「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
神奈川の水にまつわる連載です。
(1)は神奈川の水供給環境の不安について、
(2)は神奈川の水道水の約3割を取水する酒匂川。その大又沢ダムの下流では水量の低下により魚が減り、昨年の台風により植生が失われ土砂が流入し水質が悪化していること、
(3)では鶴見川の治水についての危惧が指摘されています。
(4)京浜地区の工場を支える大量の工業用水の一部は、今から400年前に多摩川の水を引いて市内に張り巡らされた農業用水「二ヶ領用水」から来ているが大半の農家が農業人口の減少とともに縮小。

この中で文中にある「(川崎)市では現在、浄化された工業排水を水不足に悩む豪州の西オーストラリア州へ年間約200万トン輸出する研究が進む」は、意味がわかりずらかったので、嶋津さんが川崎市上下水道局に聞いてくださいました。次のとおりです。
「西オーストラリア州は年降雨量が300㎜程度しかない。鉄鉱石を運ぶベルトコンベアの粉じん防止の散水に飲料水を使っているので、そこに水を輸出できないかを研究している。工業用水道事業法では工業用水道の水を輸出することはできないので、製鉄所などで冷却に使った水を使うことを考えている。まだ研究中で、採算がとれるかどうかわからない。」



◆いのちの水(1)不安はらむ自給体制
(読売新聞神奈川版 2011年4月27日)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1303916027386_02/news/20110427-OYT8T01265.htm

近代水道発祥の地とされる神奈川では、急速な都市化や工業化に対応するため、早くから水資源の開発が進んだ。戦中から高度成長期にかけて相模ダムや城山ダム、三保ダムが建設され、2001年の宮ヶ瀬ダム完成で、県内で水のほとんどを自給する体制が整った。

だが、高度成長期に整備された水道管や浄水場は次々と更新時期を迎えている。今回破損した導水管は1970年頃設置され、約10年後に耐用年数に達する。工場や家庭の節水が進んで水使用量は減り、独立採算をとる水道当局は今後、厳しい財政のもとで耐震化などの対応も迫られる。

相模川水系の相模ダム(1947年完成)では底にたまった土砂を40年間にわたって搬出し続けてきたが、土砂は貯水容量の約30%にまで堆積し、貯水能力は低下。今も毎年15万立方メートルの土砂を搬出し続けている。

独自の水源を持ち、水不足の心配はないとされる神奈川だが、その水環境は不安定さをはらんでいる。
(一部引用)

◆いのちの水(2)土砂流入、激変の水源地
(読売新聞神奈川版 2011年4月28日)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1303916027386_02/news/20110428-OYT8T00004.htm


西丹沢の山あいを流れる清流・大又沢。県民の水道水の約3割を取水する酒匂川の河口から約22キロ上流の地点で2005年秋、調査用の漁網を手繰った県内水面試験場の主任研究員勝呂尚之(すぐろなおゆき)さん(47)は、カジカ87匹の「大漁」に顔をほころばせた。

カジカは周辺環境の影響を受けやすく、豊かな自然の恵みが残っているかどうかの指標となる魚だ。

しかし、約2キロ下流の乙女岩で漁網を入れると、14匹しか掛からず、勝呂さんは「やっぱり」と肩を落とした。上流では稚魚から成魚まで満遍なくいたが、下流では稚魚が少なく、繁殖しているとは言えなかった。

両地点の間にあるのは東京電力大又沢ダム。沢水をせき止めて水力発電に使い、発電に使った水は沢に戻らず、丹沢湖に流れている。

水底にあった石をひっくり返し、「ほら、トビケラは1匹しか居ないでしょう」と話す勝呂さん(22日、山北町の酒匂川水系大又沢で)

沢水を流れる水量はダム上流で毎分803立方メートルだが、ダム下流では55立方メートル。取水で水量が減り、カジカの生存が脅かされていた。

東電は08年11月、取水量を減らし、一定量を下流に流し始めた。影響を見極めようと勝呂さんは今月22日、調査に乙女岩を訪れた。目の前には、山肌がえぐられ、流木があちこちに転がる荒涼とした風景があった。原因は昨年9月、この地を襲った台風9号だ。

