「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
            嶋津 暉之

九州豪雨から3カ月経ちました。
大きな被害が出た大分県日田市の現状を伝える記事です。

◆「安心して暮らせる日は…」なお続く避難 中心部へ移る、苦渋の決断も
 九州豪雨被災、大分県日田市

(西日本新聞 2017/10/6(金) 12:13配信)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171006-00010005-nishinpc-soci

九州豪雨から5日で3カ月を迎えた。大規模な土砂崩れや川の氾濫で大きな被害が出た大分県日田市の小野地区や大鶴地区では復旧工事も進み、住民生活も徐々に日常を取り戻す一方、今も避難を余儀なくされ、「戻りたいが二次被害が怖い。安心して暮らせる日は来るのか」と複雑な思いを抱える人も多い。

小野地区では、大規模な土砂崩れで川がせき止められ「土砂ダム」が出来た。ダムは解消し仮設道路も開通したが、同地区鈴連町では今も96世帯のうち24世帯がみなし仮設住宅や公営住宅などで暮らすという。

山本省悟さん(66)もその一人だ。大規模土砂崩れ現場から約200メートルの小野川沿いの自宅は被災を逃れたが、生活排水を処理する装置が壊れて住めなくなり、市内のみなし仮設住宅に移った。キュウリやトマトがたわわに実っていた近くの畑の一部は濁流にのまれた。「孫と食べるのを楽しみにしていたが、何も無くなった」
自宅からの風景、旧友と遊んだ通学路は無残な姿に変わった。それでも心を奮い立たせ、週末ごとに家の片付けや残った畑での農作業に努めるが、むき出しの山肌に不安は募る。「かけがえのない古里。いつかは帰りたい。再び土砂崩れが起きないような復旧を」と望む。

浸水被害を受けた小野地区の小野小には今も、子どもたちの声は戻らない。校舎の復旧工事は終えたが、通学路の安全が確保できず、児童は地区外の戸山中での授業が続く。冷川善幸校長は「保護者と協議し、児童の安全を最優先に再開を判断したい」という。

「交流や話し合いの場を」

大鶴地区の上宮町は、全35世帯のうち8世帯が自宅に戻れないでいる。大工の森山義則さん(64)は、妻と次男とともに7月下旬、町内を出て地区内の空き家に引っ越した。

裏山からの泥水などで自宅は半壊、大工道具も流された。ボランティアの手を借りて片付けはしたが、裏山は崩落の恐れがあり、強い雨のたびに自宅は浸水する。「離れたくない。でも不安の中で生活しても心が休まらない」と苦渋の決断をした。年内には市中心部へ移ることも検討している。

市は「地域内移転」を含めた生活再建の支援策を探っているが、結論はまだ先になりそう。上宮町の高齢化率は50%超。地域離散が進めば災害時に欠かせない「共助」の力は低下する。自治会長の藤井隆幸さん(68)は「絆を守り地域を維持するため、自宅から離れて暮らす人たちとの交流や話し合いの場をつくりたい」と話した。

農産物直売所、2カ月半ぶりに再開

復旧復興は道半ばだが、住民たちは日常生活を取り戻そうと、力強く歩みだしている。

大鶴地区大肥本町の農産物直売所「やさい工房沙羅」は5日も朝から客が次々に訪れ、店内は活気にあふれた。濁流が流れ込んで営業休止していたが、9月下旬、2カ月半ぶりに再開。運営する大鶴まちづくり協議会の藤井安之会長(77)は「地域の復旧復興を後押しする場にしたい」と意気込む。「ここは知った人とも話ができるからうれしい」。野菜を持ち込み、買い物を済ませた平川操さん(79)はようやく戻った日常に笑顔を見せた。

大鶴地区大鶴町の老舗蔵元「井上酒造」は5日、自社の田んぼで特別純米酒「百合仕込み」用の酒米の収穫を行った。作業には同地区でボランティア活動を続ける名古屋市のNPO法人職員松山文紀さん(45)ら20人が参加。「地元の会社が元気を取り戻すことが地域の元気につながる」(松山さん)との思いからだ。

同社は、裏山から襲った山水で資材や設備に大きな被害を出したが、田んぼは奇跡的に生き残った。同社専務で「百合仕込み」を手掛ける井上百合さん(52)は黄金色に実った稲穂を眺め「今までで一番の出来」と目を細める。「この3カ月、必死で走ってきた。周囲への感謝を忘れず、これからも酒造りに向き合っていく」と力を込めた。


