「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
              嶋津 暉之

八ッ場ダム本体工事が開始されたことに関連して、ダム事業が地元に与えた影響をまとめた朝日新聞の記事です。

◆ダムの町、63年の曲折 八ツ場、本体工事に着手
(朝日新聞2015年1月22日05時00分)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11563447.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11563447

計画浮上から63年。21日、八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)の本体工事が始まった。水没予定地にいまもとどまる人、新たな事業に乗り出した人。さまざまな生活をのみ込み、ダムは完成へと動き出した。

「1軒また1軒と引っ越していき、うちだけになってしまった」
元長野原町議会議長の冨沢吉太郎さん(74)は寂しげに語った。

全世帯がダム湖に沈む川原湯(かわらゆ)地区。移転対象の176世帯中、水没予定地にとどまっているのは冨沢さんを含め3世帯だけだ。谷あいに立つ築100年を超す自宅の周囲には、撤去された家々の土台が目に付く。

代々農家で、約2ヘクタールの畑で桑やこんにゃくいもを栽培してきた。ダム計画が持ち上がると反対運動に加わり、国や県に陳情を繰り返した。その行動力を買われ、30代で町議になった。

だが町は1992年、生活再建と引き換えに計画を受け入れる。「道路一つ直すにも、国や県からカネが出ない。追い込まれた末の苦渋の決断だった」
2001年に立ち退きの補償交渉が始まったが、代替地の整備が進まない。しびれを切らして町外へ出る住民が相次いだ。分譲は07年から進められた。だが、冨沢さんに提示された土地では小規模な農業しかできない。盛り土をした宅地の安全性も不安だった。

昨秋、自宅近くの国道145号が工事車両専用に。買い物や通院に遠回りを強いられ、精神的にも追い詰められた。年が明け、別の代替地への移転を決めた。「自分の生活を守りたいだけなのに、悪者扱いされた。ダムなど造らず、そっとしておいてほしかった」

国道のバイパス沿いにある道の駅「八ツ場ふるさと館」。ダム建設に伴う地域振興施設として13年4月にオープンした。「反対してもダムはできる。だったらダムを再生の起爆剤に」と、地区のダム対策委員長だった篠原茂さん(64)らが立ち上げた。ダムの受益者である利根川流域6都県の負担で整備。住民が起こした株式会社で運営する。

150戸の契約農家が栽培した野菜や果物の直売が人気で、行楽シーズンには首都圏からの車で駐車場は満杯になる。開業1年の売り上げは約3億円と目標を25%上回った。「何といっても八ツ場の知名度のお陰」と篠原さん。「品ぞろえやサービスをもっと充実させ、ダム湖観光のお客さんを迎えたい」と意気込む。
(土屋弘)


〇建設でも中止でも、地元に影

ダム建設は継続か中止かを問わず、地域住民の生活再建に暗い影を落とす。

設楽(したら)ダム(愛知県設楽町)は民主党政権下で必要性の再検証が始まったが、昨年4月に継続となった。総事業費は約3千億円。

人口約5400人の町は道路整備などダム建設に伴う開発に期待する。だが、水没する124戸の半数ほどは町外へ移転。73年の計画浮上時に見込んだ水需要もすでにない。町外の息子との同居をあきらめた90代女性は「早く決まっていれば」と嘆く。立ち木トラストなどでの反対運動も続く。

近畿最大級の多目的ダムとして計画された丹生(にう)ダム(滋賀県長浜市)は事実上中止された。近畿地方整備局などが昨年1月、「コストや治水能力などを総合評価すると有利ではない」とし、国の決定を待つ。住民が移転を終えた後に中止と判断された初のケースだ。

水需要が減り、大阪府が03年、京都府が04年に利水事業から撤退を表明。滋賀県で06~14年に知事を務めた嘉田由紀子氏も建設に慎重な構えだった。地整などは昨夏、移転住民らでつくる対策委員会に、跡地の整備や地域振興策で意見を求めた。委員長の丹生(にゅう)善喜さん(67)は「ダム建設を見越した道路や河川の整備は止まり、路肩が崩れて通れない県道がある。ダム建設を求める住民もいる」と悩む。

