「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
                  嶋津 暉之

米国のダム撤去の映画「ダムネーション」と日本のダム問題についての朝日新聞のコラムです。

東京では明日、2月1日に東池袋で八ッ場あしたの会の総会を兼ねて、「ダムネーション」の市民上映会が開かれます。

◇ドキュメンタリー映画『ダムネーション』上映会ー2/1、東京・池袋
http://urx2.nu/gOgf

◆(ザ・コラム)ダムと過疎地 先人が教える夢と現実 上田俊英
(朝日新聞2015年1月31日)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11578536.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11578536

「ダムネーション」という米国のドキュメンタリー映画を見た。米国でダムの「撤去」を求め、実現させてきた人びと。その姿を通して、川とはなにか、ダムと引き換えにわれわれが失ってきたものはなにかを伝える。昨年11月に東京で公開され、横浜、大阪、名古屋などを巡回している。

ダムは近代化を象徴する建築構造物だ。灌漑(かんがい)、治水、水力発電――。米国では1929年に始まる世界恐慌が建設を加速させたとされる。テネシー峡谷開発公社(TVA)が設立され、雇用創出と経済再建の旗印のもと、多くのダムがつくられた。米国のダムはいま7万5千基を超えるという。

ダムができて、川が自然の流れを失えば、川を中心とする生態系は激変する。

映画は、ダムをすべて壊せと言っているわけではない。

「ダムにもやはり寿命はある」

「ひとつひとつ精査すべきだ」

そして、役に立たないダムは「壊す」という選択肢があることを教える。

「ただの水たまりだ」

ダムを前に、こんなせりふが投げかけられる。「水たまり」。それは、わたしがすむ福島県でも見ることができる。



奥会津。山あいのこの地区を南北に貫く只見川は終戦直後、「日本再建」をかけた国策の舞台になった。群馬県との県境にある尾瀬沼を水源とし、下流で阿賀川(阿賀野川)に合流する総延長145キロの渓流に、10基のダムと水力発電所が階段状に建設されていった。首都圏に電気を送り、日本再建をすすめるためである。

只見川と阿賀川に計画された発電所の最大出力の合計は、当時の日本の全発電能力の2割もの規模。「TVA」のような開発で「5万都市が誕生する」とうたわれ、流域の人びとは地域の将来をダムと発電所に託した。計画の中心だった田子倉(たごくら)発電所の建設は、水没する田子倉集落の50戸の住民への巨額な補償でも全国に知られた。

いま、流域の人たちがダムを見る目は冷めている。かつての渓流は、巨大な「水たまり」の連なりに変わった。サケやウナギが遡上(そじょう)してくることもなくなった。かえって水害が増えたと、地元の人は言う。

冷めた理由は、そればかりではない。

「ダムもまた過疎化をすすめる」

流域の人たちは、そのことを知った。
計画された10基のうち9基は60年代までに完成し、発電を始めたが、最後の只見発電所(只見町)は異なる道筋をたどる。水没地区の住民の反対で計画はいったん頓挫し、73年の石油危機で再浮上。只見町議会は特別委員会を設け、対応を審議した。

町にはすでに田子倉、大鳥の二つの発電所があった。79年に出た特別委の報告はダムがこの地にもたらしたものを教える。報告はまず「デメリット」を列挙した。

「過疎の要因となる」「農林水産業の振興に影響を与える」「購買力が減少する」「自然環境が破壊される」――。

過疎の原因はダムだけではなかろう。ただ、当時町議で、のちに町長を務めた渡部完爾さん(90)は理由をこう説明する。

「水没地区の住民は町にいつかない。耕地を失い、生活基盤がなくなるんだから」

只見発電所はそれでも建設された。水没地区の52戸のうち43戸が町を離れた。

只見町に隣接する金山町。ここには滝、本名(ほんな)、上田(うわだ)の3発電所がつくられた。元町長の斎藤勇一さん(75)は言う。

「発電所ができてから、人口はどんどん減っていった。農業と物々交換で成り立っていた地域社会が崩壊したからです。水没で耕地を失えば、雇用が必要になる。でも、その雇用が生まれなかった」

流域の発電所建設が終盤にさしかかった62年、日本は火力発電が水力発電を上回る「火主水従」の時代に入り、水力発電所は無人化がすすんだ。10基の発電所はいますべて無人で、遠隔制御されている。



