「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
◆メコン川、ダム建設で変わる流域6000万人の生活
(日本経済新聞2015/5/3 6:00)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO86189100X20C15A4000000/

メコン川で複数の水力発電ダムの建設計画が進んでいる。流域の農業や漁業はどうなるのか。開発への期待と不安が入り交じる、住民たちの声を聞いた。

堤体の高さが292メートルと、世界で6番目に高い中国の小湾(シアオワン)ダム。主に中国南部沿岸の都市と工場地帯に電力を供給している。完成は2010年。ダム建設のために、3万8000人余りが立ち退きを強いられた (Photograph by David Guttenfelder)

堤体の高さが292メートルと、世界で6番目に高い中国の小湾(シアオワン)ダム。主に中国南部沿岸の都市と工場地帯に電力を供給している。完成は2010年。ダム建設のために、3万8000人余りが立ち退きを強いられた
(Photograph by David Guttenfelder)
 メコン川はチベット高原に源を発し、中国、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムをおよそ4200キロにわたって流れ、南シナ海に注ぐ。東南アジアで最長、アジア全体でも7番目に長い川だが、流域の住民にとって最も重要なのは、ここほど水産資源が豊富な川はほかにないということだ。

 カンボジアとラオスは人口1人当たりの淡水魚の漁獲量が世界で最も多い。流域の村々で食べ物といえば、魚を指すほどだ。メコン川には知られているだけで500種以上の魚が生息し、干ばつのときも大洪水のときも、さらにはカンボジアのポル・ポト政権下での大虐殺時代にも、何百万もの人々の生活を支えてきた。

〇増える電力需要、電源開発は急務

 一方で、メコン川は長年、ダム開発の好適地としても注目されてきた。1960年代には、米国が下流部に水力発電ダムを建設しようとした。この地域の経済を成長させ、ベトナムで高まる共産主義の波を阻止するのが目的だったが、計画が足踏みしているうちにベトナム戦争が始まった。90年代に入り、メコン川本流に初めてダムを建設したのは、東南アジアの国ではなく、最も上流に位置する中国だった。

 現在、東南アジアの情勢は比較的安定し、大半の地域で経済が活気づいている。それでもメコン流域で電気が使えるのは、カンボジア人のおよそ3分の1、ラオス人の3分の2強にすぎない。電気を利用できたとしても、多くの場合は電気料金が極端に高い。

 経済の成長と人口の増加によって、今後、電力需給はさらに逼迫する見込みだ。国際エネルギー機関(IEA)が2013年に発表した分析結果では、今後20年間にこの地域の電力需要は8割増加すると予測され、電源開発が必要なことは明らかである。加えて、地球温暖化の最悪のシナリオを避けるには、二酸化炭素の排出量が少ない発電技術が求められ、メコン川での水力発電は今まで以上に有望視されている。

〇タイの小村の暮らしに異変

 ところがダムは、流域の人々の生活に大きな影響を与え始めている。

 タイ北部のメコン川西岸に位置する小さな村バン・パク・イン村では、上流のダム放流とともに、川の水位が一気に変化するようになった。村が冠水するおそれがあるため、中国政府は下流の国々に前もって警告することになっているが、村長プーミー・ブントンの経験では警告は遅過ぎるか、何も出されないことが多い。

 「以前は、季節の移ろいとともに川の水位がゆっくり変わったものですが、今は水かさが急に増えたり減ったりするので、天気予報を見ていないと予測できません」とブントンは話す。数百人が暮らすこの村には、コンクリートブロックで造られた住居が点在している。

 20年前には村長のブントンも、多くの村人と同じく漁業で生計を立てていた。しかし、中国が上流に一つ、また一つとダムを建設し、合計7基が完成するとメコン川は一変。水位が急激に変化するようになり、魚の回遊と産卵に影響を及ぼした。地元の産卵域は守ったものの、村の全員に行き渡るほどの漁獲量は確保できなくなった。

 ここ数年、ブントンをはじめ多くの村人が漁に使っていたボートを売り払い、トウモロコシやタバコ、豆の栽培を始めた。畑仕事は彼らにとっては不慣れな仕事で、収穫がなかなか安定しない。そこに頻発する洪水が追い打ちをかける。

〇影響は流域6000万人に…

 この村はいわば、メコン川流域の今後の姿を暗示する。中国ではさらに5基のダムの建設が進んでいる。下流のラオスとカンボジアでも、計画中か建設中の大規模なダムが11基あり、これまでダムがなかったメコン川本流の下流部もせき止められることになる。そうなれば魚の繁殖が阻害され、漁獲量が減って、流域の6000万人が影響を受けると推定されている。

 下流部のダムが生む電力は、好況に沸くタイとベトナムの都市部へ主に供給される。タイの環境保護活動家で元国会議員のクライサク・チュンハワンは、下流部のダム計画を「歴史的な人災」と呼ぶ。

 バン・パク・イン村の下流わずか60キロの地点でも、ダム建設が計画されている。このダムができれば、村は上流のダムの放流と下流のダム湖による水位上昇の板挟みになる。「目をつぶって想像してみてください。私たちはどうなると思いますか」。上からも下からも水が押し寄せて一巻の終わりだというように、ブントンは両手をぴしゃりと打ち鳴らした。
タイの首都バンコクの複合商業施設「セントラルワールド」(右)には、約500の店舗やホテル、アイススケート場がある。タイの電力需要の高まりに目をつけ、ラオスとカンボジアでメコン川下流部のダム計画が進んでいる (Photograph by David Guttenfelder)

