「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
                   嶋津 暉之

昨日の長崎新聞の社説をお送りします。石木ダム問題についてまさしく正論を述べた社説です。地元新聞が長崎県に対して「強硬姿勢をやめよ」という見解を突き付けた意味はきわめて大きいと思います。

◆県は強硬姿勢をやめよ 石木ダム計画
(長崎新聞社説 2015年7月10日)

県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業で県は8日、反対地権者13世帯が現住する家屋などを含む土地(約12万平方㍍)の裁決申請などを実施。
これで未買収地すべてが強制収用に向けた手続きに入ったが、県はこの強硬姿勢をやめるべきだ。

1982年5月、県は土地収用法に基づく測量を計画地で実施したが、反対住民の抵抗に遭い、県警機動隊を出動させた。
現場では、道路に座り込んだ住民が実力で排除される事態に。以降、反対住民は態度を硬化させ、このダム計画が数十年も迷走する端緒となった。

県は、反対住民の理解を得ようと説得を続けたが、有効な対話は成り立たないまま、今日に至る。途中、公共事業削減の嵐が吹き、ダム不要論も台頭したが、この計画は生き残った。
今も公共事業に対する国民の視線は厳しい。
国民生活に資する基盤整備は今後も必要だが、無駄な出費は厳しくチェックされなけれぱならないし、過剰な環境破壊や政官業による不正が疑われる事業も当然許されない。
そのうえで、個々の必要性に対する国民の理解と支持がなければ、事業が持ちこたえることはできない。
事業主体は、慎重に丁寧に穏当に手順を進める必要がある。法に従って粛々と進めるだけでは不十分だ。
石木ダム計画は、その悪い見本のような経過をたどっている。
まして今後、強制収用という手法で、自分の家で生活を営んでいる住民たちを無理やり引きはがしてまで作業をするなど、現代の日本においてまともな光景ではない。
県は立ち止まってほしい。そして、出直してほしい。
佐世保市はどれぐらい水が足りていないのか、人口減少局面で水需要は将来どれぐらい増大するのか、本当に他の解決策はないのか、治水効果はどう発揮されるのか、反対住民と有効な対話ができないまま何十年も過ぎた責任はいずれにあるのか。
40年の時間とコストをかけて完了しない公共事業が、それでも必要であることの説得力のある説明をし直したほうがいい。
「もう十分説明してきた」という答えが返ってくるのかもしれない。だが現実はどうか。
「石木ダムとは必要なのか」と疑問に思っている県民がいかに多いことか。県民にこれほど理解されない不幸な県事業をほかに知らない。

県は強硬手段をとる構えをやめるべきだ。手法の誤りは将来に禍根を残す。利害関係者との対話に失敗する代償の大きさは、国営諌早湾干拓事業を見れば分かる。
形は完成しても泥沼の裁判闘争が続き、対立がどこまでも終わらない悲劇の典型だ。
このダム計画でも、そうなることが分かっていて、手順だけを進めるのは合理的でない。
(森永玲)



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佐世保市はどれぐらい水が足りていないのか、人口減少局面で水需要は将来どれぐらい増大するのか、本当に他の解決策はないのか、治水効果はどう発揮されるのか、反対住民と有効な対話ができないまま何十年も過ぎた責任はいずれにあるのか。
40年の時間とコストをかけて完了しない公共事業が、それでも必要であることの説得力のある説明をし直したほうがいい。
「もう十分説明してきた」という答えが返ってくるのかもしれない。だが現実はどうか。
「石木ダムとは必要なのか」と疑問に思っている県民がいかに多いことか。県民にこれほど理解されない不幸な県事業をほかに知らない。

県は強硬手段をとる構えをやめるべきだ。手法の誤りは将来に禍根を残す。利害関係者との対話に失敗する代償の大きさは、国営諌早湾干拓事業を見れば分かる。
形は完成しても泥沼の裁判闘争が続き、対立がどこまでも終わらない悲劇の典型だ。
このダム計画でも、そうなることが分かっていて、手順だけを進めるのは合理的でない。
(森永玲)


【2015/07/11 13:02】 | 新聞記事から
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