植生が失われた山肌から豪雨で土砂が流れ出し、沢の石と石の間に入り込んでいた。そこはカジカが卵を産み、餌となる水生昆虫トビケラも暮らす空間だった。

水が緩やかに流れ、以前はヤマメが50匹はいた淵(ふち)は土砂で埋まっていた。

勝呂さんは、土砂に覆われていない沢の底から、手のひら大の石を拾い上げて裏返した。石の裏側に付いていたトビケラは1匹。普段なら30~50匹は張り付いているという。

「生態系のバランスが崩れれば、水質の悪化にもつながりかねない」と、勝呂さんは声を落とした。
(一部引用)


◆いのちの水(3) 川の安全 津波にも備え
(読売新聞神奈川版 2011年4月29日)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1303916027386_02/news/20110429-OYT8T00070.htm

「(横浜市)鶴見区内は最高地点でも(海抜)40メートル台。近所の避難場所に指定されている小学校は2・5メートル。鶴見川が逆流・氾濫したら、とても対応できない」

2月20日、横浜市内で開かれた鶴見川の治水対策をテーマにしたシンポジウム。東京湾の鶴見川河口近く、横浜市鶴見区下末吉に住む建材販売業土田和男さん(76)は訴えた。

その19日後の東日本大震災。津波は山の斜面を高さ40メートル近くまで駆け上がった。宮城県では名取川を津波が逆流。河川堤防を越えて海岸からの津波と合流し、内陸約5キロまで流れ込んだ。土田さんは、農地や家屋をのみ込む津波の映像を見て、「万一に備えなければ」との思いを強くした。
(一部引用)



◆いのちの水(4) 農工支えた水 海外へ
(読売新聞神奈川版 2011年4月30日)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1303916027386_02/news/20110501-OYT8T00097.htm

オレンジ色に輝く1000度以上に熱された板状の鉄が、回転するロール上から圧延機に吸い込まれた瞬間、高圧水が吹き付けられ、甲高い音とともに蒸気が十数メートルまで噴き上がる。

鉄鋼製品を大量生産する川崎市川崎区扇島のJFEスチール東日本製鉄所(京浜地区)の工場を支える大量の工業用水。その一部は、今から400年前に多摩川の水を引いて市内に張り巡らされた農業用水「二ヶ領用水」から来ている。

二ヶ領用水は、江戸幕府が支配していた稲毛領(現川崎市北部)と川崎領(同市南部)の二つの領地を潤す農業用水として、徳川家康の命により代官・小泉次大夫によって築かれた。

多摩川から南北約32キロ、60か村にわたって張り巡らされた用水の完成には14年かかったが、米の収穫量は飛躍的に増え、梨や桃といった特産品を生んだ。

多摩区登戸で農業を営む吉沢明夫さん(76)は、その恵みを受け継ぐ一人。二ヶ領用水から引いた水で今も水田や梨畑など50アールを耕している。

子どもの頃、用水路でコイやアユを釣って遊んだ。女性は食器や洗濯物を洗い、用水路は暮らしに溶け込んでいた。「4月と7月には各家から人を出し、清掃や草刈りをやった。虫に刺されて大変だったが、にぎやかだったね」と振り返る。

見渡す限り水田だった近所も戦後、次第に宅地に変わり、15年ほど前、最後となった用水路の清掃に参加したのは高齢者が大半。周辺で今も農業を営むのは吉沢さんら数軒だ。

用水路の大部分はコンクリートのふたをされ、はた目には分からない。1908年に約2850ヘクタールに達した用水の灌漑(かんがい)面積も昭和期以降、農業人口の減少とともに縮小。2006年度の調査では70ヘクタールだった。

(中略)

市では現在、浄化された工業排水を水不足に悩む豪州の西オーストラリア州へ年間約200万トン輸出する研究が進む。豪州から鉄鉱石を運んできた貨物船が帰国する際に積み込む計画で、実現すれば国内初の試み。水は、鉱山採掘の際に発生する粉じんを抑えるための散水に使われる。

