「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
      嶋津 暉之

熊本県・球磨川の荒瀬ダムの撤去工事が終盤を迎えました。
撤去の歴史を後世に伝えるために荒瀬ダムの本体の一部を遺構として残すことになりました。
日本では残念ながら、荒瀬ダムに続くダム撤去の話がいまだに出てきていません。

◆荒瀬ダム、一部遺構化 両岸に記念スポット整備
(熊本日日新聞2017年06月02日 )
http://kumanichi.com/news/local/main/20170602001.xhtml

 県企業局は1日、球磨川下流の県営荒瀬ダム(八代市坂本町)について、撤去の歴史を後世に伝えるために両川岸のダム本体の一部を遺構として残し、活用する方針を明らかにした。同日開かれた専門委員会で提案し、了承された。

 遺構として残すのは、右岸の県道中津道八代線側の門柱部分約10メートルと左岸の国道219号側にあるコンクリート部分の約15メートル。右岸の門柱は当初、撤去する計画だった。
 両岸の道路沿いにそれぞれ、遺構と一体化した記念スポットを整備し、案内板なども設置する予定。今後、河川管理者の国土交通省と協議を進める。

 撤去の歴史を伝える記念碑のような構造物は、地元から設置要望が上がっていた。専門委の議論では「治水の観点からもダム本体の一部を残すべきだ」との意見が出ていた。

 専門委は熊本市であり、河川工学や動植物学の専門家ら8人が出席。流量や水質、動植物などの継続的な調査を踏まえ、「ダムができる前の流れが戻りつつある」と確認した。

 荒瀬ダムは、全国初の本格的なダム撤去として2012年に工事を開始。17年度は管理所や発電所を解体し、撤去工事を完了する予定。事業費は総額88億円。(太路秀紀)


◆荒瀬ダムの一部遺構に 県が方針
(読売新聞熊本版2017年06月02日)
http://www.yomiuri.co.jp/local/kumamoto/news/20170601-OYTNT50184.html

 県企業局は1日、撤去工事が進む県営荒瀬ダム(八代市)について、ダム本体の一部を遺構として残す方針を明らかにした。地元から「ダムの功績を後世に伝えてほしい」と要望があったためで、今後ダムがあった球磨川を管理する国土交通省と保存に向けた協議を行う。

工事は2012年度から今年度までの6年間の予定で、本格的なコンクリートダムの撤去は全国初とされる。川をせき止めていたダム本体はほとんどが解体されている。

 保存を計画しているのは、球磨川の東側を通る県道から川にせり出すように残る長さ約10メートル、高さ約25メートル部分。普段は川の水に接しておらず、増水時も流れを阻害しないという。対岸の国道219号沿いには遺構を望むスペースを整備し、ダムの歴史を紹介する看板を設置する。

 県企業局は「荒瀬ダムは、県の産業基盤として重要な役割を担っていた。功績を伝える遺構にしたい」としている。


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【2017/06/04 02:37】 | 脱ダムの流れ
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         嶋津 暉之

米国のダム撤去についての記事です。
日本で撤去工事が進められているのは、熊本県・球磨川の荒瀬ダムだけです。
残念ながら、荒瀬ダムに続くダム撤去の話がありません。

環境
米国西部でダム3基撤去へ、自然再生めざす
生態系にもたらす恩恵が大きいダムを優先
NATIONAL GEOGRAPHIC2016.12.02
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/120100019/

 米国ワシントン州の中南部に住む先住民ヤカマ族は、あと10年もすれば、昔のように伝統のサケ漁ができるようになるはずだ。

 ただしそのためにはまず、ネルソン・ダムを撤去しなければならない。ネルソン・ダムは、ヤキマ川最大の支流ナチェズ川にある高さ2.4メートルの分水ダム。1920年代に建設されたが、現在は使われていない。ところがこのダムがあるために、サケの遡上が阻まれているという。(参考記事:「ダム撤去でサケは戻るか? アメリカ」)

 ダム撤去を支持する人々は、2020年までに撤去工事を完了したいと願っている。実現すれば、魚や川の栄養分が下流へ運ばれるほか、洪水の危険性も低くなる。

 意外に思えるかもしれないが、ダムがなくなることで川の水量が増し、地域の気候回復力が高まるだろうと、ウィリアム・アンド・フローラ・ヒューレット財団で環境プログラムを取りまとめるマイケル・スコット氏は期待を寄せる。なぜなら、ダム湖に水を貯めたままにしておくと多くが蒸発して量が減ってしまうが、その水を下流へ送ってやれば、天然の帯水層へ水を補給することができるからだ。(参考記事:「干ばつが招く地下水の枯渇」)
【動画】ダムがなくなった川に魚たちが戻ってきた(解説は英語です)。
※リンク先で動画が見られます

 ネルソン・ダム撤去計画は、ヤカマ族と地元自治体、州政府、連邦政府の共同事業だ。ヒューレット財団が支援する3つのテストケースのひとつであり、ダム撤去への寄付金としては最高額となる5000万ドルを提供する。

