うと、同じ茨城県民でも例えば水戸市民からすると“他人事”なんだよね。そういう意味でも、もし茨城に地方テレビ局があって、そこが定期的に特番を作って県内で放送すれば、災害の大変さを少なくとも県民同士で共有することはできるよね。今後は考えないといけないと思いますね」(渡辺氏)

 そうしたことからの反省もあるのか、茨城県は2012年10月に県が運営するインターネットテレビ「いばキラTV」を開設した。現在では1日平均2万人ほどが視聴しているという。

 ちなみに現在「いばキラTV」では「がんばっぺ常総 復興への道のり」と題した特番を配信している。興味のある方は是非見て欲しい。

○乾いた土地を踏んでみると・・・

 寸断した道路の前後はいまだに通行が制限されている。今回は取材のために特別に立ち入りさせてもらった。

 渡辺氏の右手が指し示している方向、その先150メートルほどが鬼怒川の決壊現場だ。9月10日は、ここを濁流が直撃した。

「鬼怒川は名前の通り、鬼が怒ったような暴れ川なんです。しかし、だからこそはんらんの度に上流から運ばれてきた肥よくな土がこうした場所に溜まる。おかげで農業に適した土地となるんだね」(渡辺氏)

 水は引いたが、がれきの残る大地を見て、“防災の鬼”が妙なことを言い出した。

「この辺りは田んぼが広がっている場所でね、水はけが悪いんですよ。被災から20日目に来たときはまだ水が引いてないところもたくさんありました。今はこの通り水たまりはなくなっているけど、実はこれ、そう見えているだけなんですよね。本当はまだ水は引いていない」

 そう言って渡辺は、ブルドーザーのキャタピラーの跡が残る柔らかい土の上に降りた。驚いたことに、その場所は見た目には乾いているのだが、足で踏むと波打つように大地が動くのだ。

乾いたように見える大地だが、足で踏むと波打つ

「いまだに土の中には大量の水を含んでいる証拠だよね。少し掘れば泥沼のような感じで、踏み込んだら足が抜けなくなると思うよ。水害から2カ月も経過しているのにこうした状況だってこと。復旧すらまだ道半ばなんですよ。我々メディア側の人間はこうした情報を、とにかく被災地外に向けて発信し続けなければならないんだよ」

 インフォメーション&コミュニケーション――。

 今回“防災の鬼”渡辺氏の挙げたキーワードを通して常総市の災害現場を見てきた。本稿で紹介した災害の傷跡はほんの一部である。

 情報は待っていても入っては来ない。最初は興味本位でもいい、災害現場で今何が起こっているのか、探ってみるといいだろう。インターネットなどで調べてみれば多くの情報を得ることができる。

 中編は、発災直後から現地で奔走するNPO団体の取り組みをリポート。グローバル化が進む日本の問題が浮き彫りとなる。


【2015/11/16 13:29】 | Webの記事
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