再検証前に中止が決まった川辺川ダム(熊本県五木村)。当初は、ダム予定地を村が使えるよう、生活再建の特別措置法を成立させて、地域振興につなげるシナリオだった。しかし、民主党政権時代に国会へ提出された法案は廃案となり、自民党政権が復活した。土地は今も国が所有。企業も誘致できない。和田拓也村長は「村はダム計画のため、強制的に過疎にさせられた」と話す。
(伊藤智章、坂田達郎、知覧哲郎)


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2001年に立ち退きの補償交渉が始まったが、代替地の整備が進まない。しびれを切らして町外へ出る住民が相次いだ。分譲は07年から進められた。だが、冨沢さんに提示された土地では小規模な農業しかできない。盛り土をした宅地の安全性も不安だった。

昨秋、自宅近くの国道145号が工事車両専用に。買い物や通院に遠回りを強いられ、精神的にも追い詰められた。年が明け、別の代替地への移転を決めた。「自分の生活を守りたいだけなのに、悪者扱いされた。ダムなど造らず、そっとしておいてほしかった」

国道のバイパス沿いにある道の駅「八ツ場ふるさと館」。ダム建設に伴う地域振興施設として13年4月にオープンした。「反対してもダムはできる。だったらダムを再生の起爆剤に」と、地区のダム対策委員長だった篠原茂さん(64)らが立ち上げた。ダムの受益者である利根川流域6都県の負担で整備。住民が起こした株式会社で運営する。

150戸の契約農家が栽培した野菜や果物の直売が人気で、行楽シーズンには首都圏からの車で駐車場は満杯になる。開業1年の売り上げは約3億円と目標を25%上回った。「何といっても八ツ場の知名度のお陰」と篠原さん。「品ぞろえやサービスをもっと充実させ、ダム湖観光のお客さんを迎えたい」と意気込む。
(土屋弘)


〇建設でも中止でも、地元に影

ダム建設は継続か中止かを問わず、地域住民の生活再建に暗い影を落とす。

設楽(したら)ダム(愛知県設楽町)は民主党政権下で必要性の再検証が始まったが、昨年4月に継続となった。総事業費は約3千億円。

人口約5400人の町は道路整備などダム建設に伴う開発に期待する。だが、水没する124戸の半数ほどは町外へ移転。73年の計画浮上時に見込んだ水需要もすでにない。町外の息子との同居をあきらめた90代女性は「早く決まっていれば」と嘆く。立ち木トラストなどでの反対運動も続く。

近畿最大級の多目的ダムとして計画された丹生(にう)ダム(滋賀県長浜市)は事実上中止された。近畿地方整備局などが昨年1月、「コストや治水能力などを総合評価すると有利ではない」とし、国の決定を待つ。住民が移転を終えた後に中止と判断された初のケースだ。

水需要が減り、大阪府が03年、京都府が04年に利水事業から撤退を表明。滋賀県で06~14年に知事を務めた嘉田由紀子氏も建設に慎重な構えだった。地整などは昨夏、移転住民らでつくる対策委員会に、跡地の整備や地域振興策で意見を求めた。委員長の丹生(にゅう)善喜さん(67)は「ダム建設を見越した道路や河川の整備は止まり、路肩が崩れて通れない県道がある。ダム建設を求める住民もいる」と悩む。

再検証前に中止が決まった川辺川ダム(熊本県五木村)。当初は、ダム予定地を村が使えるよう、生活再建の特別措置法を成立させて、地域振興につなげるシナリオだった。しかし、民主党政権時代に国会へ提出された法案は廃案となり、自民党政権が復活した。土地は今も国が所有。企業も誘致できない。和田拓也村長は「村はダム計画のため、強制的に過疎にさせられた」と話す。
(伊藤智章、坂田達郎、知覧哲郎)

【2015/01/23 00:23】 | 新聞記事から
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