「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
「石木川まもり隊」からのメールです。
 ↓↓↓
佐世保市では9月の定例市議会で決算審議がおこなわれます。
私は先日、27年度佐世保市水道事業の決算審議を傍聴してきました。
そこでわかったことは、
1.相変わらず水需要は減っているということ→4年前の需要予測はやっぱり大間違いだったということ。
2.にもかかわらず配水量が増えているのは漏水が増加したから。
という2点でした。
そこで、なぜ漏水は減るどころか増えているのか調べてみました。

そのことを、数日間にわけてブログ「石木川まもり隊」で連載しました。
関心のある方は、目を通して頂けますようご案内いたします。
http://blog.goo.ne.jp/hotaru392011

平成27年度佐世保市水道事業決算http://blog.goo.ne.jp/hotaru392011/d/20160915
佐世保市水道事業決算その2http://blog.goo.ne.jp/hotaru392011/d/20160916
佐世保の漏水、減るどころか増加?http://blog.goo.ne.jp/hotaru392011/d/20160917
佐世保水道「老朽化」の現実http://blog.goo.ne.jp/hotaru392011/d/20160918


【2016/09/29 02:16】 | 石木ダム
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長崎県と佐世保市が、東彼杵郡川棚町に計画している石木ダムとはどんな事業なのでしょうか。
佐世保水を考える会」が作った5分の動画でとてもわかりやすいです。


◇5分でわかる?石木ダム問題 - 石木川まもり隊
http://blog.goo.ne.jp/hotaru392011/e/abcd44ea58a7d95afa562b6c67c1e97a

ナレーションが少し早いので、お時間のある方は、
時々休止しながら、文字やグラフをじっくり見ていくと、ほんとにわかり易いです。

グラフと言えば、佐世保地区の取水量の折れ線グラフがでてきますが、
それについて、一言、おせっかいな補足をさせて頂きます。
2017年度の位置に「石木ダム完成予定年度」と書かれていますが、
これは水需要予測がたてられた当時の予定です。

体工事はおろか付替え道路工事さえ進まない現実に、
県は昨年(2015年)ようやく工期を変更し、佐世保市もそれを認めました。
現在の石木ダム完成予定年度は、2022年度です。

半世紀前に持ち上がった石木ダム計画は、
こうやって、ズルズルと先延ばしされてきましたが、どこまで延びることやら。
何十年も先延ばしにしてこられたということは、必要なかったという証では?
必要なかったものに、佐世保市はすでに120億円を費やしてしまいました。
あと233億円も費やします?

佐世保市民の皆さん、もう一度、この動画を見て考えてみませんか?

【2016/09/29 01:41】 | You Tube
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            嶋津 暉之

26日の群馬県議会で八ッ場ダム事業費増額案について質疑が行われました。
各会派から質問があったように、八ッ場ダムは今後、更なる事業費増額と工期延長が行われる可能性が十分にあります。

なお、この記事で「八ツ場ダムは・・・6月からダム本体のコンクリート打設に入っている」と書かれていますが、これは誤りです。
6月から打設が少し始まったのは本体のすそ野である減勢工の部分です。基礎岩盤の掘削で予想外の地質に遭遇したため、本体そのものの打設の時期は、明らかにされていません。

◆八ツ場増額「これが最後か」 県会一般質問、各会派から相次ぐ 群馬
(産経新聞 2016年9月27日(火))
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160927-00000033-san-l10

県議会第3回定例会の一般質問が26日、始まり、八ツ場ダム事業費を720億円増額する国の基本計画変更に各会派から質問が相次いだ。大沢正明知事は増額に対し意見を添えた同意案を提出しており議会の承認が得られるか注目される。

八ツ場ダムをめぐっては、平成13年の工期延長を始め16年に総事業費を約2110億円から約4600億円に増額するなど、国は4回、基本計画変更をしてきており、自民党の星名建市議員は「本当に、これ以上、増額や工期延長はないのか」とただした。
大沢知事は同意案提出の経緯を説明、「国からはさらなる工期延長の情報はなく、増額に関しても現時点で想定される増要因は全て考慮されている」とした。

一方、国の変更案では地すべり対策の対象箇所が11から6に減少。星名議員のほかリベラル群馬の角倉邦良議員も安全対策が万全なのか指摘した。上原幸彦県土整備部長は「専門家を交え国がボーリング調査や地下水を調べ対策が不要と判断した」と説明、「対策を確実に実施することで安全は確保できる」とした。

大沢知事は「全て国の言う通りにしてきたつもりはない。今後の増額問題にも県として意見はしっかりと述べていく」と強調した。

今回の増額によって県の負担は約33億8千万円増える見込み。八ツ場ダムは平成31年度の完成を目指し、6月からダム本体のコンクリート打設に入っている。


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【2016/09/29 01:31】 | 八ツ場情報
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              嶋津 暉之