市は近く、同州政府や製鉄関連会社などと水の積み込み方法や施設整備、収益配分についての共同研究を始める。400年前から人々の暮らしと経済を支えてきた水が、はるか豪州で新たな役割を担おうとしている。
(一部引用)



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【2011/04/30 20:29】 | 新聞記事から
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4月27日の東京高裁の東京控訴審に提出された下記の書面が八ッ場ダム訴訟ホームページに掲載されました。

◇東京 控訴審 第6回裁判 2011年4月27日

控訴人準備書面5(治水)

控訴人準備書面6(治水)

控訴人準備書面7(利水)

控訴人証拠説明書(甲B132~138)治水

控訴人証拠説明書(甲B139~142)治水

控訴人証拠説明書(甲42~45)利水

利水意見書(嶋津暉之)


次回の裁判はつぎのとおりです。

東京 控訴審 第7回裁判

9月30日(金) 午後2時30分 東京高裁 第5民事部 (進行協議)

【2011/04/30 20:04】 | 裁判の報告
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                     嶋津 暉之

沙流川の富川水害訴訟の判決について全国紙地方版の記事を紹介します。

水害訴訟で原告が勝訴したのは、八ッ場ダム訴訟弁護団長の高橋利明弁護士が、かつて取り組んだ多摩川水害訴訟(1992年判決確定)以来だと思います。

二風谷ダムは1997年に完成したダムですが、堆砂の進行が非常に早く、2009年10月時点で総貯水容量の43%がすでに土砂で埋まっており、ダムの機能が失われつつあります。

なお、富川水害訴訟についてはホームページ
http://www.geocities.jp/tomikawafloodcase/
があります。ただし、更新はされていないようです。

最近の裁判の経過はNPJ弁護士の訴訟日誌 富川水害訴訟
http://www.news-pj.net/npj/2007/tomikawasuigai-20071125.html
に掲載されています。


◆沙流川水害、国に3190万円賠償命令 札幌地裁「水門閉じず被害拡大」
(毎日新聞 2011年4月29日)
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20110429hog00m040004000c.html


03年の台風10号による豪雨災害で、北海道門別町(現日高町)富川地区の住民らが国に約9000万円の損害賠償を求めた沙流川(さるがわ)水害訴訟で、札幌地裁は28日、北海道開発局職員が水門を閉じていれば被害拡大を防げたとして、国に計約3190万円の支払いを命じた。橋詰均裁判長は「水門を閉じずに職員を退避させたのは誤りだった」と指摘した。

03年8月10日未明、道開発局が沙流川上流にある二風谷(にぶたに)ダムが大雨で決壊しそうになったため、ダムの水を放流。その結果、沙流川下流の支流で逆流が起き、富川地区の55ヘクタールが冠水。床上浸水などの被害をもたらした。原告側は「支流の3カ所の堤防にある水門を閉じないままダムを放水したのが被害の原因」と主張していた。

判決は、水門の操作員が住民への避難勧告より約50分早く退避していた点について「先に退避させるだけの理由はなかった」と指摘。「逆流は予見できなかった」とする国側の主張は「放水で確実に水位が上がることが分かっており、予測可能だった」と退けた。
(一部引用)

◇二風谷ダム

平取町の沙流川上流にある多目的ダムで、堤高31・5メートル、総貯水量3150万トン。用地の地権者だったアイヌ民族初の参院議員、萱野茂氏(06年に死去)らが用地収用裁決の取り消しを求めて起こした訴訟で、札幌地裁はダム建設の違法性を認めたが、既に完成していたため使用は継続された。約20キロ上流にある支流では平取ダムの建設計画があるが、民主党政権が凍結を表明し、事業の必要性の検証が始まっている。



◆沙流川洪水、国に責任・・・札幌地裁、3100万賠償命令
(読売新聞 北海道版 2011年4月29日)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/news/20110428-OYT8T01262.htm

判決によると、台風による大雨で、沙流川上流の二風谷ダムの水位が満水に近づき、北海道開発局はダムの放流を決定。放流開始前に、下流の支流につながる水門の操作員に避難指示を出したが、水門を閉める指示は出さなかった。

