「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
            嶋津 暉之

新しい「王湯会館」は7月5日、約500メートル離れたところで開館すると書かれていますが、約500メートルは直線距離であって、歩いていくと、約1キロメートルあります。

◆惜別の湯けむり 川原湯温泉の「王湯」きょう閉館
(東京新聞群馬版 2014年6月30日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20140630/CK2014063002000152.html

長野原町の八ッ場(やんば)ダム建設工事に伴い、「湯かけ祭り」で知られる同町川原湯の川原湯温泉にある共同浴場「王湯」が三十日で閉館する。

将来、温泉街はダム湖の底に沈む。王湯は温泉街のシンボルだっただけに、地元住民や観光客の間で惜しむ声が広まっている。 
(山岸隆)

 湯かけ祭りは約四百年前から続く奇祭。厳寒の冬の未明、ふんどし姿の男たちが王湯を舞台に湯を掛け合う。

 王湯は近くの高台の代替地に内湯と露天風呂がある「王湯会館」として移設され、七月五日午後一時に開業する。湯かけ祭りは来年以降、同会館前の広場が会場となる。

 現在の王湯の営業は三十日午後六時まで。地元の美才治章区長(67)は「今の王湯は子どものころから慣れ親しんできた施設なので、寂しい思いも強い。露天風呂からダム湖を見ながら入浴できる新施設も楽しみで、多くの観光客に来てもらいたい」と話している。

 八ッ場ダムは、二〇一九年度の完成を目標に本体工事に向けた関連工事や住民の生活再建事業が進み、八月にダム本体工事の落札者を決定し、十月にも着工する見通し。二十五日には太田昭宏国土交通相が就任後初めて建設予定地を視察した。  


◆川原湯温泉:共同浴場「王湯」閉館 移設の会館で再開へ
(毎日新聞 2014年06月30日 21時53分)
http://mainichi.jp/select/news/20140701k0000m040110000c.html?inb=ra
 群馬県長野原町の川原湯温泉で、約400年前から大寒の伝統行事「湯かけ祭り」の舞台になってきた共同浴場「王湯」が30日、1967年に建てられた現在の施設での営業を終了した。

八ッ場ダム建設に伴い水没するためで、約30メートル高台に移設した「王湯会館」で7月5日に営業を再開する。湯かけ祭りは来年以降、会館前の広場で開く。

 ダムの本体工事は今秋着工し、2019年度完成を目標にしている。王湯を管理する地元・川原湯区の美才治(びさいじ)章区長(67)は「今までは感じなかったけど、やっぱり寂しい。新しい会館は温泉街の新しいシンボルとして多くの人に親しまれてほしい」と話した。【角田直哉】


◆八ッ場ダムに沈む温泉共同浴場 歴史に幕
(NHK 2014年7月1日 4時51分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140701/k10015636321000.html

群馬県の八ッ場ダムの建設に伴い、水没する地域にある温泉の共同浴場が30日、最後の営業を終え50年近くの歴史に幕を下ろしました。

営業を終えたのは、群馬県長野原町にある川原湯温泉の共同浴場、「王湯」です。
川原湯温泉は、源頼朝が発見したという言い伝えがあり、源泉のそばにある共同浴場は古くから地元の人や観光客に親しまれてきました。
しかし、八ッ場ダムの建設に伴って地域が水没するため、高台に移転することになり、およそ50年続いた現在の場所での営業は最後を迎えました。
30日は長く親しんできた地元の人や観光客が訪れ、新緑の景色を眺めながら最後のお湯を楽しみました。
そして午後6時に玄関に掲げられた木の看板が外され、最後の営業を終えました。
埼玉県から訪れた72歳の男性は、「本当に気持ちのいい温泉です。最後なのでお湯が体中にしみわたるほど浸かっていたいです」と話していました。
川原湯温泉協会の樋田省三会長は、「さみしい気持ちはあるが、移転先で新しい川原湯温泉を作っていくためのスタートにしたい」と話していました。
新たな共同浴場は500メートルほど離れた高台に今月5日にオープンする予定です。


◆王湯、長い歴史に幕 八ツ場ダム建設で水没
(朝日新聞 2014年7月1日)
http://digital.asahi.com/articles/ASG6Z5JY4G6ZUHNB00Q.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG6Z5JY4G6ZUHNB00Q