タイの首都バンコクの複合商業施設「セントラルワールド」(右)には、約500の店舗やホテル、アイススケート場がある。タイの電力需要の高まりに目をつけ、ラオスとカンボジアでメコン川下流部のダム計画が進んでいる
(Photograph by David Guttenfelder)

(文 ミシェル・ナイハウス、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2015年5月号の記事を基に再構成]



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 メコン川はチベット高原に源を発し、中国、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムをおよそ4200キロにわたって流れ、南シナ海に注ぐ。東南アジアで最長、アジア全体でも7番目に長い川だが、流域の住民にとって最も重要なのは、ここほど水産資源が豊富な川はほかにないということだ。

 カンボジアとラオスは人口1人当たりの淡水魚の漁獲量が世界で最も多い。流域の村々で食べ物といえば、魚を指すほどだ。メコン川には知られているだけで500種以上の魚が生息し、干ばつのときも大洪水のときも、さらにはカンボジアのポル・ポト政権下での大虐殺時代にも、何百万もの人々の生活を支えてきた。

〇増える電力需要、電源開発は急務

 一方で、メコン川は長年、ダム開発の好適地としても注目されてきた。1960年代には、米国が下流部に水力発電ダムを建設しようとした。この地域の経済を成長させ、ベトナムで高まる共産主義の波を阻止するのが目的だったが、計画が足踏みしているうちにベトナム戦争が始まった。90年代に入り、メコン川本流に初めてダムを建設したのは、東南アジアの国ではなく、最も上流に位置する中国だった。

 現在、東南アジアの情勢は比較的安定し、大半の地域で経済が活気づいている。それでもメコン流域で電気が使えるのは、カンボジア人のおよそ3分の1、ラオス人の3分の2強にすぎない。電気を利用できたとしても、多くの場合は電気料金が極端に高い。

 経済の成長と人口の増加によって、今後、電力需給はさらに逼迫する見込みだ。国際エネルギー機関(IEA)が2013年に発表した分析結果では、今後20年間にこの地域の電力需要は8割増加すると予測され、電源開発が必要なことは明らかである。加えて、地球温暖化の最悪のシナリオを避けるには、二酸化炭素の排出量が少ない発電技術が求められ、メコン川での水力発電は今まで以上に有望視されている。

〇タイの小村の暮らしに異変

 ところがダムは、流域の人々の生活に大きな影響を与え始めている。

 タイ北部のメコン川西岸に位置する小さな村バン・パク・イン村では、上流のダム放流とともに、川の水位が一気に変化するようになった。村が冠水するおそれがあるため、中国政府は下流の国々に前もって警告することになっているが、村長プーミー・ブントンの経験では警告は遅過ぎるか、何も出されないことが多い。

 「以前は、季節の移ろいとともに川の水位がゆっくり変わったものですが、今は水かさが急に増えたり減ったりするので、天気予報を見ていないと予測できません」とブントンは話す。数百人が暮らすこの村には、コンクリートブロックで造られた住居が点在している。

 20年前には村長のブントンも、多くの村人と同じく漁業で生計を立てていた。しかし、中国が上流に一つ、また一つとダムを建設し、合計7基が完成するとメコン川は一変。水位が急激に変化するようになり、魚の回遊と産卵に影響を及ぼした。地元の産卵域は守ったものの、村の全員に行き渡るほどの漁獲量は確保できなくなった。

 ここ数年、ブントンをはじめ多くの村人が漁に使っていたボートを売り払い、トウモロコシやタバコ、豆の栽培を始めた。畑仕事は彼らにとっては不慣れな仕事で、収穫がなかなか安定しない。そこに頻発する洪水が追い打ちをかける。

〇影響は流域6000万人に…

 この村はいわば、メコン川流域の今後の姿を暗示する。中国ではさらに5基のダムの建設が進んでいる。下流のラオスとカンボジアでも、計画中か建設中の大規模なダムが11基あり、これまでダムがなかったメコン川本流の下流部もせき止められることになる。そうなれば魚の繁殖が阻害され、漁獲量が減って、流域の6000万人が影響を受けると推定されている。

 下流部のダムが生む電力は、好況に沸くタイとベトナムの都市部へ主に供給される。タイの環境保護活動家で元国会議員のクライサク・チュンハワンは、下流部のダム計画を「歴史的な人災」と呼ぶ。

 バン・パク・イン村の下流わずか60キロの地点でも、ダム建設が計画されている。このダムができれば、村は上流のダムの放流と下流のダム湖による水位上昇の板挟みになる。「目をつぶって想像してみてください。私たちはどうなると思いますか」。上からも下からも水が押し寄せて一巻の終わりだというように、ブントンは両手をぴしゃりと打ち鳴らした。
タイの首都バンコクの複合商業施設「セントラルワールド」(右)には、約500の店舗やホテル、アイススケート場がある。タイの電力需要の高まりに目をつけ、ラオスとカンボジアでメコン川下流部のダム計画が進んでいる (Photograph by David Guttenfelder)

タイの首都バンコクの複合商業施設「セントラルワールド」(右)には、約500の店舗やホテル、アイススケート場がある。タイの電力需要の高まりに目をつけ、ラオスとカンボジアでメコン川下流部のダム計画が進んでいる
(Photograph by David Guttenfelder)

(文 ミシェル・ナイハウス、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2015年5月号の記事を基に再構成]


【2015/05/04 00:19】 | Webの記事
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