2011年7月の新潟・福島豪雨による被害でJR只見線は会津川口-只見間で不通が続いています。
その復旧工事が約108億円になるという見通しをJR東日本が示しました。
この洪水で水位が異常に上昇して被害が拡大したのは、電源開発および東北電力の水力発電用ダムに原因があります。
特にダムの堆砂によって河床が大きく上昇してきたことに原因があると考えられます。
JR東日本は電源開発および東北電力の責任をなぜ問おうとしないのでしょうか。

◆只見線>復旧費108億円に増加 JR東試算
(河北新報 2016年9月25日(日)10時31分配信 )
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160925-00000001-khks-soci

<只見線>復旧費108億円に増加

 2011年7月の新潟・福島豪雨による被害で不通が続くJR只見線会津川口(福島県金山町)-只見間について、JR東日本は24日、復旧費が資材費高騰などで当初の約85億円から約108億円に膨らむとの見通しを県や地元自治体に示した。地元側は橋の一部工事で大幅に費用を圧縮できる可能性があるとし、JR東と県で再検討することになった。

 JR東は福島市であった只見線復興推進会議検討会で説明するとともに、あくまで代行バスの運行継続を主張。沿線自治体は「只見線は地域振興に不可欠」とし、前回の検討会で提案された線路などを自治体側が所有する「上下分離方式」による鉄路復旧を目指す考えを示した。
 JR東によると、復旧費の内訳は只見川に架かる4カ所の橋が計約85億円、軌道や信号設備などが計約23億円で、工期は約4年を見込む。13年5月の前回試算から3年以上たち、電気設備などの劣化が進んだことも工費拡大の理由という。

 県などは約52億円と試算された1カ所の橋について、上流のダムの管理方法見直しで河川流量が低下すれば、橋の高さを下げられるなどと主張。安全性を含めて再検討することになった。

 非公開の検討会で、沿線自治体は上下分離方式で生じる年間運営費約2億1000万円を負担しても復旧が必要との意向を確認。復旧費の一部負担をJR東に求めた。JR東は「復旧費を地域振興に回せる」と代行バスの利点を説明した。

 終了後、只見町の目黒吉久町長は「復旧こそが奥会津の地方創生に欠かせない」と強調。金山町の長谷川盛雄町長は「(復旧へ)一歩進んだと思っている。地元としても負担と覚悟が必要だ」と述べた。

 JR東の坂井究経営企画部長は「(赤字が続いていた)只見線には鉄道としての特性を期待できない」と話した。

只見線復旧費108億円 当初試算23億円上回る

(福島民報 2016年9月25日(日)10時22分配信) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160925-00000004-fminpo-l07


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【2016/09/29 00:40】 | 新聞記事から
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          嶋津 暉之
釧路湿原が天然のダムとして機能したという3週間前の記事です。

◆釧路湿原がダム、市街地浸水防いだ 自然の貯水効果で河川流量抑える
(北海道新聞2016/09/09 07:00)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/doto/1-0314071.html

8月中旬以降に相次いだ台風や前線に伴う大雨の影響で、釧路川水系の新釧路川で水位の高い状態が続いている。8日夕にようやく、河川氾濫の発生に注意を要する「氾濫注意水位」を下回った。河川管理者の釧路開発建設部によると、水位が大雨の降る以前のレベルに戻るには、なお1週間程度かかる見通し。高い水位が長引くのは、釧路湿原などが天然のダムとして、雨水を一時的に貯留し、その後で水が少しずつ河川に流れ出る釧路管内特有の事情が背景にある。

釧路開建によると、台風11号、10号や前線の影響に伴い、弟子屈町熊牛原野の雨量観測所では8月16~31日に約450ミリの降雨があった。釧路湿原を経た下流にある新釧路川の釧路市広里では22日に氾濫注意水位(標高2・6メートル)を超えた。ピークとなった24~25日の水位は標高4・0メートルを観測し、避難情報発表の目安となる避難判断水位(同5・0メートル)に迫った。9月8日午後6時現在で同2・59メートルとなり、17日ぶりに氾濫注意水位を下回った。

今回の大雨で、新釧路川沿いの河川敷にあるサッカー場などが水没する事態はなかった。ただ、新釧路川は水位上昇が他の河川に比べて遅い一方で、湿原にたまった水が、じわじわと流れ出るため、釧路開建では「水位が、標高1・5メートル程度の平時のレベルに戻るまでには、今後、大雨が降らなかったとしても1週間はかかる」と予想する。