 八ツ場(やんば)ダム建設に伴って水没する川原湯温泉(長野原町川原湯)の共同浴場「王湯」が30日、閉館した。最終日には県内外から約170人が「入り納め」に訪れた。

 源頼朝が発見したという言い伝えがある王湯。午後5時半すぎ、従業員の清水晴美さんは「営業中」のプレートを「本日は終了しました」に裏返し、「お世話になりました」。

閉館の午後6時を回っても、客はなかなか出てこない。「最後まで惜しんでくれる人たちがいる。新しい施設でも変わらずにお迎えしたい」

 木彫りの「王湯」の看板も外された。「いつ誰が彫ったのか、実は誰も分からない」と川原湯温泉協会の幹部。新施設に展示するという。

 千葉県我孫子市の会社員石田俊喜さん(32)は午前中、インターネットで閉鎖を知り、「行かなきゃ」と急きょ準備。

電車で約3時間かけて駆けつけた。初めて訪れたのは5年ほど前。今回が4回目だったという。「渓谷の景色を眺めていると、本当にダムなんて必要なのかなと感じる。前向きな気持ちで、新しい施設も訪ねてみたいです」

 王湯を引き継ぐ「王湯会館」は7月5日、約500メートル離れ、約30メートル高台の打越代替地に開館する。当日は午後0時半から開館の式典があり、同1時から一般客を受け入れる。先着250人に特製の入浴剤とうちわ、手ぬぐいを贈る。(藤田太郎)


◆「寂しいね」 王湯会館閉館
(読売新聞群馬版2014年07月01日)
http://www.yomiuri.co.jp/local/gunma/news/20140630-OYTNT50486.html

 八ッ場ダム(長野原町)の建設に伴って水没する川原湯温泉の共同浴場「王湯会館」(1967年建設)が30日、多くのファンに惜しまれながら閉館した。

 この日は、朝から167人の入浴客が訪れた。新潟県長岡市の高野敦雄さん(60)は「50年以上前から通っているが、建物の造りも、湯につかりながら見る渓谷美も素晴らしかった。閉館は残念」と話した。

 営業は午後6時に終わり、川原湯温泉協会長の樋田省三さん(49)と川原湯区長の美才治章さん(67)が、正面入り口に掲げられた「王湯」の看板を外した。樋田さんらは「やっぱり寂しいね」と語り合い、入浴客が記念写真を撮影していた。

 新しい王湯会館は約30メートル高台の代替地で、5日午後1時にオープンする。初日は、先着250人に手ぬぐいや入浴剤などの記念品が配られる。


◆王湯:最後の営業 「閉館、とても寂しい」 多くのファンに愛され /群馬
(毎日新聞群馬版 2014年07月01日)
http://mainichi.jp/area/gunma/news/20140701ddlk10040191000c.html

 「地元住民にとって特別な思い入れのある『王湯』が閉館するのはとても淋しい気持ちでいっぱいです」

 30日に営業を終了した長野原町川原湯温泉の共同浴場「王湯」の前に、お礼文が張られていた。800年以上前に源頼朝が発見したとされる名湯。吾妻峡の中にひっそりとたたずむ川原湯温泉の象徴は、地元住民だけでなく県内外の多くのファンからも愛されてきた。

 八ッ場ダムの湖底に沈むことになり、最後の営業日となった30日は167人が訪れた。受付の女性は「閉館が決まってからは、地元だけでなく県外からのお客さんも一気に増えました」と振り返る。

子供のころから訪れているという新潟県長岡市の高野敦雄さん(60)は「泉質の良さはもちろん、外を見れば、季節ごとに新緑や紅葉の森を見ることができ、情緒にあふれた温泉だった。本当に名残惜しい」とシャッターを切った。

東京都調布市の自営業、柳沢英樹さん(42)は片道3時間以上かけて3カ月に1度のペースで通い続けた。「来る度に温泉街の風景がどんどん変わり、スピードの速さに驚いた。閉館は残念だが、新しい場所でどんな再スタートを切るのか、期待したい部分もある」

 午後6時、最後の客が帰り、半世紀近い浴場の歴史は幕を閉じた。入り口の看板を外した地元・川原湯区の美才治章区長(67)が、ぽつりとつぶやいた。「子供のころから慣れ親しんだ場所がなくなるのはやっぱり寂しいね」
【角田直哉】