群馬県長野原町の八ツ場(やんば)ダム。国土交通省は今月21日、その本体工事に着手した。民主党政権時代、いったん建設中止に向かったが、洪水防止や水資源確保などを理由に建設継続が決まった経緯がある。

八ツ場ダムのような治水・利水が目的のダムと、只見川流域の発電用のダムとでは、事情は異なるかもしれない。それでも過疎問題を抱える地域に建設されるという点で、共通するものも多いだろう。

ダムをとりまく状況は、日本でも少しずつ変わってきている。熊本県・球磨川にある荒瀬ダム・藤本発電所ではいま、日本初の本格的なダム撤去工事がすすむ。

只見町はいま、広大なブナの原生林、豪雪が削った独特の地形、それらが育む多様な動植物など周囲の自然を持続可能な形で活用することで、発展を目指す。その一歩として、町全域と隣接する檜枝岐(ひのえまた)村の一部が昨年6月、ユネスコエコパークに登録された。流域では再生可能エネルギー利用への取り組みも活発になってきている。

ダムにはもう頼らないということだ。

先人たちが身をもって知った教訓は、生かされるのだろうか。
(編集委員)


 ☆★こちらもどうぞご覧下さい★☆

 ・「八ツ場あしたの会」ニュース
 ・「八ツ場ダムをストップさせる千葉の会」
 ・利根川流域市民委員会
 ・まさのあつこさんの政策エッセイ
 ・どうする、利根川? どうなる、利根川? どうする、私たち? Ⅱ


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計画された10基のうち9基は60年代までに完成し、発電を始めたが、最後の只見発電所(只見町)は異なる道筋をたどる。水没地区の住民の反対で計画はいったん頓挫し、73年の石油危機で再浮上。只見町議会は特別委員会を設け、対応を審議した。

町にはすでに田子倉、大鳥の二つの発電所があった。79年に出た特別委の報告はダムがこの地にもたらしたものを教える。報告はまず「デメリット」を列挙した。

「過疎の要因となる」「農林水産業の振興に影響を与える」「購買力が減少する」「自然環境が破壊される」――。

過疎の原因はダムだけではなかろう。ただ、当時町議で、のちに町長を務めた渡部完爾さん(90)は理由をこう説明する。

「水没地区の住民は町にいつかない。耕地を失い、生活基盤がなくなるんだから」

只見発電所はそれでも建設された。水没地区の52戸のうち43戸が町を離れた。

只見町に隣接する金山町。ここには滝、本名(ほんな)、上田(うわだ)の3発電所がつくられた。元町長の斎藤勇一さん(75)は言う。

「発電所ができてから、人口はどんどん減っていった。農業と物々交換で成り立っていた地域社会が崩壊したからです。水没で耕地を失えば、雇用が必要になる。でも、その雇用が生まれなかった」

流域の発電所建設が終盤にさしかかった62年、日本は火力発電が水力発電を上回る「火主水従」の時代に入り、水力発電所は無人化がすすんだ。10基の発電所はいますべて無人で、遠隔制御されている。



群馬県長野原町の八ツ場(やんば)ダム。国土交通省は今月21日、その本体工事に着手した。民主党政権時代、いったん建設中止に向かったが、洪水防止や水資源確保などを理由に建設継続が決まった経緯がある。

八ツ場ダムのような治水・利水が目的のダムと、只見川流域の発電用のダムとでは、事情は異なるかもしれない。それでも過疎問題を抱える地域に建設されるという点で、共通するものも多いだろう。

ダムをとりまく状況は、日本でも少しずつ変わってきている。熊本県・球磨川にある荒瀬ダム・藤本発電所ではいま、日本初の本格的なダム撤去工事がすすむ。

只見町はいま、広大なブナの原生林、豪雪が削った独特の地形、それらが育む多様な動植物など周囲の自然を持続可能な形で活用することで、発展を目指す。その一歩として、町全域と隣接する檜枝岐(ひのえまた)村の一部が昨年6月、ユネスコエコパークに登録された。流域では再生可能エネルギー利用への取り組みも活発になってきている。

ダムにはもう頼らないということだ。

先人たちが身をもって知った教訓は、生かされるのだろうか。
(編集委員)


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【2015/01/31 23:44】 | 新聞記事から
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