釧路開建治水課では、8月下旬以降の降雨と河川流量のデータを分析した結果、激しい降水から3日ほど遅れて河川水位のピークが現れている点に着目。渡辺和好課長は「釧路湿原や屈斜路湖など上流部の湖の貯水機能によって河川流量が抑えられ、市街地に水が行くような大規模な氾濫が起きなかった」と説明し、遊水効果を評価する。

釧路開建は1980~2001年に、湿原の海側に堤防を築く大規模な治水工事を施した。この結果、釧路湿原内により多くの水をため込むことが可能となった。

釧路湿原のような自然のダムが存在しない地域では、人工的に遊水地をつくって貯水効果を高める動きも。道内では石狩川や千歳川で建設工事が進む。

気象庁が釧路・根室管内に設置した全26観測地点では、8月の月間降水量が観測史上最高だった。にもかかわらず他管内のような大規模な水害が起きなかったことに、釧路地方気象台の防災担当者は「集中的に雨が降ることが少なかったこともあるが、釧路湿原が果たす遊水効果の貢献は少なくない」と指摘する。(広田実)


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【2016/09/29 00:12】 | 新聞記事から
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           嶋津 暉之

今年4月の熊本地震で、九州電力の水力発電所「黒川第1発電所」の貯水槽が損壊して大量の水が流出して土砂崩れが発生し、そのふもとにある少なくとも民家9戸が泥流で被災し、うち1戸で住民2人が死亡しました。
この被害について九州電力は「引っ越し代」「借地料」として一部住民に「200万円」の金額を提示していました。
しかし、わずか200万円で何ができるというのでしょうか。
死者に対する償いをどうするつもりなのでしょうか。
九電の体質は大いに問題です。

◆熊本地震 九電、金銭支払い打診 黒川第1発電所
(毎日新聞2016年9月27日 09時00分)
http://mainichi.jp/articles/20160927/k00/00m/040/127000c

 熊本地震で九州電力の水力発電所「黒川第1発電所」(熊本県南阿蘇村立野)の貯水槽が損壊して大量の水が流出した問題を巡り、九電が発電所近くで発生した土砂崩れで住家被害を受けた住民に金銭の支払いを打診していたことが関係者への取材で分かった。

支払い名目を「引っ越し代」「借地料」として一部住民に「200万円」の金額を提示。水流出と土砂崩れの因果関係を認めた上での「補償」を求める住民らは困惑している。
<巨大地震、月の引力と関係か 大潮の日に多く>

 九電によると、4月16日の本震後、推定約1万トンの発電用水が流出。発電所近くの斜面で土砂崩れが発生し、そのふもとにある少なくとも民家9戸が泥流で被災し、うち1戸で住民の男性(当時69歳)と妻(同61歳)が死亡した。

 関係者によると、九電は被害を受けた住民たちが避難する仮設住宅などを回って個別に接触。一部に対して今月上旬、避難に伴う「引っ越し代」や被害家屋の状況を調べるための「借地代」として「200万円」の金額を提示した。

補償を求める住民からは「曖昧な名目の金銭の受け取りは難しい。意図を明確にしてほしい」との声が上がっている。

 九電は有識者による検討会で地震と斜面崩壊や貯水槽の損壊との因果関係を調べている。九電地域共生本部報道グループは取材に「金銭支払いや補償に関して現時点で決まっているものはなく、回答できかねる」と答えた。【中里顕】

 立命館大法科大学院の吉村良一教授(損害賠償法)の話 因果関係や法的責任が特定されていない段階で企業が住民に金銭を支払うのは、過去に石綿被害などで例がある。ただ、支払うに当たって企業は「これで原因究明や補償が終わりではない」と明確にし、住民側もそれを確認するなどの慎重な対応が必要だ。


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【2016/09/28 23:53】 | 新聞記事から
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              嶋津 暉之

9月11日に東京水道橋でシンポジウム「ウナギが生きる川を取り戻す」が開かれました。

◆9月11日(日)「ウナギが生きる川を取り戻す  ~ウナギと河川環境の問題を考えるシンポジウム~」
水源連
http://suigenren.jp/news/2016/08/31/8594/

日本養殖新聞にシンポジウムの内容を紹介する記事が載りました。
2016-09-22_10h52_36.jpg

「八ッ場あしたの会」のサイトに詳しい報告が載っています。
◆利根川の未来を考えるカムバック・ウナギ・プロジェクト |
https://is.gd/dpJ24g


シンポジウムとは別ですが環境省がニホンウナギが住みやすい川の保全指針をまとめるそうです。

◆ニホンウナギ住みやすい川へ保全指針を 環境省が検討会
(朝日新聞2016年9月18日10時33分)
http://digital.asahi.com/articles/ASJ9H753QJ9HULBJ01T.html?rm=218