 財団としては、ネルソン・ダムのように、撤去することで生態系にもたらす恩恵が大きいダムを最優先にしたいとスコット氏は言う。また、ダムが「無用の長物」と化していることも条件だという。つまり、既にダムとしての役割を終え、かえって周辺環境へ害を及ぼす恐れのあるダムを対象とする。

 このようなダムは、全米で1万4000基以上存在する。2020年までに、70%以上の米国のダムが築50年を超え、その多くが撤去候補となりうる。実際、ダム撤去の動きは広がり、現在も年間数十基が取り壊されている。問題は工事に莫大な費用がかかることだが、一方で古いダムを維持し、新しい基準に合わせて改修工事をするにもやはり巨額の費用が必要だ。(参考記事:「米国に広がるダム撤去の動き」)

 これは、ただダムを取り壊すというだけの話ではないと、ヤカマ族の天然資源問題担当のフィリップ・リグドン氏は言う。環境と地域社会に最大限の恩恵をもたらすには、例えば当地のヤキマ盆地30年計画のように、より大きな環境再生計画の一環として撤去作業を進めるべきだという考えだ。ヤカマ族は1960年代、連邦政府との合意で、地域に生息する魚の半分を捕獲する権利を得たが、魚自体が存在しなければ、権利だけを所有していても何の意味もないことに気付いた。
 そこで政府や非営利団体と協力して、2011年には築100年近い高さ38メートルのコンディット・ダムを撤去した。それからわずか数カ月で、川にはニジマスが戻ってきたという。
(写真)魚の生息地を取り戻すために撤去されたオレゴン州ローグ川のサベージ・ラピッズ・ダム。同じく、ローグ川にある他のダムも間もなく取り壊される。(PHOTOGRAPH BY JOEL SARTORE, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
映画にもなったマティリヤ・ダムの例

 もうひとつ、ヒューレット財団の支援で近いうちに取り壊しが予定されているダムが、カリフォルニア州ベンチュラ郡にある高さ51メートルのマティリヤ・ダムである。「ダムネーション」というドキュメンタリー映画で取り上げられ、巨大なハサミでダムの壁をふたつに切ろうとしている落書きが登場する。ベンチュラ川の支流に1947年に建設されたが、大量の泥が沈殿し、そもそもの目的である農業用水の確保がもはやできなくなっている。


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【2016/12/03 15:23】 | 脱ダムの流れ
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                嶋津 暉之

川上ダムの予定地である三重県伊賀市で、「ダムネーション」の上映会が5月21日に開かれます。
川上ダムは伊賀市民に重い経済負担を強いる有害無益なダムです。
ダム見直しの声が大きく広がることを期待します。

◆米ドキュメンタリー映画「ダムネーション」 ダム、役立っている? 伊賀で21日上映 /三重
(毎日新聞伊賀版2016年5月16日 )
http://mainichi.jp/articles/20160516/ddl/k24/040/197000c

ダムは役に立っているのか。一つ一つ調べ不要なダムは撤去し、元に戻せばいい??こんなメッセージを伝える米国のドキュメンタリー映画「ダムネーション」の上映会が21日、伊賀市である。

市では淀川水系の木津川上流で2022年度完成予定の川上ダム建設計画が進む。実行委は「ダムについて考えるきっかけにしてほしい」と来場を呼びかけている。
映画はアウトドア用品メーカーのパタゴニア提供で2014年の作品。上映時間87分。

「ダム撤去は現実的でない」と語ったダムを開発する側の声を収録する一方、「ダムや発電は国策だった。しかし度を超した」と撤去を実現していく、川に情熱を傾けた人々の活動を追う。

グラインズキャニオンダムやマチリヤダムなど米国のダムを次々と取り上げ、ダム撤去が現実的になった現在と再生された川を映し出す。

上映は、愛農学園農業高校の同窓会館(別府)で午前10時から、ゆめぽりすセンター(ゆめが丘1)で午後2時からと午後7時からの合わせて3回を計画している。参加費500円(高校生以下無料)。

問い合わせは実行委(070・1466・6917、午前9時?午後7時)。【大西康裕】
〔伊賀版〕

【2016/05/17 07:56】 | 脱ダムの流れ
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【2015/04/10 10:58】 | 脱ダムの流れ
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               嶋津 暉之

アメリカのダム撤去の動きについてのくわしい記事で、参考になります。

なお、日本は堤高15メートル以上をダムと定義していますので、アメリカとはダムの数の数え方が異なりますが、約2800基あるとされています。

日本もアメリカに倣って、ダム撤去の動きをつくりたいところですが、現時点でのダム撤去はもっか進行中の荒瀬ダムだけです(2012~2017年度)。

◆米国に広がるダム撤去の動き 2014年だけで72基が取り壊される
(NATIONAL GEOGRAPHIC 2015.02.04) 
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150202/433996/