◆水没地区で最後の営業 川原湯象徴する共同浴場
(上毛新聞 2014年7月1日(火) )
http://www.raijin.com/ns/3314041409167505/news.html

 長野原町の川原湯温泉で約400年前から続く奇祭「湯かけ祭り」の会場として親しまれた共同浴場「王湯」が30日、営業を終了した。

 平日にもかかわらず、多くの観光客が訪れ、現在地での最後の湯を満喫するとともに、別れを惜しんだ。八ツ場ダム建設に伴い、新しい王湯会館は約30メートル高い代替地に移転、すでに完成しており、7月5日に開業する。


◆情ある浴室で“最後の湯” 川原湯温泉の「王湯」閉鎖 群馬
(産経新聞2014年 7月1日(火))
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140701-00000045-san-l10

川原湯(かわらゆ)温泉(長野原町)の立ち寄り湯として広く親しまれ、毎年1月20日の「湯かけ祭り」の会場でもあった「王湯」が30日、現在の場所での営業を終えた。

今秋に開始予定の八ツ場ダム本体工事で温泉街全体がダム湖底に沈むためで、地元住民や県内外から訪れた観光客らが風情ある浴室で“最後の湯”を楽しんだ。(橋爪一彦)


王湯は、約800年前に源頼朝が発見したとされ、正面には頼朝にちなみ、源氏の家紋である笹竜胆(ささりんどう)が掲げられている。400年の歴史を持つ伝統の「湯かけ祭り」も王湯の温泉を使って行われてきた。

昭和43年に古い平屋建てから建て替えた現在の建物は木造2階建て。内湯と露天風呂が、それぞれ男女用に設けられているほか、休憩室もある。

最終日の30日。最後の湯につかろうと開業30分前の午前9時半には観光客らが列を作り、入り口脇には「御礼」の紙が張り出された。

王湯の従業員、中嶋けい子さん(61)は「2~3週間前から利用客が増え始め、日曜日は約330人が王湯を訪れた。関西から来たお客さまもいて、いよいよ最後なんだなと実感します」と話した。

埼玉県所沢市の建築業、横島利夫さん(61)は、「静かで風情があるお気に入りの温泉。リラックスできるので車で2時間かけても来ていた。閉鎖と聞いて本当に残念」と話す。

同町打越地区の酒店経営、篠原ヒサさん(84)も「子供の頃から慣れ親しんだ王湯がなくなってしまうのは切ない。ダム建設で温泉街がなくなり、多くの住民が去っていった」と寂しそうに話した。

新たに作られる「王湯会館」が2月の大雪などの影響で完成が遅れたため、王湯の閉鎖も当初予定の3月から6月30日にずれ込んでいた。

王湯会館は7月5日午後0時半、打越代替地のダム湖を眼下に望む高台にオープンする。2階建てで内湯と露天風呂が男女用にそれぞれあり、2階は77平方メートルの休憩室。来年の「湯かけ祭り」も同会館で開催される予定だ。


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 群馬県長野原町の川原湯温泉で、約400年前から大寒の伝統行事「湯かけ祭り」の舞台になってきた共同浴場「王湯」が30日、1967年に建てられた現在の施設での営業を終了した。

八ッ場ダム建設に伴い水没するためで、約30メートル高台に移設した「王湯会館」で7月5日に営業を再開する。湯かけ祭りは来年以降、会館前の広場で開く。

 ダムの本体工事は今秋着工し、2019年度完成を目標にしている。王湯を管理する地元・川原湯区の美才治(びさいじ)章区長(67)は「今までは感じなかったけど、やっぱり寂しい。新しい会館は温泉街の新しいシンボルとして多くの人に親しまれてほしい」と話した。【角田直哉】


◆八ッ場ダムに沈む温泉共同浴場 歴史に幕
(NHK 2014年7月1日 4時51分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140701/k10015636321000.html