 環境省は16日、絶滅のおそれがあるニホンウナギの保全に向けた検討会を立ち上げた。自治体や漁業者、市民団体などがウナギがすみやすい環境づくりを目指すための指針を年度内にまとめる。
海からさかのぼりやすく、隠れ場所も多い河川環境を守るのが狙いだ。
 国際自然保護連合(IUCN)は2014年、ニホンウナギを絶滅が危ぶまれる生き物のレッドリストに追加。養殖ウナギも稚魚は天然で、取りすぎや生息環境の悪化が指摘され、日本に厳しい目が向けられた。

 そこで環境省は14~15年度、関東平野を流れる利根川や静岡・神奈川県を流れる酒匂川、福岡県の西郷川など6河川でニホンウナギの現状を調査。

ウナギは海と川の間を回遊するが、川を横切る堰(せき)ができて上流にさかのぼりにくくなったり、護岸工事で隠れ場所やえさ場が減ったりしたことがわかった。

 調査をもとに海と川、ため池や水田の間を行き来しやすく、隠れ場所やえさ場が豊富にあるような、ウナギに好ましい河川環境を守ったり再生したりすることを目指す。

日本が大量に輸入してきたヨーロッパウナギは絶滅のおそれからすでに09年に国際取引が規制され、ニホンウナギも対応が求められている。


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【2016/09/23 02:08】 | シンポジウム
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              嶋津 暉之

昨年9月、鬼怒川からの溢水で自宅が全壊し、今も一室のみの生活を強いられ、国の責任を追及している常総市若宮戸地区の逆井正夫さんに焦点を当てた報知の記事を紹介します。

◆常総水害から1年、いまだ土間状態…支援金足りず
(スポーツ報知 2016年9月13日)
http://www.hochi.co.jp/topics/20160912-OHT1T50183.html

鬼怒川が決壊した関東・東北豪雨による水害の発生から10日で1年を迎えた。茨城県常総市は住民6223人が避難し、6001件の家屋が被災(全壊、大規模半壊、半壊、床下浸水)した。生活の基盤を奪われた被災者たちには、平穏な日々が戻ったのだろうか。越水により自宅が全壊し、国への責任追及を検討している同市若宮戸地区の逆井(さかさい)正夫さん(68)を訪ねた。(甲斐 毅彦)

 逆井さんは全壊した平屋の3DKのうち、6畳の一室のみを改修して暮らしている。部屋は水浸しとなった畳をどかし、板張りとなった上に雑然と物が置かれていた。「こんなのを見られると恥ずかしいよ」と言いながらふすまを開けると、隣室の6畳間は、押し寄せたがれきは片づけられているものの、いまだに土間のような状態だった。

 建物には12か所に穴が空き、コンクリートの土台も損傷したまま。被災者生活再建支援制度に基づく支援金が300万円弱、支給されたが「家を建て替えて元の生活に戻るにはこれでは全然足りない」と首を横に振った。
 逆井さんが隣接する坂東市から妻子を連れて鬼怒川左岸の若宮戸に引っ越したのは、隣のつくば市で万博が行われた1985年。「若宮戸は高台なので川があふれても大丈夫」が当時の住民たちの共通認識だった。その後、1女1男はそれぞれ独立し、妻・幸子さんは2013年11月にがんで60歳の若さで亡くなった。妻を偲(しの)びながら一人で静かに年金暮らしをしている時に越水に見舞われた。

 豪雨に見舞われた昨年9月10日午前2時過ぎ、警報を聞いて南東約3キロの市立豊田小学校に避難。「これだけは流されるわけにいかない」と慌ててリュックに入れたのは幸子さんのお骨だけだった。水が引いた翌11日の夕方、がれきに囲まれて損壊している自宅を見てがく然とした。趣味だった10台以上の高級カメラや幸子さんが買ってくれたオーディオセットはすべて泥まみれ。家族の思い出の写真や約400冊の本は流されてしまった。

 越水したのは、民間業者が自然堤防を掘削してソーラーパネルを設置した地点からだった。以前から危険を予感していた逆井さんは複数回にわたって国交省に対策を要請していたが、そこは国が管轄する河川区域ではなく、業者が用地買収した私有地であるとの理由で受け入れられなかった。逆井さんら住民の要請を受けて、災害発生の約2か月前には大型土のうが積み上げられていたが、越水は防げなかった。

 「業者の責任だ」。そう思った逆井さんは、内閣府をはじめ関係諸機関に告発文を送り、被災した約250人を集めて被害者の会を結成。しかし年明けの1月下旬に国交省関東地方整備局が発表した被災状況の調査結果は、自然堤防の掘削がなくても越水は防げなかった、とするものだった。業者の責任を問うことはできなくなってしまった。

