「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
             嶋津 暉之

台風11号の豪雨で徳島県の長安口(ながやすぐち)ダムの能力を超える雨が降りました。
この記事に登場する専門家は「放流判断は妥当」と言っていますが、本当にそうでしょうか。
「昔は雨水の量で洪水が予想できたが、ダムができてから放流で水が一気に流れてくるため予想ができない」という住民の声もあります。

◆豪雨、ダム能力超える 専門家「放流判断は妥当」
(朝日新聞徳島版2014年8月13日)
http://digital.asahi.com/articles/ASG8C53LKG8CPUTB00J.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG8C53LKG8CPUTB00J

 台風11号の猛烈な雨で、那賀川下流の阿南市や那賀町の広範囲が浸水した原因は、上流で洪水を防ぐはずの長安口(ながやすぐち)ダムの能力を降雨量が上回り、大量の水が放流されたことだった。ダムの存在に疑問を示す住民もいる一方、放流の判断は妥当で、死者が出なかったのは避難が的確だったから、と専門家は評価する。

 長安口ダムは通常は一定量を貯水。洪水が予測される時は前もって放流で水位を下げ、流れ込む大量の水をダムにためる。だが、今回は「ダムの調整能力を超える雨が降ったため、浸水被害につながった」と県河川振興課は説明する。
 同課によると、台風12号が近づいた1日午後11時10分、洪水に備えて放流を開始。台風12号の雨がやんだ後も、台風11号による洪水を防ぐために水位を下げる対応を続けた。

 台風11号の雨で流入量が毎秒約2500トンと大量になった10日午前0時17分、洪水を防ぐために放流量を減らす調節を始めた。その後、水位は上がり続け、ダム決壊の危険のある222・7メートルに。10日午前4時20分には、流入した分をそのまま放流する「ただし書き操作」を開始した。

 最大で通常時の200倍近い毎秒5419トンを放流した結果、下流で水があふれ、那賀町役場周辺や阿南市の加茂谷中学校周辺で計800棟以上が浸水した。

 ダムを管理する国土交通省の那賀川河川事務所によると、上流の同町海川で1日からの総降雨量は1700ミリを超え、下流の古庄水位観測所では観測史上最高の8メートルを記録。那賀町では水害を防ぐための堤防の工事中だったが、未完成の部分から氾濫(はんらん)が広がったという。

 また、事前にダムの水位を極端に下げれば、洪水が防げるわけではない、と県河川振興課の担当者はいう。放流口より水位が低ければ放流で水位の調節ができないため、「調整可能な水位を維持するのが一般的」。長安口ダムは、洪水防止の機能を高めるため、昨年から改造工事を実施しているが、今回の台風には完成が間に合わなかった。

 ダムの決壊を回避するため、放流の判断は間違っていなかった、と話すのは徳島大学環境防災研究センターの中野晋副センター長。「これだけの浸水被害で死者を出さなかったことも素晴らしい」と自治体や地域住民の対応も評価する。

 台風が去った翌日の11日、中野さんが那賀町で調査したところ、住民はケーブルテレビなどでダムの放流量をチェックし、早めに住宅の2階などに避難した例が多かった、という。

 「今回の豪雨は数十年に一回の規模。この経験を他でも生かさねばならない」と中野さんはいう。(山崎啓介)

■水が一気、洪水予想できない 住民

 那賀町和食郷の延勝候さん(76)と敬子さん(72)夫妻。3階建ての自宅の2階で寝ていた10日午前3時ごろ、ダムの放流と那賀川の増水に注意を呼びかける町の防災無線で目覚めた。

 消防団員に避難を促されたが「2階に水は来ない」と断った。午前5時半ごろ、2階の玄関へ通じる屋外階段がほぼ水没。携帯電話を持ち3階に避難した。

 夜が明けると、周りも浸水していた。「えらいことや」「ここまでつかるんは初めてじゃ」。放流量を知ろうにも停電でテレビは映らず、友人に電話で聞いて水が引くのを待った。

