「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
                   嶋津 暉之

9月10日、鬼怒川と小貝川の間を流れる八間堀川には、鬼怒川から溢れた洪水が流入し、その最下流部で鬼怒川の方に分かれる新八間堀川では水位が上昇して大きな氾濫があったことを前にお伝えしました。

それは、新八間堀川から鬼怒川へ排水する排水機場を9月10日の午後1時ごろ、(鬼怒川の水位が上限に近い水位まで上昇したという理由で)停止して排水を中断」したことによるものでした。

では、同じ最下流部で小貝川の方に流れる(旧)八間堀川ではどうだったのでしょうか。

下記の新聞記事は小貝川合流点近くの(旧)八間堀川でも氾濫があったことを伝えています。

◆八間堀川逆流 小貝川付近でも水害
(東京新聞茨城版2015年10月31日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201510/CK2015103102000191.html

 常総市で九月十日、市内を流れる八間堀川が鬼怒川との合流点近くで逆流した問題で、小貝川との合流点近くでも、八間堀川の逆流による浸水被害が発生していたことが分かった。八間堀川は当時、出口がせき止められ、あふれやすい状態だった。 (妹尾聡太)

 八間堀川は県の管理河川で、下妻市から常総市に流れる。常総市の南部で分岐して、それぞれ鬼怒川、小貝川と合流する。分岐点には小貝川への流れをせき止める水門があるが、十日は開いたままで両方に水が流れ込んでいた。

 住民や市によると、午後二時ごろ、小貝川に近い水海道諏訪町と淵頭町で、八間堀川から逆流した水が住宅地の排水路からあふれ、一部の家屋が浸水した。川とつながる排水路のゲートを閉じると、被害の拡大は収まったという。

 当時は、鬼怒川と小貝川から八間堀川への逆流を防ぐため、それぞれの合流点にある水門は閉じてあった。八間堀川の水量を減らすため、ポンプで鬼怒川に排水していたが、鬼怒川が満杯状態になり、午後一時に排水を中断した。これらの対応により、逆流や鬼怒川のさらなる決壊は防げたが、八間堀川は出口をふさがれた形になり、水の行き場がなくなった。

 午後四時半ごろ、小貝川側の水門を開けたが水位は下がらず、夕方から翌朝にかけて八間堀川はところどころで越水し、三カ所で堤防が決壊した。決壊した鬼怒川の水も流れ込み、八間堀川氾濫の詳しい経緯は分かっていない。県河川課は「災害復旧後、関係機関と課題を検証して改善に取り組む」と説明する。

 各施設の管理者は、鬼怒川側の水門などが国土交通省、小貝川側の水門が常総市(国が委託)、分岐点の水門が下妻市に事務所がある江連八間(えづれはちけん)土地改良区(県が委託)。

 小貝川側には昭和二十年代に設置された小型の排水機場もある。管理者の同土地改良区は十日午後七時四十分に排水を始めたが、場内に水が入り、作業員が感電するのを防ぐため一時間で止めた。普段は川の水量が極めて少なく、稼働させたのは二十数年ぶりだったという。国交省の河川関係の職員は「排水能力が小さいため、運転を続ければ被害が軽減したとまでは言えないのではないか」とみている。



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 午後四時半ごろ、小貝川側の水門を開けたが水位は下がらず、夕方から翌朝にかけて八間堀川はところどころで越水し、三カ所で堤防が決壊した。決壊した鬼怒川の水も流れ込み、八間堀川氾濫の詳しい経緯は分かっていない。県河川課は「災害復旧後、関係機関と課題を検証して改善に取り組む」と説明する。

 各施設の管理者は、鬼怒川側の水門などが国土交通省、小貝川側の水門が常総市(国が委託)、分岐点の水門が下妻市に事務所がある江連八間(えづれはちけん)土地改良区(県が委託)。

 小貝川側には昭和二十年代に設置された小型の排水機場もある。管理者の同土地改良区は十日午後七時四十分に排水を始めたが、場内に水が入り、作業員が感電するのを防ぐため一時間で止めた。普段は川の水量が極めて少なく、稼働させたのは二十数年ぶりだったという。国交省の河川関係の職員は「排水能力が小さいため、運転を続ければ被害が軽減したとまでは言えないのではないか」とみている。


【2015/11/02 18:13】 | 未分類
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