 逆井さんは法律や水害の専門家と相談して、水害の危険を長年放置してきた国を訴えることを検討している。しかし、国の河川管理責任を問うた過去の水害訴訟の最高裁判決(1984年の大東水害訴訟判決)では、改修を行わなかったことで、国の責任は問えないものと判示されている。

 逆井さんは「法律のことはよく分からないし、裁判をすればすごくお金もかかる。でも泣き寝入りしてしまっては妻も浮かばれない」と諦めてはいない。しかし、行動のための労力や費用…。知れば知るほど困難であることを思い知らされる。


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【2016/09/23 01:54】 | 新聞記事から
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           嶋津 暉之

昨年9月の台風18号では鬼怒川下流部で堤防が決壊し、常総市を中心に凄まじい被害を受けました。
鬼怒川水害は深い傷跡を残しています。
被災地の現状をとらえた東京新聞茨城版の連載記事2016年9月13~15日(上)(中)(下)を紹介します。

◆常総はいま 鬼怒川決壊1年(上) 「みなし仮設」適用残り1年
(東京新聞茨城版 2016年9月13日)

「みんな戻ってきてほしいからね。空き地のままでは寂しい」。鬼怒川の決壊現場で十世帯の住宅が流されたり傾いたりして、広い更地になったままの常総市三坂町の上三坂地区。八月下旬の夕方、雑草が生い茂らないよう、区長の秋森二郎さん(69)が一人で除草剤をまいていた。

 自宅を失い、市内のみなし仮設住宅で暮らす前区長の渡辺操さん(71)が、車で立ち寄った。ねぎらうように秋森さんに缶コーヒーを差し出した後、嘆いた。「とにかく二年じゃあ、どうにもならないよな」

 全壊の十世帯は、いずれも市内や近隣市内で、公営住宅や民間住宅を借り上げた「みなし仮設」で生活する。制度上、適用期間は原則二年で来年秋までだ。

 「先祖代々ここに住み、墓もある。みんな、やっぱり戻りたい。期限までに自宅を完成させるなら、来年五月ごろに着工したいが、みんな、それまでに着工できるかどうか。六十歳を過ぎたらローンも組めない」と渡辺さんは心配する。

 市によると、避難生活を続ける市民は九月八日現在、七十八世帯の百九十六人。市幹部も「一年後も住宅のめどが立たない人は多いだろう。数世帯なら市営住宅でいいが、何十世帯も、どこに入居してもらえばいいのか」と懸念する。

 渡辺さんは、みなし仮設の期間延長を行政に求めようと考えている。

     ◇

 市によると、人口は八月末現在、一年前より八百三十四人減った。うち日本人は千六十八人減少した。

 外国人は、逆に二百三十四人増えた。支援団体によると、自宅アパートの浸水で市外へ転出した人も多いが、人材派遣会社から次々と別の外国人が派遣されてくるという。

 浸水被害が大きかった地区には今も、建物を解体したままの更地が点在する。アパートの多い地区は、人口減少が目立つ。

 常総市森下町の自治会加入者は、五百一世帯から三十世帯減った。区長の男性は「加入していないアパート住まいの世帯も多い。市の広報紙を配ると、大量に余る。減ったのは百世帯ぐらいだろう」。

 被災者を支援するNPO法人「コモンズ」の横田能洋(よしひろ)代表(49)は、市外の親族の家に移ったお年寄りの女性をよく覚えている。

 女性はコモンズの活動拠点の近くで一人暮らしをしていて、自宅が床上浸水した。大勢のボランティアが片付けてくれた。しかし、敷地が借地だったこともあり、自宅の修理をあきらめ、住み慣れた土地を去ったという。

 コモンズは現在、空き家を生かし、高齢者ら向けの「見守り付き共同住宅」を計画中。横田さんは「つくば市のアパートに入れたからいいとは思わない。自宅は無理でも、せめて近くに安心して住める環境をつくりたい」と考えている。

 昨年九月の常総水害から一年がたった。被災地の今を探った。 (宮本隆康)

常総水害 昨年9月の関東・東北水害で、常総市内で鬼怒川の堤防が決壊したり、水が堤防を越えたりしたため、市域の約3分の1に当たる約40平方キロメートルが浸水。約10日間にわたり広範囲で水に漬かったままになった。4000人以上が救助され、市内で2人が死亡、44人が負傷。住宅5023棟が全半壊した。



◆常総はいま 鬼怒川決壊1年(中) 人口減や買い控え続く 
(東京新聞茨城版 2016年9月14日)

 「当面の間、夜の営業は金、土、日曜のみにします」。常総市森下町のそば店の入り口に、張り紙がある。「店を開けても、平日の夜は全然お客さんが来ないから」と、店主の名取勝洋さん(63)が語る。