昨年、独立戦争初期に造られたホワイト・クレー・クリークダムが撤去された。米国デラウェア州としては初の撤去となったが、米国全体を見ればこれはほんの一例にすぎない。1月27日、環境保護団体アメリカン・リバーズは、2014年だけで72基のダム(堰堤を含む)が解体あるいは爆破され、西はカリフォルニア州から東はペンシルベニア州まで合計1200キロ近い河川が元の姿に戻ったと発表した。

20年前、ダムを取り壊すという考えは主流ではなかった。もはや使われていない、あるいは付近の住民の安全を脅かす場合に限って、支持を得ていたようだ。

最近になってダム撤去の動きは、全米で広く受け入れられるようになった。野心的な取り組みもあり、1月27日にはドキュメンタリー映画『ダムネーション』のプロデューサーらが、ワシントン州東部にあるスネーク川下流から連邦政府が建設した4基の大型ダムを撤去することを求めて、連邦議会およびホワイトハウスの関係者らと会談した。
課題は何か

2014年の夏、ワシントン州のエルワ川に設けられた高さ約64メートルのグラインズ・キャニオンダムの最後の一部が爆破された。国民の注目はこのような極めて壮観なダムの爆破に集まりやすいが、過去20年間で取り壊された865基のほとんどは、水害対策や灌漑(かんがい)、局所的な水力発電のために建設された小規模なダムや堰堤だ。かつて小麦の製粉に使われていたホワイト・クレー・クリークダムも、一番高い所で2.4メートルほどしかない。

小さいとはいえ、大型ダムと同じように魚の遡上を邪魔することに違いはない。デラウェア大学 水資源機構のジェラルド・コフマンは、産卵のために遡上したニシン科のヒッコリーシャッドがホワイト・クレー・クリークダムの壁に体当たりしながらも、乗り越えられなかった様子を覚えている。

大小を問わず、すべてのダム撤去事業には固有の課題があるようだ。ホワイト・クレー・クリークダムのような歴史的建造物の場合、綿密な調査を行い、部分的に保存する必要がある。大量の土砂とがれきが溜まったダムでは、下流にすむ魚や野生動物、地域の住人に被害を及ぼさないよう、徐々に堆積物を撤去しなければならない。

また、ダムの撤去には管理者や近隣に暮らす住民の協力、管轄する州と連邦の許可、さらには解体費用も必要だ。ホワイト・クレー・クリークダムのような比較的小規模な事業でも、21万ドル(約2520万円)の費用がかかった。撤去に必要な資金の調達に携わったアメリカン・リバーズのセレナ・マクレインは、撤去の計画から実行まで一般的に3年を要すると述べている。

終了したばかりのエルワ川の撤去事業やスネーク川で計画されている大規模なダムの撤去は、さらに長い準備期間を必要とする。研究者や環境保護活動家らは、スネーク川のダムがサケに与える壊滅的な影響について10年以上も訴えてきた。

ダムを擁護する声も

内陸の小麦農家に輸送手段や灌漑(かんがい)用の水を提供し、水力発電によって地域一帯の電力が賄えるといった理由から、スネーク川のダムと貯水池を擁護する人々もいる。取り壊しの対象となっているダムや堰堤の多くは、まだいくらか周辺地域の役に立っているので、それに代わるサービスを提供しなければ、地域住民の同意を得るのは難しいだろう。

一方で、撤去の動きは複数のダムを巻き込んで流域全体を元の姿へ戻そうという活動へと移行しつつある。例えばイリノイ州のデスプレーンズ川では、これまでに5基が撤去され、6基が順次取り壊される予定だ。

ホワイト・クレー・クリークダムも、同じ川の流域にある複数のダムに先駆けて爆破された。また、ペンシルベニア州を筆頭にいくつかの州では、承認の手続きを簡素化して大規模な撤去事業を奨励している。

ダムを解体して川を元の姿に戻す試みは、ヨーロッパや日本でも支持が広がりつつある。だが、中南米やアフリカ、アジアの一部の国では、国内の電力需要を満たし、輸出用の電力を生産するために、水力発電用の大型ダムの建設が次々に計画されている。

米国には高さ1.8メートル以上のダムや堰堤が8万基近く、それより小型のものが数万基ほど点在し、依然として河川の流れを塞いでいる。ダム撤去の支持者である前内務長官のブルース・バビットは以前、「独立宣言の署名以来、平均で1日に1基のダムが建設されてきた」と述べている。

なかでも初期に建てられたのが、冒頭のホワイト・クレー・クリークダムである。水車小屋の所有者でクエーカー教の牧師だったダニエル・バーンズが1776年、あるいは1777年に建設したものだ。バーンズの自宅では1777年9月6日、歴史的な会議が開かれた。出席したジョージ・ワシントンはその後、独立戦争で見事勝利を収めている。今日のホワイト・クレー・クリークでのダムの破壊も、歴史的な出来事の一つとされるかもしれない。
文=Michelle Nijhuis/訳=益永依子


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【2015/02/05 01:53】 | 脱ダムの流れ
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