判決では「堤防が壊れるなどの危険が迫っている状況にはなく、避難指示は誤りだった」と指摘。「誤った避難指示を出していなければ、逆流の発生を予測し、水門を閉じて避難指示を出すことも容易だった」と判断した。
(一部引用)


◆台風被害訴訟 国に賠償命令
(朝日新聞北海道版 2011年04月29日)
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000001104300003

地裁、3190万円「水門管理誤り」

 2003年8月の台風10号の豪雨で浸水被害を受けた旧門別町(現在の日高町)に住んでいた8人と企業が、沙流川の水門の適切な管理を怠ったとして、国を相手に総額約9千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が28日、札幌地裁であった。橋詰均裁判長は「水門を開閉する操作員の退避指示が早すぎた。河川事業所長の判断は誤りだった」とし、7人と企業1社に対し、国が計約3190万円を支払うよう命じた。

 判決によると、03年8月、沙流川下流の旧門別町富川北地区が浸水。原告の住宅や馬舎などに土砂や泥がかぶった。

 河川事業所長は「水門付近の堤防にも破壊の危険が生じる」との認識を持ち、同月10日未明、操作員に退避の指示をした。操作員が立ち去ったため、水門は開いたままで、大量の泥を含んだ水が本流から逆流。支流の氾濫に加えて、被害が拡大した。
(一部引用)



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【2011/04/30 17:25】 | 各地のダム情報
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                      嶋津 暉之

ゴールデンウィークにおける群馬の温泉地の予約状況について予約は軒並み激減です。草津温泉は少し待ちなおしたようですが、それでも大幅減のようです。川原湯温泉はどうでしょうか。旅館が5軒しかなく、工事が進んできているので、厳しいでしょうね。

◆温泉地の予約激減 “自粛ムード”影響著しく
(東京新聞群馬版 2011年4月28日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20110428/CK2011042802000073.html

大型連休期間中の県内の温泉地の予約状況や、高速道路の渋滞予測が発表された。今年は二十九日~五月一日と同三~五日がそれぞれ三連休となるが、東日本大震災による観光の“自粛ムード”の影響は著しく、草津や水上、伊香保など主要温泉で予約客が軒並み激減。高速道路の交通量も例年より少なくなると予想される。

県観光物産課によると、県内主要温泉地の二十日現在の平均予約率は32・9%にとどまり、昨年同期の50%よりも大幅に低い。予約客のピークは、いずれも三連休初日の二十九日(52・2%)と五月三日(61・2%)だが、70~80%台を記録した昨年同期よりも低調な数字となっている。

温泉地別では▽草津40・4%▽水上48・3%▽伊香保38・1%▽四万43・8%▽やぶ塚12・5%▽猿ケ京36・1%▽老神19・9%▽磯部31・8%▽万座24・9%で、いずれも半数に達しない状況だ。
(一部引用)


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【2011/04/30 16:25】 | 八ツ場情報
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                     嶋津 暉之

川原湯地区の地域振興施設についての朝日の記事を読むと、この地域振興施設が果たして成り立つのかと思わざるを得ません。ダム湖を前提とした地域振興計画はこのように危ういものが多いように思います。

◆しぼむ規模 悩む維持費

(朝日新聞群馬版 2011年04月27日)
http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581104270001

八ツ場ダムが建設されれば全戸が水没予定の長野原町川原湯地区で、移転代替地に設けられる地域振興施設の新たな案が明らかになった。規模は18年前の素案の6分の1に縮小、建設費も5分の1以下となる。それでも採算は取れそうもなく、住民の顔に戸惑いが浮かぶ。

木造平屋建て約825平方メートルの校舎のような東西に長い建物に、郵便局や観光案内所、足湯、研修室、貸自転車置き場、テナントスペースが並ぶ造り。建設費は約3億円を見込んだ。

15日夜、同地区で開かれた地域振興施設検討ワークショップ(WS)で、県に委託されたコンサルタントが施設案を示した。

施設は、ダムの水の恩恵を受ける東京、埼玉、千葉、茨城、群馬の5都県が出資する利根川・荒川水源地域対策基金の負担で建てられる。水没の見返りだ。

採算面の不安などから1992年の素案に続き、2009年の見直し案も振り出しに戻った末、住民アンケートやWSを通じて地元の意向を集約したとして示されたのが、今回の案だ。