 店は一年前、胸の高さまで浸水した。名取さんは「一カ月で営業再開」を目標にした。床や壁などを交換し、知人に片付けを手伝ってもらい、自分で壁の塗装もした。目標通り、十月十日に再開できた。

 「十一月に一週間、試しに夜、営業したが、全然駄目だった」と振り返る。町内はアパートが多く、水害で百世帯が引っ越したとも言われる。日中は県外からも客が来てにぎわうが、地元住民が主になる夜は、以前の客足は戻っていない。

 商工業を担当する市職員は「多くの市民が何百万円もかけ、自宅を直したり車を買い替えたりした。買い控えが広がり、小売店や飲食店は売り上げが落ちている。人口が流出した地区は特に厳しい」と指摘する。「私だって車二台が水没した。妻に『飲みに行っている場合ですか』と言われれば、返す言葉がない」

     ◇

  市商工会によると、二〇一五年度に退会した会員企業は八十七社。このうち約四十社は、水害が原因の廃業とみられる。

 経営指導員は「経営者が高齢で後継者がいなければ、水没した機械などを買い替えても、費用を回収できない。大多数は、家族経営の小規模な零細企業。水害で廃業が十~十五年ほど早まった」と説明する。

 水害から一年たったが、今になって「やっぱり廃業する」と断念する企業もあるという。再開した企業も、市内の得意先も苦しかったりして、売り上げが戻らない場合が多い。

 「一時期よりは落ち着いたが、まだまだ企業は苦しんでいる」という。

     ◇

  常総市本石下にある老舗酒造会社「野村醸造」の酒蔵の居住部分は、今も床を外したままだ。直せないのではなく、古民家レストランとして改修を計画中。「創造的復興を目指している」と野村一夫社長(62)は話す。

  酒蔵は水害で浸水し、酒造りに欠かせない「こうじ室(むろ)」にも水が入った。県内の酒造会社の従業員やボランティアら延べ約五百人が、泥かきをして片付けを手伝った。昨年十一月に新酒を仕込み、年末の出荷にこぎ着けた。

 「三十年以上、この仕事を続けているが、去年、しぼりたての新酒ができた瞬間は格別だった」

  築九十三年の酒蔵を壊すことも考えたが、居住部分を飲食スペースに変えることを思い立った。地場産の野菜や肉を使った料理を出す店として、来年春の開店を目指す。

 「ライバルだったはずの蔵元や、大勢のボランティアに助けてもらった。取引先のスーパーも出荷再開を待ってくれた。恩返しと感謝の気持ちを込めて、復興する」。野村さんはこう言い切った。

                                        (宮本隆康)


◆常総はいま 鬼怒川決壊1年(下) 離農相次ぎ、進む農地集約 
(東京新聞茨城版 2016年9月15日)

  黄金色に染まった水田地帯で、稲穂が揺れ、コンバインが進む。一年前、がれきや土砂が流れ込んだ常総市の水田に、例年と変わらぬ光景が戻ってきた。常総市川崎町の農業生産法人「ひかりファーム常総」の事務所は、今まで以上に忙しい稲刈りシーズンを迎えている。

  ひかりファームは、JA常総ひかりの子会社。高齢化した農家などから耕作を請け負っていて、水害以降は依頼が急増した。

  「水没した農業機械を買い替えられず、高齢化で後継者もいない農家が目立つ」と担当者。十五戸から計十三ヘクタールの依頼があり、耕作面積は約四十五ヘクタールから一気に約六十ヘクタールに増えた。

 市によると、「農地中間管理機構(農地バンク)」を通じて耕作を依頼した農家は今年二月以降、二十五戸。前年の十一戸から倍以上増えた。面積も前年の計十二ヘクタールから、計二十五ヘクタールと二倍になった。

 農家が離農する場合、農地バンクやJAよりも、知人の農家に直接、耕作を頼むケースが多いという。水害で離農した農家は、もっと多いとみられている。

     ◇

 県のまとめや市の推計では、鬼怒川東側で約千五百ヘクタールの農地が水害で浸水した。農機具の被害額は、四百六戸で計約二十八億円に上った。

 当初から小規模な兼業農家の離農は予想された。さらに大規模な専業農家も被害が大きければ、離農者の農地の受け入れ先がなくなる。耕作放棄地の大量発生が懸念されていた。

 農地百十二ヘクタールで復旧工事が実施され、田植えシーズンに何とか整備が間に合った。農業機械の買い替えや修理にかかった費用の六割は補助された。本年度の鬼怒川東側の米の作付面積は、千七百三十ヘクタールになり、例年並みを維持できた。

