「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
                嶋津 暉之

既報のとおり、鬼怒川水害では堤防の決壊が、鬼怒川と小貝川を結ぶ「八間掘川」(常総市水海道地区)でも起きていました。この問題を取り上げた毎日新聞の記事です。

◆ 関東・東北豪雨:八間堀川、被害知って(その1) /茨城
(毎日新聞茨城版 2015年10月14日)
http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20151014ddlk08040117000c.html

 関東・東北豪雨により鬼怒川の堤防が決壊した常総市では、八間堀(はちけんぼり)川も3カ所が決壊、1カ所が決壊寸前だった。地面から2~3メートル冠水した同市平町(へいまち)の水害の主原因と考えられる。「八間堀川の堤防も決壊し、大きな被害が出た。社会はこちらにも目を向けてほしい」。住民は、そこが市内でも特に被害が甚大な地域なのに、鬼怒川の堤防決壊の陰であまり注目されていないことを嘆く。【去石信一】

 ◇鬼怒川の陰に 決壊3カ所

 豪雨があった9月10日の午後、地域住民の多くが避難する中、愛犬ノンを置いていけない永瀬司(つとむ)さん(65)は家族3人と離れ、同市平町の自宅に残った。鬼怒川堤防の決壊現場は北西に7・5キロ離れているため水は来ないと考え、仮に来ても西側200メートルにある八間堀川の堤防が遮ると信じていた。逃げた地域の住民も皆同じ気持ちで、危機感はそれほどなかった。

 夕方になると、その八間堀川より西側に水が来ているのが2階のベランダから見えた。夜になって外で滝のような音がするのに気付いて見ると、濁った急流が東へ流れていた。床上浸水が始まると階段が少しずつ水をかぶり、最後は6段目までつかった。そのころ、堤防が決壊したのではないかと想像する。
 救助隊のボートに乗ったのは翌朝。永瀬さんの自宅は最も近い決壊地点から350メートル。「88歳の母は嫌がるだろうが、頻繁に水害が来るようなら引っ越しも考える。行政には堤防強化など対策を取ってほしい」と話す。

 平町の決壊地点から100メートル余りしか離れず、いまだに校舎が使えないのが市立大生(おおの)小。その隣で、最も近い住宅は農業、本橋敏雄さん(74)宅だ。室内がめちゃくちゃになっただけでなく、濁流の水圧で東に傾いた。今年収穫した米20俵も売りものにならない。水田は決壊現場の脇にあり、土砂が大量に流れ込んだだけでなく、ドラム缶やコンクリート破片が散らばっている。

 本橋さんは「これを取り除かないと来年も田植えできないが費用がかかる。きれいにしないで機械を入れれば、がれきをかんで壊れる」と心配する。妻(73)は「鬼怒川だけでなく、こっちも決壊してひどい被害なのに、全然注目されない。情けない気分だ」と訴える。

 一方、川崎町の決壊地点から南東に400メートルにすむ同市十花(じゅっか)町の会社員、木村茂さん(64)は豪雨の翌朝にヘリで救出されるまで次男と自宅2階で過ごした。「朝、八間堀川の堤防の上の草が少し見えるだけで、一面湖のようだった。水が引くのが遅れたせいもあるだろうが、この地域に支援物資が届くのが遅かった。忘れられているかのようだった」と指摘する。



◆関東・東北豪雨:八間堀川、被害知って(その2止) /茨城
(毎日新聞茨城版 2015年10月14日)
http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20151014ddlk08040185000c.html

 ◇水位通常数十センチ、一時5メートルに 全長18キロ新田開発の排水路

 八間堀川は今回の豪雨で、国道354号相平橋の上流(北側)約200メートルに渡る堤防の2カ所(常総市平町)が決壊、1カ所(同)の外側がえぐれて決壊しそうになった。さらに、そこから1キロ上流の1カ所(同市川崎町)も決壊した。いずれも左岸で堤防の高さは約4メートル、決壊の長さは20?30メートル。相平橋の上流側たもとには、ポンプで排水した際に生じた損傷も1カ所ある。

 決壊原因は鬼怒川と同じく、川からあふれた水流が堤防を崩したと考えられる。決壊時刻は不明で、県は豪雨翌日に気づいた。現在は土のうで塞ぎ、シートで覆っている。

 八間堀川は17世紀前半に新田開発に伴って開削された排水路で、全長18キロ。下妻市加養の水田を水源に、最下流部の常総市南部で二股になり、片方が小貝川に、もう一方が新八間堀川として鬼怒川に注ぐ。水位は通常は数十センチだが、今回の豪雨では市中央部にある同市三坂新田の観測点でピークの10日午後11時に523センチに達した。