最初の素案から18年が過ぎる間に地区人口は7割減り、残った住民も30年続く生活再建の議論に疲れ果てている。この夜、建設規模やコストの縮小には特に異論が出なかった。

一方、戸惑いの声が上がったのは、維持管理費と収入の差額。テナントスペースに温浴施設を組み入れた場合、人件費を含めた年間の維持管理費は2900万円で、収入は550万円。「入浴料300円で1日50人の利用を想定した。ものすごく多い数字」とコンサルは甘い試算を認めた。

温浴施設なしの場合はそれぞれ2100万円、100万円とはじき出した。

出資者の5都県は、民主党政権がダム中止を打ち出す前から維持管理費は負担しない方針を示している。

住民からは「赤字はどうするのか」といった声が相次いだ。県は「あくまで案であって、今後検証して地元に改めて諮りたい」などと述べるにとどめた。

WS終了後、川原湯地区ダム対策委員会の樋田洋二委員長は「これでも採算が厳しいのなら、さらに見直す必要があるのかもしれない」と険しい顔で話した。
(一部引用)


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【2011/04/30 16:21】 | 八ツ場情報
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◆「人災では」ささやかれていた堤防の決壊 福島・須賀川市
(産経新聞 2011.4.26)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110426/dst11042612180017-n1.htm
濁流で全壊したり流出した家屋は19戸。55戸が浸水の被害を受けた。住民6人が死亡、今も2人が行方不明になっており捜索が続いている。

集落からダムの方向を見上げると、猛烈な勢いの水に地盤が大きく削り取られたのが分かる。家があった場所には何の痕跡もない。流出を免れた家屋には土砂が流れ込み、住民が掃除に追われていた。

藤沼湖が完成したのは1949(昭和24)年。台形状に土を盛った堤防に囲まれた「アースダム」と呼ばれる人造湖だった。長沼地区にある865ヘクタールの田畑に農業用水を供給しており、近年は周辺を自然公園として整備。温泉やキャンプも楽しめる観光地になっていた。

須賀川市では「決壊の原因解明はこれから進める」(長沼支所)としているが、住民からは「防げた事故」との声も。地域に欠かせない水がめだが構造が頼りないため「藤沼が抜ける(決壊する)」と、ささやかれていたという。

長沼地区に住む、塗装業の山口利明さん(69)は、「土を盛っただけのもろい造りが心配で、決壊の可能性を行政に指摘してきた。人災では」と悔しさをあらわにした。
(一部引用)



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【2011/04/30 16:06】 | 各地のダム情報
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4月26日、日本学術会議の利根川基本高水検証分科会の会議が開かれました。5月末頃に学術会議としての評価の案をまとめることになっています。果たして利根川の基本高水流量としてどのような数字が妥当ということになるのでしょうか。次回は5月11日(水)の予定です。

◆八ッ場ダム建設根拠の数値 有識者会議も再計算へ
(東京新聞群馬版 2011年4月27日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20110427/CK2011042702000072.html
国交省は従来、利根川上流部の飽和雨量(土壌の保水力を示す指標値)を四八ミリと設定してきた。だが、三月二十八日に行われた有識者会議で、基本高水計算の新たなモデルを提示。四八ミリの数値設定が「森林の保水力を考慮せず、ダム建設ありきの過小な数字だ」との批判を受けた中で、飽和雨量を約三~四倍の一三〇~二〇〇ミリに引き上げた。

カスリーン台風並みの降雨を想定した場合、利根川の治水基準点となっている伊勢崎市八斗(やった)島の最大流量は、従来の計算で毎秒二万二千立方メートルとされており、再計算の結果によってはダム建設の根拠が揺らぐ可能性もある。
(一部引用)


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【2011/04/30 16:03】 | 基本高水
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                  嶋津 暉之