 市の担当者は「農地の耕作依頼が進んだし、離農も予想より出なかった。赤字だけど農業機械を買い替えた、という年金暮らしの兼業農家さえいた」と胸をなで下ろした。

     ◇

 「『もうダメかな』と最初は思った」。常総市三坂新田町の専業農家、瀧本進さん(70)は水害直後を振り返る。

 瀧本さんによると、水没して使えなくなったコンバインだけで、被害額は約千六百万円。さらにトラクター二台、田植え機、もみすり機、乾燥機三台、トラックも水没。被害総額は五千万円以上だった。

 公的補助のほか、保険金も受け取れると分かり、農業を続けることを決めた。「かなり借金もしたが、ある程度、返せる見通しが立った」という。

 所有する農地のほか、周囲の農家からも耕作を依頼され、約三十ヘクタールを耕作している。「請け負った以上、やらなきゃいけないし、自分がやめれば相手も困る。まだやめられない。自分の農地は守る」と笑った。 (宮本隆康)


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【2016/09/23 01:50】 | 未分類
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        嶋津 暉之

昨年9月の鬼怒川水害から1年経過しました。
鬼怒川水害は決して単に自然災害として片づけられるものではありません。
国土交通省の誤った河川行政がもたらした水害であるといっても過言ではありません。

耐越水堤防のへ強化技術が開発されているにもかかわらず、ダム推進の妨げになるとして、その技術をお蔵入りにしてしまった国土交通省の責任は重大です。

この問題を取り上げた東京新聞特別報道部の記事の全文をお知らせします。

◆突然消えた堤防強化策 鬼怒川決壊きょう1年 
(東京新聞特別報道部 2016年9月10日)
http://suigenren.jp/news/2016/09/19/8621/
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4河川 着工したが…02年に指針廃止

昨年九月の関東・東北水害から十日で一年になる。茨城県常総市では住宅五千棟以上が全半壊した。被害を広げたのは、鬼怒川の堤防決壊だった。「想定外の雨」が原因とされているが、「ダム偏重の河川対策」の不備を指摘する専門家は少なくない。実は国も一九九〇年代に、想定以上の雨に備えた堤防強化対策に着手していたからだ。だが、その対策はあるとき突然撤回されている。鬼怒川決壊が残した教訓とは-。 (宮本隆康、白名正和)

フロンティア堤防 堤防の川側だけではなく住宅側ののり面にも遮水シートを張ったり、のり面の下の部分にブロックなどを埋めたりして、川から水があふれても簡単に決壊しないようにした工法。周辺住民が避難する時間を確保できると期待されたが、2002年に国の堤防設計指針が変更され、全国で進んでいた事業は中断された。「幻」の堤防と言われている。

「一般的には堤防を水が越えても、家は浸水するだけでめったに壊れない。逃げる時間もある。でも、決壊すれば川からあふれる量や流れの速さは全然違い、死傷者も出てしまう」

国土交通省河川局の元技術系キャリア官僚の宮本博司さんは、堤防決壊のリスクをこう強調した。

鬼怒川の決壊がまさにそうだった。

一年前、上流の栃木県日光市などで長時間の強い雨が降り、九月十日午前十一時すぎ、鬼怒川左岸の常総市三坂町で、水が堤防を越える「越水」が確認された。その約一時間四十分後に堤防が決壊。決壊の幅は約二百㍍にまで広がった。

越水はこのほか計七カ所で確認されたが、決壊場所周辺の被害が際立つ。地盤ごと住宅八軒が流され、二軒が大きく傾き、いずれも全壊した。男性一人が流されて死亡した。大量の水が流れ、多くの住民が避難できず取り残された。

ちなみに当時、太陽光パネルの設置のため民間業者が土手を掘削したため被害が起きたとの風評も広がったが、この場所は越水しただけで決壊していない。国交省は「掘削しなくても越水は起きていた」と因果関係も否定している。

決壊の原因について、学識者らの調査委員会は今年三月、堤防を越えた水流が住宅地側ののり面を下から削った、と結論づけた。

宮本さんは「堤防決壊の七~八割は越水によるもの。堤防強化は河川対策の一番の基本なんです」と説明する。

実際、国土交通省もかつて同様の認識で堤防強化を進めていた。

九六年の旧建設省の建設白書では「計画規模を超えた洪水による被害を最小限に押さえ、危機的状況を回避するため、越水や長時間の浸透に対しても、破堤しにくい堤防の整備が求められる」と、「想定外の雨」や越水対策の必要性を明記。同様の記述は五年連続で白書に書かれ、九七年からの治水事業五カ年計画では、決壊しにくい「フロンティア堤防」の整備推進が盛り込まれた。

二〇〇〇年には設計指針が全国の出先機関に通知され、全国の河川で計二百五十㌔の整備を計画。実際に信濃川や那珂川など四つの河川の計約十三㌔で工事が実施された。だが、ダム建設の反対運動で反対派が「河川改修をすればダム不要」とする主張を展開し始めると、白書からフロンティア堤防の記述が消えた。〇二年七月にはフロンティア堤防の設計指針を廃止する通達が出された。突然の方針転換の理由は、白書に書かれていない。