 地区は繰り返し、洪水に襲われている。勝候さんら住民は1971年の水害時、ダムの放流の判断をめぐって訴訟を起こし、98年に最高裁で棄却された。

 昔は雨水の量で洪水が予想できたが、ダムができてから放流で水が一気に流れてくるため予想ができない、と勝候さんはこぼす。

 同町内の特別養護老人ホーム「水の花荘」は1階が浸水した10日午前4時、63人の利用者がいたが、2階に避難して無事だった。

 午前3時ごろ、那賀川河川事務所からダムの放流開始の知らせを受けて移動を始め、約30分で完了。年に数回行っている避難訓練が生きたという。杉本直樹理事長(73)は「かつてない大雨で、ダムの放流は仕方ない。けが人を出さず乗り切れてよかった」と話した。(渡辺元史)


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 同課によると、台風12号が近づいた1日午後11時10分、洪水に備えて放流を開始。台風12号の雨がやんだ後も、台風11号による洪水を防ぐために水位を下げる対応を続けた。

 台風11号の雨で流入量が毎秒約2500トンと大量になった10日午前0時17分、洪水を防ぐために放流量を減らす調節を始めた。その後、水位は上がり続け、ダム決壊の危険のある222・7メートルに。10日午前4時20分には、流入した分をそのまま放流する「ただし書き操作」を開始した。

 最大で通常時の200倍近い毎秒5419トンを放流した結果、下流で水があふれ、那賀町役場周辺や阿南市の加茂谷中学校周辺で計800棟以上が浸水した。

 ダムを管理する国土交通省の那賀川河川事務所によると、上流の同町海川で1日からの総降雨量は1700ミリを超え、下流の古庄水位観測所では観測史上最高の8メートルを記録。那賀町では水害を防ぐための堤防の工事中だったが、未完成の部分から氾濫(はんらん)が広がったという。

 また、事前にダムの水位を極端に下げれば、洪水が防げるわけではない、と県河川振興課の担当者はいう。放流口より水位が低ければ放流で水位の調節ができないため、「調整可能な水位を維持するのが一般的」。長安口ダムは、洪水防止の機能を高めるため、昨年から改造工事を実施しているが、今回の台風には完成が間に合わなかった。

 ダムの決壊を回避するため、放流の判断は間違っていなかった、と話すのは徳島大学環境防災研究センターの中野晋副センター長。「これだけの浸水被害で死者を出さなかったことも素晴らしい」と自治体や地域住民の対応も評価する。

 台風が去った翌日の11日、中野さんが那賀町で調査したところ、住民はケーブルテレビなどでダムの放流量をチェックし、早めに住宅の2階などに避難した例が多かった、という。

 「今回の豪雨は数十年に一回の規模。この経験を他でも生かさねばならない」と中野さんはいう。(山崎啓介)

■水が一気、洪水予想できない 住民

 那賀町和食郷の延勝候さん(76)と敬子さん(72)夫妻。3階建ての自宅の2階で寝ていた10日午前3時ごろ、ダムの放流と那賀川の増水に注意を呼びかける町の防災無線で目覚めた。

 消防団員に避難を促されたが「2階に水は来ない」と断った。午前5時半ごろ、2階の玄関へ通じる屋外階段がほぼ水没。携帯電話を持ち3階に避難した。

 夜が明けると、周りも浸水していた。「えらいことや」「ここまでつかるんは初めてじゃ」。放流量を知ろうにも停電でテレビは映らず、友人に電話で聞いて水が引くのを待った。

 地区は繰り返し、洪水に襲われている。勝候さんら住民は1971年の水害時、ダムの放流の判断をめぐって訴訟を起こし、98年に最高裁で棄却された。

 昔は雨水の量で洪水が予想できたが、ダムができてから放流で水が一気に流れてくるため予想ができない、と勝候さんはこぼす。

 同町内の特別養護老人ホーム「水の花荘」は1階が浸水した10日午前4時、63人の利用者がいたが、2階に避難して無事だった。

 午前3時ごろ、那賀川河川事務所からダムの放流開始の知らせを受けて移動を始め、約30分で完了。年に数回行っている避難訓練が生きたという。杉本直樹理事長(73)は「かつてない大雨で、ダムの放流は仕方ない。けが人を出さず乗り切れてよかった」と話した。(渡辺元史)

【2014/08/14 22:08】 | 各地のダム情報
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