 河川改修は1963年度に始まり、決壊地点を含めた下流側10・7キロは2001年度までに終了。上流側はさかのぼりながら進行中で、市北部の同市豊田まで進んだ。堤防建設と川の拡幅、川底の掘削をし、「2年に1度」の洪水に耐えられる強度という。

 県関係者によると、河川改修の予算は年数千万円。改修した川に合わせて橋を架け替えると2億円が必要で、それだけで3年かかる。今回は、堤防未建設の市北部から鬼怒川の水が入って増水したとみられ、関係者は「上流側で河川改修を一層進めると同時に、下流側で堤防強化に取り組むなど、新たな対策が議論されている」と話している。【去石信一】



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 救助隊のボートに乗ったのは翌朝。永瀬さんの自宅は最も近い決壊地点から350メートル。「88歳の母は嫌がるだろうが、頻繁に水害が来るようなら引っ越しも考える。行政には堤防強化など対策を取ってほしい」と話す。

 平町の決壊地点から100メートル余りしか離れず、いまだに校舎が使えないのが市立大生(おおの)小。その隣で、最も近い住宅は農業、本橋敏雄さん(74)宅だ。室内がめちゃくちゃになっただけでなく、濁流の水圧で東に傾いた。今年収穫した米20俵も売りものにならない。水田は決壊現場の脇にあり、土砂が大量に流れ込んだだけでなく、ドラム缶やコンクリート破片が散らばっている。

 本橋さんは「これを取り除かないと来年も田植えできないが費用がかかる。きれいにしないで機械を入れれば、がれきをかんで壊れる」と心配する。妻(73)は「鬼怒川だけでなく、こっちも決壊してひどい被害なのに、全然注目されない。情けない気分だ」と訴える。

 一方、川崎町の決壊地点から南東に400メートルにすむ同市十花(じゅっか)町の会社員、木村茂さん(64)は豪雨の翌朝にヘリで救出されるまで次男と自宅2階で過ごした。「朝、八間堀川の堤防の上の草が少し見えるだけで、一面湖のようだった。水が引くのが遅れたせいもあるだろうが、この地域に支援物資が届くのが遅かった。忘れられているかのようだった」と指摘する。



◆関東・東北豪雨:八間堀川、被害知って(その2止) /茨城
(毎日新聞茨城版 2015年10月14日)
http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20151014ddlk08040185000c.html

 ◇水位通常数十センチ、一時5メートルに 全長18キロ新田開発の排水路

 八間堀川は今回の豪雨で、国道354号相平橋の上流(北側)約200メートルに渡る堤防の2カ所(常総市平町)が決壊、1カ所(同)の外側がえぐれて決壊しそうになった。さらに、そこから1キロ上流の1カ所(同市川崎町)も決壊した。いずれも左岸で堤防の高さは約4メートル、決壊の長さは20?30メートル。相平橋の上流側たもとには、ポンプで排水した際に生じた損傷も1カ所ある。

 決壊原因は鬼怒川と同じく、川からあふれた水流が堤防を崩したと考えられる。決壊時刻は不明で、県は豪雨翌日に気づいた。現在は土のうで塞ぎ、シートで覆っている。

 八間堀川は17世紀前半に新田開発に伴って開削された排水路で、全長18キロ。下妻市加養の水田を水源に、最下流部の常総市南部で二股になり、片方が小貝川に、もう一方が新八間堀川として鬼怒川に注ぐ。水位は通常は数十センチだが、今回の豪雨では市中央部にある同市三坂新田の観測点でピークの10日午後11時に523センチに達した。

 河川改修は1963年度に始まり、決壊地点を含めた下流側10・7キロは2001年度までに終了。上流側はさかのぼりながら進行中で、市北部の同市豊田まで進んだ。堤防建設と川の拡幅、川底の掘削をし、「2年に1度」の洪水に耐えられる強度という。

 県関係者によると、河川改修の予算は年数千万円。改修した川に合わせて橋を架け替えると2億円が必要で、それだけで3年かかる。今回は、堤防未建設の市北部から鬼怒川の水が入って増水したとみられ、関係者は「上流側で河川改修を一層進めると同時に、下流側で堤防強化に取り組むなど、新たな対策が議論されている」と話している。【去石信一】


【2015/10/16 04:32】 | 新聞記事から
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