土木学会は〇八年、国交省から堤防の越水対策について見解を求められ「技術的に実現性は困難」などと報告。国の堤防整備はかさ上げ対策に偏り、被害を軽減するフロンティア堤防はお蔵入りとなった。

国「効果は不明」

国交省は取材に「効果が定量的にはっきりしなかったため、予算を使ってまで事業化するには至らなかった」と繰り返す。

ダム不要論高まり転換 国交省OB「禁句になった」

想定外の雨対策急げ

だが、国交省OBからは「研究は成功していた」「急な方針変更はダム推進のため」との証言が相次ぐ。
前出の宮本さんは、フロンティア堤防の整備計画が放棄されたのは「ダム建設に影響するのを懸念したため」と断じる。
フロンティア堤防の研究は一九八〇年代にさかのぼる。旧建設省土木研究所が、越水対策の研究に着手。河川局も研究結果を受け、関係各課の中堅幹部らが議論を積み重ね、事業に組み込んだ。十分に役立つ技術と判断したからこその導入だったという。

だが、二〇〇一年ごろに川辺川ダム(熊本県)の反対運動が高まると、国交省内の空気はがらりと変わったという。建設に反対する市民団体は「フロンティア堤防整備など河川改修をすれば、ダムは不要」とする論陣を張った。脱ダムの機運に押された省内では「越水対策」そのものが敬遠され始めたという。
宮本さんは「そのころ、本省の課長に『越水対策の堤防なんかできない』と言われ、おかしいなと思った」と振り返る。宮本さんが関わった兵庫県の円山川堤防の越水対策工事では「越水対策の言葉だけはやめてくれ。隣の席で川辺川ダムを一生懸命やっているのに」と指示され、工事の名目を変えたこともあった。

「川辺川のために、今までしてきたことを変えていいのか」と担当者に指摘すると、「上からの指示です」との返事。「ダムのためだと確信した。越水対策は省内でタブー視され、禁句になった。本来なら十数年前に堤防を強化するチャンスがあったのに」と宮本さんは嘆く。

元建設省土木研究所次長の石崎勝義さんにとっては、堤防決壊はありえない事態だった。「土木研究所で越水対策の研究は順調に進み、完成している。とうの昔に対策は済んでいると思い込んでいた」。鬼怒川決壊をテレビで見ていて驚いたという。

「堤防を遮水シートで覆ったりするだけだから、ダムよりも予算はかからなかっただろう。対策をしていれば鬼怒川も決壊することはなく、堤防を越えた水だけがあふれ、浸水被害はずっと小さく済んだと思う」と指摘する。
さらには方針変更を正当化する根拠とされた土木学会の見解も疑問視する。

国交省が学会に求めた検討内容は「想定の水位の場合と同等の安全性」など。学会が「実現は困難」と否定したのは、水があふれなかった場合と同じくらい安全かどうかだった。石崎さんは「越水という新たな危険が加わったのに、想定内の水位に収まった場合と、同等の安全になるわけがない。最初から否定的な答えを誘導するための諮問内容だ」と批判する。

国交省は現在、鬼怒川の堤防かさ上げなどを集中的に進めている。宮本さんも石崎さんも「シートで覆うなど、住宅地側ののり面の補強が、越水対策で最も大事」と口をそろえる。だが、国交省は「効果が不明」などとして実施しない方針。

だが、関係者によると「また決壊したら、どう説明するのか」と懸念する声は省内でもくすぶる。

宮本さんは「雨量を想定しきれない中、想定の範囲内で水位を調節するダムよりも、脆弱(ぜいじゃく)な堤防を強化するべきだ。人命にかかわる問題で不作為は許されない。鬼怒川決壊を治水の見直しのきっかけにしなければ」と訴える。

実際、気候変動の影響で自然災害はこれまで以上に拡大すると予測されている。今夏、北海道や東北などに台風が相次いで上陸し、豪雨に見舞われた各地で川が氾濫。岩手県では、二十四時間で八月一カ月分の平均雨量を超える雨が降っている。洪水被害の軽減策は待ったなしだ。

河川工学が専門の今本博健・京都大名誉教授も「ゲリラ豪雨など近年の異常気象で、ますます堤防強化の必要性は高まっている」と憂う。

「国交省は『想定外の雨』と言って逃げているが、猛省すべきだ。日本の堤防の大半は、一時間も越水が続けば決壊する。もっと大きな河川や都市で決壊すれば、被害はより深刻。堤防の越水対策は急務だ」と警鐘を鳴らしている。



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【2016/09/20 01:32】 | 新聞記事から
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