「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
                    嶋津 暉之

北海道開発局の平取ダムの本体工事入札公告が去る10月6日に告示されました。11月2日締切りでひどく短く、談合でもあるのではないかと噂されています。
この水没予定地には、縄文時代、擦文(さつもん)時代の豊糠(とよぬか)8遺跡があって、発掘作業が行われています。

擦文時代(さつもんじだい)とは、ウィキベディアによれば、「7世紀ごろから13世紀(飛鳥時代から鎌倉時代後半)にかけて北海道を中心とする地域で栄えた文化で、本州の土師器の影響を受けた擦文式土器を特徴とする。」とのことです。
擦文時代 - Wikipedia - http://is.gd/whkNPe 

アイヌ文化が13世紀(鎌倉時代後半)ころから始まる前史になります。
このようなきわめて貴重な歴史遺産が平取ダムによって失われるのは本当に残念です。

◆平取ダム水没予定の豊糠8遺跡 黒曜石の産地解明が鍵 来月、発掘終了
(北海道新聞2014/10/26 17:13)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki/570774.html

 【平取】平取ダム(芽生)の工事現場周辺で町教委が進めている遺跡の発掘作業が、10月末で終了する。このうち、豊糠8遺跡(町豊糠)からは縄文時代後期(約3千年前)の黒曜石の破片や煮炊き用の土器、擦文時代(約千年前)の土器と鉄製品など計約5万4千点が出土。黒曜石や鉄製品は他の地域から持ち込まれたと推測されており、町教委は来年度、出土品を詳しく分析して産地の解明に努める。

 発掘は平取ダム建設に関連する事業。豊糠8遺跡は、額平川に架かる豊糠橋の下流300メートルの右岸沿いにあり、発掘調査が行われた遺跡の中で唯一、ダムに水没する予定だ。昨年9~10月に約千平方メートル、今年は5月から約3千平方メートルを発掘した。

 ■全出土品の9割

 出土した黒曜石は、石器への加工途中とみられる破片がほとんどで、出土品全体の9割を占めた。土器は上部に小さなこぶ状の飾りが施されるなどの特徴がある「堂林式土器」が見つかっている。

 同遺跡より600メートル上流にある豊糠10遺跡では、2012年の発掘調査で堂林式土器を含む約6千点の遺物が出土した。出土品の多数を占めた剥片(はくへん)石器は、黒曜石がほとんど。このうち121点を専門機関で成分分析したところ、97点が後志管内赤井川村の原産と、判明している。入手経路はまだ解明されていないが、当時からなんらかの交流があったとみられている。
 両遺跡の発掘にあたった沙流川歴史館の森岡健治学芸員によると、同時代の堂林式土器と黒曜石は厚真町内の遺跡でも発掘されているという。森岡学芸員は「黒曜石を通して、当時の人の動きや文化を結ぶルートが明らかになれば、と思っている。今後の分析で豊糠8遺跡から出土した黒曜石の産地も特定していきたい」としている。

 擦文時代の小刀「刀子(とうす)」のような鉄製品も約10点見つかった。ナイフ状などの原形をとどめているものが4点あり、今後、エックス線撮影で本来の形を確認し、さびを落として鉄の成分分析などを行う予定。1994年に発掘された町二風谷のカンカン2遺跡から出土した鉄製品は、成分分析の結果から、東北地方が原産だと確認されている。森岡学芸員は「道内に限らず、北からも南からも文化の交流があったことは明らか」と話している。

 ■集落の形跡なく

 豊糠8遺跡からは墓や住居跡、火をおこして使ったような集落の形跡が一切見つかっていないのも特徴の一つ。森岡学芸員は「集落があったとしても、土地の性格上、すでに崩落してしまった可能性もある」とする。川が氾濫すると水没の危険がある場所のため、居住には適さず、近くの高台の安定した土地に集落があったのではないかとの見方だ。

 豊糠8遺跡については、町教委が来年度、出土品についての調査・分析を終え、報告書をまとめる予定。併せて保存作業も行い、将来的には展示・公開していく考えだ。(田鍋里奈)


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 ・まさのあつこさんの政策エッセイ
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映画「ダムネーション」近日公開



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 両遺跡の発掘にあたった沙流川歴史館の森岡健治学芸員によると、同時代の堂林式土器と黒曜石は厚真町内の遺跡でも発掘されているという。森岡学芸員は「黒曜石を通して、当時の人の動きや文化を結ぶルートが明らかになれば、と思っている。今後の分析で豊糠8遺跡から出土した黒曜石の産地も特定していきたい」としている。

 擦文時代の小刀「刀子(とうす)」のような鉄製品も約10点見つかった。ナイフ状などの原形をとどめているものが4点あり、今後、エックス線撮影で本来の形を確認し、さびを落として鉄の成分分析などを行う予定。1994年に発掘された町二風谷のカンカン2遺跡から出土した鉄製品は、成分分析の結果から、東北地方が原産だと確認されている。森岡学芸員は「道内に限らず、北からも南からも文化の交流があったことは明らか」と話している。

 ■集落の形跡なく

 豊糠8遺跡からは墓や住居跡、火をおこして使ったような集落の形跡が一切見つかっていないのも特徴の一つ。森岡学芸員は「集落があったとしても、土地の性格上、すでに崩落してしまった可能性もある」とする。川が氾濫すると水没の危険がある場所のため、居住には適さず、近くの高台の安定した土地に集落があったのではないかとの見方だ。

 豊糠8遺跡については、町教委が来年度、出土品についての調査・分析を終え、報告書をまとめる予定。併せて保存作業も行い、将来的には展示・公開していく考えだ。(田鍋里奈)


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【2014/10/27 12:28】 | 各地のダム情報
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