中止方針がきまっている川辺川ダムでダム推進の勢力がいまだにうごめいています。今回の人吉市長選でそのlことが浮き彫りになりました。

川辺川ダムをモデルにしてダム中止後の生活再建支援法が作られるはずであったのに、いまだに手付かずにあるのも、国交省が川辺川ダムの復活を虎視眈々と狙っているからではないでしょうか。ダム中止後の生活再建支援法ができると、既買収地(国有地)が活用されることになり、川辺川ダムを永久につくれなくなってしまうから、国交省がこの法案作成をサボタージュしているのではないかと考えられます。


◆人吉市長選 「ダム問題」ねじれ再び
(熊本日日新聞 2011年04月26日)
http://kumanichi.com/feature/kawabegawa/kiji/20110426001.shtml

人吉市長選で再選が確実となり、事務所に集まった支持者らの拍手に応える田中信孝氏=24日午後10時半ごろ 24日投開票の人吉市長選は現職の田中信孝氏(63)が前市議会
議長の大王英二氏(54)ら2新人を退け、再選を果たした。しかし告示直前、自民党の金子恭之衆院議員(熊本5区)と溝口幸治県議(人吉市区)が大王氏支持を打ち出し、一時は田中氏追撃の勢いを示した。地元政界の複雑なねじれの深部には、表向き争点にならなかった川辺川ダム問題への距離感が横たわっていた。

田中氏は金子氏の人吉市後援会長を務め、金子、溝口両氏とは支持層の重複もある。両氏はなぜ、田中氏とたもとを分かったのか。

開票から一夜明けた25日朝、金子氏は「人吉市長には人吉・球磨地域のリーダーとして、球磨郡の町村と連携して地域振興を図る必要があるが、田中氏は周辺町村への配慮が足りなかった」、溝口氏も「もっと人吉・球磨の協力関係を強化しないといけないという思いで大王さんを支持した」と口をそろえた。

実際、選挙中、大王陣営は田中氏の市政運営を「独善的」と批判し、田中氏は「市民と共に歩んできた」と反論した。では、この選挙で川辺川ダムはどう作用したのだろう。
(一部引用)


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【2011/04/27 01:40】 | 各地のダム情報
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              嶋津 暉之

25日湖面2号橋の開通式がありました。これで、付替県道約12.4kmのうち、最上流部(一本松より上流)0.6kmと下流部3.0km(三島より下流、ただし、最下流部の0.4kmは供用)を除く計8.8kmmの区間が開通となりました(ただし、上湯原の0.4kmは町道を使用)。  しかし、未供用区間がまだ結構 残っていますので、付替県道の全面開通はまだ大分先になりそうです。さらに、上湯原の400m(川原湯トンネルの上流側)は用地未買収で、町道を代用していますので、付替県道は観光バスが通れない状態が続いています。

◆「十字架」の橋で開通式 群馬・八ツ場ダム
(産経新聞群馬版2011.4.25)
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110425/gnm11042511380005-n1.htm

八ツ場ダム(群馬県長野原町)の生活再建事業の一つで、建設中の橋脚が大きな十字架のように見えると話題になった不動大橋(湖面2号橋)の開通式が25日午前、橋上で行われた。

式には長野原町の高山欣也町長や同県の茂原璋男副知事らが出席。橋は午後、供用開始になる。
(一部引用)


◆八ッ場ダム:予定地で水没前提の「不動大橋」完成 群馬
(毎日新聞 2011年4月25日)
http://mainichi.jp/photo/news/20110425k0000e040048000c.html

八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)の予定地で25日、水没を前提にした「不動大橋」(湖面2号橋)が完成し、開通式が開かれた。この橋は86メートルの高さがあり、09年の民主党政権発足時は橋脚と橋桁が十字架のように空中にそびえ、「政権交代の象徴」と観光スポットになっていた。
(一部引用)


◆湖面2号橋が開通
(朝日新聞群馬版 2011年04月26日)
http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581104260001

八ツ場ダム(長野原町)の水没予定地に架かる湖面2号橋(不動大橋)が25日開通した。民主党政権がダム中止を表明した2009年、新聞やテレビで工事中の十字架のような姿がたびたび報じられ、八ツ場ダムの象徴になっていた。