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【2017/10/09 07:37】 | 新聞記事から
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        嶋津 暉之

今年7月の九州北部豪雨では大量の流木が発生し、被害を拡大しました。
この流木の回収作業が難航しています。

◆山の流木回収難航 作業に手間、二次災害懸念 九州豪雨3ヵ月
(西日本新聞2017年10月05日 06時00分)
https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/363682/

九州豪雨では大量の流木発生が被害を大きくしたが、福岡県内ではその撤去が難航している。20万トン超(ダム内を除く)とされる流木を、県は2019年3月までに処理する計画を立てているものの、山間部を中心に回収に時間がかかっている。作業が長引けば台風や大雨で下流域に流れ出す二次災害の懸念も大きくなるが、課題は多い。

大分自動車道・朝倉インターチェンジから、山側へ約3キロ入った福岡県朝倉市の妙見川上流部。雨に見舞われた2日、九州豪雨で岸辺が削られ川幅が数十メートルに広がった川底で、5台ほどの重機がうなりを上げた。

川底には、豪雨でなぎ倒され押し寄せてきた大量の流木が土砂に埋もれている。幅10メートルほどで蛇行する濁り水の脇で、重機が流木を掘り出し、大型ダンプで搬出する作業が続く。

「木材を搬出するだけの作業に比べると効率が格段に悪い」。重機を操縦していた男性作業員はそう言い、汗を拭った。

□ □

県は流木20万トン超のうち、国道沿いなど国処理分などを除いた7万トンを県処理分と想定し、補正予算を組んで回収を実施。しかし9月末時点でも約4万トンの回収にとどまっている。朝倉市は未集計で、東峰村は約6割を回収できたと推計しているが、まだ全体で数万トン以上の流木が被災地に残っているとみられる。
さらに、これまで回収が済んだのは幹線道路沿いや平地に近い場所にある河川敷が中心。今後は妙見川上流部のような山間部、急傾斜地などで進められ、これまでよりスピードが遅くなることが予想される。

そもそも20万トン超の推計量は、被災地の二つの河川を撮影した航空写真で見つかった流木の範囲を基に算出されている。地中に埋まった流木は基本的に数えられておらず、処理すべき量が増える可能性もある。

□ □

回収後の流木は、県が既に処理、活用方針を公表している。

計画では、まず県内12カ所の1次仮置き場に集積。10月中旬からは、筑後市の下水道施設「矢部川浄化センター」の敷地に確保している2次仮置き場に運び出す。ここに破砕機を設置してチップ化し、火力発電などに11万トン▽セメント燃料・原料用に3万トン-として有効活用する。このほか焼却(チップ化)は6万トン、木材のまま利用が0・5万トンと見込んでいる。

チップなどの受け入れ先は、県の呼び掛けに九州内の31カ所の施設が応じており、19年3月末までに処理を終える予定だ。

一方で、31施設のうち、どこに、いつから受け入れてもらうか、運搬方法をどうするかといった具体的な計画は「今まさに詰めている段階」という。県は運搬費、処理費などで約65億円を計上しているが、処理量が増えれば、費用がさらに膨らむ恐れがある。

県は、65億円でも不足する場合、新たに予算を組んで対応する方針。ただ流木撤去が終わらなければ、河川や道路の復興工事が進まない面もあり、県廃棄物対策課の担当者は「流木撤去は優先事項で、処理完了時期をずらすつもりはない」と強調する。

=2017/10/05付 西日本新聞朝刊=


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【2017/10/09 07:20】 | 新聞記事から
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          嶋津 暉之

100年前の淀川の堤防決壊を振り返った記事をお送りします。
淀川の現状がどうなっているのか、現在進行中のダム事業が本当に必要なのか、住民の安全を守るために何が必要なのか、などの問題意識のない記事です。

◆淀川の堤防決壊、大洪水から100年 大阪・高槻で催し
(朝日新聞2017年9月29日)
http://digital.asahi.com/articles/ASK9T53FGK9TPTIL01L.html

 100年前の1917(大正6)年10月、大阪府で淀川が決壊し、広範囲で浸水する大洪水が起きた。堤防が切れた高槻市の地名にちなみ、「淀川大塚切れ」と呼ばれる水害だ。発生した1日には、市内で式典とシンポジウムが開かれ、備えの大切さを訴える。