群馬県の八ッ場ダムの建設に伴い、水没する地域にある温泉の共同浴場が30日、最後の営業を終え50年近くの歴史に幕を下ろしました。

営業を終えたのは、群馬県長野原町にある川原湯温泉の共同浴場、「王湯」です。
川原湯温泉は、源頼朝が発見したという言い伝えがあり、源泉のそばにある共同浴場は古くから地元の人や観光客に親しまれてきました。
しかし、八ッ場ダムの建設に伴って地域が水没するため、高台に移転することになり、およそ50年続いた現在の場所での営業は最後を迎えました。
30日は長く親しんできた地元の人や観光客が訪れ、新緑の景色を眺めながら最後のお湯を楽しみました。
そして午後6時に玄関に掲げられた木の看板が外され、最後の営業を終えました。
埼玉県から訪れた72歳の男性は、「本当に気持ちのいい温泉です。最後なのでお湯が体中にしみわたるほど浸かっていたいです」と話していました。
川原湯温泉協会の樋田省三会長は、「さみしい気持ちはあるが、移転先で新しい川原湯温泉を作っていくためのスタートにしたい」と話していました。
新たな共同浴場は500メートルほど離れた高台に今月5日にオープンする予定です。


◆王湯、長い歴史に幕 八ツ場ダム建設で水没
(朝日新聞 2014年7月1日)
http://digital.asahi.com/articles/ASG6Z5JY4G6ZUHNB00Q.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG6Z5JY4G6ZUHNB00Q

 八ツ場(やんば)ダム建設に伴って水没する川原湯温泉(長野原町川原湯)の共同浴場「王湯」が30日、閉館した。最終日には県内外から約170人が「入り納め」に訪れた。

 源頼朝が発見したという言い伝えがある王湯。午後5時半すぎ、従業員の清水晴美さんは「営業中」のプレートを「本日は終了しました」に裏返し、「お世話になりました」。

閉館の午後6時を回っても、客はなかなか出てこない。「最後まで惜しんでくれる人たちがいる。新しい施設でも変わらずにお迎えしたい」

 木彫りの「王湯」の看板も外された。「いつ誰が彫ったのか、実は誰も分からない」と川原湯温泉協会の幹部。新施設に展示するという。

 千葉県我孫子市の会社員石田俊喜さん(32)は午前中、インターネットで閉鎖を知り、「行かなきゃ」と急きょ準備。

電車で約3時間かけて駆けつけた。初めて訪れたのは5年ほど前。今回が4回目だったという。「渓谷の景色を眺めていると、本当にダムなんて必要なのかなと感じる。前向きな気持ちで、新しい施設も訪ねてみたいです」

 王湯を引き継ぐ「王湯会館」は7月5日、約500メートル離れ、約30メートル高台の打越代替地に開館する。当日は午後0時半から開館の式典があり、同1時から一般客を受け入れる。先着250人に特製の入浴剤とうちわ、手ぬぐいを贈る。(藤田太郎)


◆「寂しいね」 王湯会館閉館
(読売新聞群馬版2014年07月01日)
http://www.yomiuri.co.jp/local/gunma/news/20140630-OYTNT50486.html

 八ッ場ダム(長野原町)の建設に伴って水没する川原湯温泉の共同浴場「王湯会館」(1967年建設)が30日、多くのファンに惜しまれながら閉館した。

 この日は、朝から167人の入浴客が訪れた。新潟県長岡市の高野敦雄さん(60)は「50年以上前から通っているが、建物の造りも、湯につかりながら見る渓谷美も素晴らしかった。閉館は残念」と話した。

 営業は午後6時に終わり、川原湯温泉協会長の樋田省三さん(49)と川原湯区長の美才治章さん(67)が、正面入り口に掲げられた「王湯」の看板を外した。樋田さんらは「やっぱり寂しいね」と語り合い、入浴客が記念写真を撮影していた。

 新しい王湯会館は約30メートル高台の代替地で、5日午後1時にオープンする。初日は、先着250人に手ぬぐいや入浴剤などの記念品が配られる。


◆王湯:最後の営業 「閉館、とても寂しい」 多くのファンに愛され /群馬
(毎日新聞群馬版 2014年07月01日)
http://mainichi.jp/area/gunma/news/20140701ddlk10040191000c.html

 「地元住民にとって特別な思い入れのある『王湯』が閉館するのはとても淋しい気持ちでいっぱいです」

 30日に営業を終了した長野原町川原湯温泉の共同浴場「王湯」の前に、お礼文が張られていた。800年以上前に源頼朝が発見したとされる名湯。吾妻峡の中にひっそりとたたずむ川原湯温泉の象徴は、地元住民だけでなく県内外の多くのファンからも愛されてきた。