全長は590メートルで、高さ86メートル。同町長野原~東吾妻町三島の県道約8・4キロが通行可能になった。ただ、長野原町川原湯地区の一部区間が未買収で町道を暫定的に利用するため、道が狭く大型車は通行できない。地元からは「観光バスが通れないのでは意味がない」と不満が出ている。

この日午前、茂原璋男副知事や高山欣也町長らが出席して橋上での開通式が始まると突然強い風雨に襲われ、テープカットは中止に。出席した住民らは冗談交じりに「八ツ場の歴史を象徴するような荒れ模様だ」などと言い合った。


◆八ッ場ダム・流転の行方:水没前提の「不動大橋」開通 町長「一つの節目」
(毎日新聞群馬版 2011年04月26日)
http://mainichi.jp/area/gunma/news/20110426ddlk10010304000c.html

八ッ場ダム(長野原町)の建設予定地で25日、水没を前提にした「不動大橋」(湖面2号橋)が完成し、開通式が行われた。橋は10年度中の完成を予定していたが、東日本大震災の発生で舗装工事に使う資材の輸送が滞り、延期されていた。

橋は09年の民主党政権発足時、橋脚と橋げたが十字架のようにそびえ立ち、「政権交代の象徴」として観光名所になった。開通式には地元住民40人が参加。高山欣也町長はあいさつで「橋の開通はうれしいが、東日本大震災の影響で、ダムの議論は進んでいないように思える」と述べ、「話題の橋の開通は一つの節目。一日も早いダム建設を期待している」と話した。

一方、大澤正明知事の代理で出席した茂原璋男副知事は「大震災の発生で、災害は想定外という一言で済ませられないと認識した。治水と共に(ダムの)水力発電の重要性も再認識されていいはずだ」との知事のメッセージを代読した。
(一部引用)



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【2011/04/27 01:36】 | 新聞記事から
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2011年度のダム関連予算を震災復興にまわすことを求める取組みが全国各地で取り組まれています。

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20110426 緊急集会 

「2011年度ダム予算2,400億円を震災復興に」
                                   
          水源開発問題全国連絡会

3月11日の東日本大震災は地震・津波・原発事故がかさなり、世界的な惨事となっています。この大震災で亡くなられた皆様に深く哀悼の意を表するとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
原発事故は10年以上前から提言されていた危機管理をまったく無視して原発を推進してきた日本政府および東京電力株式会社による人災です。国と東京電力の責任を徹底的に追及すると共に、脱原発に向けての方針転換を強く求めます。

今は甚大な被害を受けた被災者の皆様が再び生活を取り戻すことができるよう、安全の確保と生活基盤の整備を中心とした被災地の復興に国を挙げて全力で取り組まなければなりません。
しかしながら、国土交通省は2011年度予算に直轄・水資源機構のダム事業と補助ダム事業に約2,400億円の予算を盛り込んでいます。これらのダム事業が不要不急であることは言うまでもありません
この2011年度のダム事業費約2,400億円の全額を被災地復興の予算にまわすことを国に求める緊急全国集会を下記のとおり開催します。
皆さんのご参加をお願いいたします。

 1、 開催月日
       2011年4月26日(火) 13時30分から
                 (受付13時00分から)
 2、 開催場所
       参議院議員会館 地下1階 B109 会議室

 3、 集会の内容

  13時30分から14時30分:
    緊急集会「2011年度ダム予算2,400億円を震災復興に」
       被災地救援現地報告
       基調提案
       藤沼ダム決壊レポート(できれば)
       「2011年度ダム予算2,400億円を震災復興に」 各地の取組み
       緊急要請「2011年度ダム予算2400億円を震災復興に」採択

  14時40分から
   政府、政党、国会議員へ緊急要請
  「2011年度ダム予算2400億円を震災復興に」をみんなで配布

  17時から19時  懇談会
     全国のダム事業見直しについて懇談しましょう
          (懇談会の参加費 軽食付1,000円)

 4、 連絡先

  水源連事務局長 遠藤保男
     メール
     携帯電話:090-8682-8610


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【2011/04/25 01:12】 | お知らせ
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