「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
               嶋津 暉之

東京新聞に柳美里さんの八ツ場、福島の取材に同行した記事が掲載されています。
柳さんがどのような作品を書かれるのか、楽しみです。

なお、八ツ場ダムをめぐる経過で「国は計画をたびたび変更し、今は15年度完成を目指す。」となっていますが、国土交通大臣がダム本体工事着手してから完成まで7年かかると答弁していますので、2015年度完成の計画はすでに破綻しています。

◆ダム、原発 痛みに寄り添う 柳美里さん 八ツ場、福島を取材
(東京新聞社会面 2013年3月17日 朝刊) 
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013031702000107.html

「何が奪われ、何を失おうとしているのか」。作家の柳美里(ゆうみり)さん(44)が東日本大震災以降、福島県と、群馬県長野原町の八ッ場(やんば)ダムの水没予定地に足を運び続けている。

東京電力の福島第一原発事故で汚染された地域とダムで水没していく地域。国策に翻弄(ほんろう)される住民たちに寄り添い、「ダムと原発」をテーマにしたノンフィクション作品を書く計画だ。柳さんの群馬取材に同行した。 (伊藤弘喜)

かつて八ッ場ダム反対運動の中心人物だった一人で、町内の病院に入院中の篠原政信さん(84)に柳さんが率直に尋ねる。「ダム反対をあきらめたのはいつですか」。

ベッドから起き上がった篠原さんは「四~五年前かな。ダムに賛成したんじゃねぇんだ。土地の人に協力したんだ」。「まだあきらめていないですか」。柳さんが重ねると篠原さんは「もう忘れたいよ」。

今月初旬。柳さんにとって六回目の長野原町取材だった。東日本大震災後から通い始め、過去五回は吾妻渓谷や水没予定地の代替地などを息子、丈陽君(13)と歩いた。住民からじっくり話を聞くのはこの時が初めてだった。三日間で十人以上の話を聞いた。

ダム建設に賛成している元町議で自動車修理業の篠原箭(すすむ)さん(66)の事務所へ。「ダムができれば(関連事業で)便利になりますか」と聞くと、篠原さんは「ダムを造ろうが造るまいがここは自然消滅しちゃう。ダム計画を白紙に戻しても何にもねぇんだよ」とまくしたてた。

水没予定地で牛乳製造販売業を営む慎重派の豊田武夫さん(61)も訪ねた。豊田さんがダムができた場合の周辺の地滑りや水害の不安を口にすると、柳さんは福島県での取材先の一つ只見ダムに触れた。


「一昨年と三十年前に水害があり『ダムのせいだ』とも言われている。期待のダム観光も最初だけ。只見の人たちは補償金以外の町づくりや安全をちゃんと考えなかったことを悔やんでいます」。

只見ダムの近くで生まれ育った母からダムで水没した集落の話を聞いていた。ダム取材を始めるきっかけだった。

柳さんの福島通いは二〇一一年四月から。浪江町や富岡町が放射能汚染で警戒区域に指定され立ち入りができなくなる前日、いても立ってもいられず現地入りした。

翌年三月から、市の南部が警戒区域となった南相馬市にできた臨時災害放送局「南相馬ひばりFM」の番組に出演。市民たちから街に伝わる伝統芸能の話や、市民生活の話を聞いている。出演は五十回を超えた。


長野原町に同行取材した時、柳さんはあまりメモを取らなかった。じっと耳を傾けている。取材では必ず「(土地に住んでから)先祖は何代までさかのぼりますか」と聞く。綿々と続いてきた暮らしが、ダムや原発事故で断ち切られることの意味に思いをはせていた。

柳さんは「祖先から何百年と続いた暮らしを福島の人たちは奪われた。ダムでふるさとが水没する人たちもそう。彼らの痛みにどう責任を持てるか。福島や八ッ場の人たちの痛みを自分の痛みのように感じられる物語を書きたい」と語った。
(一部引用)



☆★こちらもどうぞご覧下さい★☆

 ・「八ツ場あしたの会」ニュース
 ・「八ツ場ダムをストップさせる千葉の会」
 ・利根川流域市民委員会
 ・まさのあつこさんの政策エッセイ
 ・どうする、利根川? どうなる、利根川? どうする、私たち? Ⅱ
 


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今月初旬。柳さんにとって六回目の長野原町取材だった。東日本大震災後から通い始め、過去五回は吾妻渓谷や水没予定地の代替地などを息子、丈陽君(13)と歩いた。住民からじっくり話を聞くのはこの時が初めてだった。三日間で十人以上の話を聞いた。

ダム建設に賛成している元町議で自動車修理業の篠原箭(すすむ)さん(66)の事務所へ。「ダムができれば(関連事業で)便利になりますか」と聞くと、篠原さんは「ダムを造ろうが造るまいがここは自然消滅しちゃう。ダム計画を白紙に戻しても何にもねぇんだよ」とまくしたてた。

水没予定地で牛乳製造販売業を営む慎重派の豊田武夫さん(61)も訪ねた。豊田さんがダムができた場合の周辺の地滑りや水害の不安を口にすると、柳さんは福島県での取材先の一つ只見ダムに触れた。


「一昨年と三十年前に水害があり『ダムのせいだ』とも言われている。期待のダム観光も最初だけ。只見の人たちは補償金以外の町づくりや安全をちゃんと考えなかったことを悔やんでいます」。

只見ダムの近くで生まれ育った母からダムで水没した集落の話を聞いていた。ダム取材を始めるきっかけだった。

柳さんの福島通いは二〇一一年四月から。浪江町や富岡町が放射能汚染で警戒区域に指定され立ち入りができなくなる前日、いても立ってもいられず現地入りした。

翌年三月から、市の南部が警戒区域となった南相馬市にできた臨時災害放送局「南相馬ひばりFM」の番組に出演。市民たちから街に伝わる伝統芸能の話や、市民生活の話を聞いている。出演は五十回を超えた。


長野原町に同行取材した時、柳さんはあまりメモを取らなかった。じっと耳を傾けている。取材では必ず「(土地に住んでから)先祖は何代までさかのぼりますか」と聞く。綿々と続いてきた暮らしが、ダムや原発事故で断ち切られることの意味に思いをはせていた。

柳さんは「祖先から何百年と続いた暮らしを福島の人たちは奪われた。ダムでふるさとが水没する人たちもそう。彼らの痛みにどう責任を持てるか。福島や八ッ場の人たちの痛みを自分の痛みのように感じられる物語を書きたい」と語った。
(一部引用)



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【2013/03/18 02:12】 | 新聞記事から
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