 八ッ場ダムの湖底に沈むことになり、最後の営業日となった30日は167人が訪れた。受付の女性は「閉館が決まってからは、地元だけでなく県外からのお客さんも一気に増えました」と振り返る。

子供のころから訪れているという新潟県長岡市の高野敦雄さん(60)は「泉質の良さはもちろん、外を見れば、季節ごとに新緑や紅葉の森を見ることができ、情緒にあふれた温泉だった。本当に名残惜しい」とシャッターを切った。

東京都調布市の自営業、柳沢英樹さん(42)は片道3時間以上かけて3カ月に1度のペースで通い続けた。「来る度に温泉街の風景がどんどん変わり、スピードの速さに驚いた。閉館は残念だが、新しい場所でどんな再スタートを切るのか、期待したい部分もある」

 午後6時、最後の客が帰り、半世紀近い浴場の歴史は幕を閉じた。入り口の看板を外した地元・川原湯区の美才治章区長(67)が、ぽつりとつぶやいた。「子供のころから慣れ親しんだ場所がなくなるのはやっぱり寂しいね」
【角田直哉】


◆水没地区で最後の営業 川原湯象徴する共同浴場
(上毛新聞 2014年7月1日(火) )
http://www.raijin.com/ns/3314041409167505/news.html

 長野原町の川原湯温泉で約400年前から続く奇祭「湯かけ祭り」の会場として親しまれた共同浴場「王湯」が30日、営業を終了した。

 平日にもかかわらず、多くの観光客が訪れ、現在地での最後の湯を満喫するとともに、別れを惜しんだ。八ツ場ダム建設に伴い、新しい王湯会館は約30メートル高い代替地に移転、すでに完成しており、7月5日に開業する。


◆情ある浴室で“最後の湯” 川原湯温泉の「王湯」閉鎖 群馬
(産経新聞2014年 7月1日(火))
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140701-00000045-san-l10

川原湯(かわらゆ)温泉(長野原町)の立ち寄り湯として広く親しまれ、毎年1月20日の「湯かけ祭り」の会場でもあった「王湯」が30日、現在の場所での営業を終えた。

今秋に開始予定の八ツ場ダム本体工事で温泉街全体がダム湖底に沈むためで、地元住民や県内外から訪れた観光客らが風情ある浴室で“最後の湯”を楽しんだ。(橋爪一彦)


王湯は、約800年前に源頼朝が発見したとされ、正面には頼朝にちなみ、源氏の家紋である笹竜胆(ささりんどう)が掲げられている。400年の歴史を持つ伝統の「湯かけ祭り」も王湯の温泉を使って行われてきた。

昭和43年に古い平屋建てから建て替えた現在の建物は木造2階建て。内湯と露天風呂が、それぞれ男女用に設けられているほか、休憩室もある。

最終日の30日。最後の湯につかろうと開業30分前の午前9時半には観光客らが列を作り、入り口脇には「御礼」の紙が張り出された。

王湯の従業員、中嶋けい子さん(61)は「2~3週間前から利用客が増え始め、日曜日は約330人が王湯を訪れた。関西から来たお客さまもいて、いよいよ最後なんだなと実感します」と話した。

埼玉県所沢市の建築業、横島利夫さん(61)は、「静かで風情があるお気に入りの温泉。リラックスできるので車で2時間かけても来ていた。閉鎖と聞いて本当に残念」と話す。

同町打越地区の酒店経営、篠原ヒサさん(84)も「子供の頃から慣れ親しんだ王湯がなくなってしまうのは切ない。ダム建設で温泉街がなくなり、多くの住民が去っていった」と寂しそうに話した。

新たに作られる「王湯会館」が2月の大雪などの影響で完成が遅れたため、王湯の閉鎖も当初予定の3月から6月30日にずれ込んでいた。

王湯会館は7月5日午後0時半、打越代替地のダム湖を眼下に望む高台にオープンする。2階建てで内湯と露天風呂が男女用にそれぞれあり、2階は77平方メートルの休憩室。来年の「湯かけ祭り」も同会館で開催される予定だ。

【2014/07/01 22:58】 | 新聞記事から
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