【特集】災害大国 被害に学ぶ
「千年に1度の豪雨」発生したら… 淀川水系の想定公表

 洪水は台風に伴う大雨で淀川の水位が上昇し、現在の同市大塚町3丁目付近で約200メートルにわたって堤防が切れて発生。浸水は、大阪市西淀川区までの淀川右岸一帯の約59平方キロメートルに及んだ。当時の大阪府警察部によると、被害は死傷者・行方不明者約30人、全半壊や流失した家屋約600戸、床上・床下浸水約1万6千戸に上った。

 水害の教訓を生かし、堤防を高くしたり強化したりしたほか、上流のダムで流量を調節できるようにした。その結果、府内を流れる淀川では堤防の決壊による洪水は起きていない。

 しかし、一昨年9月には茨城県で鬼怒川が決壊するなど全国で豪雨災害が多発。国土交通省近畿地方整備局が今年6月に公表した想定では、千年に1度の規模の大雨に見舞われ、淀川と木津川、桂川で洪水が起きれば、浸水面積は265平方キロメートルに及び、大阪府と京都府の計27市町で被害が出るという。
 そのため、高槻市など淀川流域の自治体と近畿地整は、大水害から100年に合わせ、洪水に備える意識を高めてもらおうと催しを企画した。同市下水河川企画課の担当者は「淀川は100年間決壊しておらず、住民には『水害はない』という安心感がある。住んでいる場所のリスクを把握し、命を守るため何が必要か考えてほしい」と話す。

 10月1日は、堤防が切れた時刻の午前8時半から、同市大塚町3丁目の淀川右岸堤防上に立つ洪水記念碑前で式典が開かれる。午後1時半からは高槻現代劇場(同市野見町)で、NPO法人気象キャスターネットワーク理事長の藤森涼子さんの講演やパネル討論がある。問い合わせは同課(072・674・7432)。(千種辰弥)

     ◇

 大阪朝日新聞は洪水が発生した翌日の1917年10月2日付で、被害の状況を以下のように報じた。

 一日午前九時府下三島郡大冠村大塚の大堤防一度決潰(けっかい)するや東は大冠村字野田より北は院線高槻駅付近西は芥川の堤防に至るまで上三島の沃野(よくや)は忽(たちま)ち水勢に甜(な)められて見る見る一面の大海と化し浸水今や頂上に達せんとす


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【2017/10/01 00:55】 | 新聞記事から
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          嶋津 暉之

清流日本一の川辺川の「尺アユ」を取り上げた記事に、川辺川ダム反対運動に取り組んで来られた川漁師・吉村勝徳さんが登場します。

◆“清流”日本一に育まれ 熊本・川辺川の天然アユ
(西日本新聞夕刊=2017年09月09日 18時17分 )
https://www.nishinippon.co.jp/feature/its_best_season/article/357340/

 先月、熊本県内の夏祭り会場で、「川辺川天然鮎(アユ)」と書かれたのぼりが目に留まった。のぼりの下では男性が、薄墨色の美しいアユに、手際良くおどり串を打ち、ひれに白く化粧塩を振って次々と炭火に並べている。

 「川漁師直売だけん、大きさも味も保証付き。いっちょ食べてみんですか」。人懐こい笑顔で話しかけるのは、同県人吉市でアユ問屋を営む吉村勝徳さん(69)。4代続く川漁師。夕暮れに船を出し、網を張る。

 川辺川は、五木五家荘に水源を持ち、人吉で本流の球磨川へと合流する。かつてあったダム建設計画は、川漁師や住民の強い反対で休止。流域にダムがないため河川環境が良く、今年も国土交通省調査で11年連続、水質日本一に輝いた。体長30センチを超える尺アユがすむことでも知られる、太公望憧れの川だ。

 焼き上がったアユを受け取り、そのまま豪快にガブリ。淡泊でさっぱりした味で、背脂の甘みもうまい。「今も太くて味のよかとの取れよっとは、やっぱ川辺川の水質のおかげたいね」と吉村さん。晩酌のお供にと、もう2匹注文した。

 回遊魚で、遡上(そじょう)と流下を繰り返すアユ。ほのかにキュウリやスイカの香りがするため香魚とも呼ばれる。青々としたコケを食べて育つかどうかで色や香り、大きさ、味が大きく変わるという。これからの季節、川辺川で育った美しい清流の女王は、名残を惜しむようにゆっくり下流へ向かう。

 ▼川辺川天然アユ 1キロ(約8~9尾)で5500円。10月中旬から取れる子持ちアユは同6500円。全国発送可。あゆや吉村=0966(24)4222。



【2017/09/16 00:48】 | 新聞記事から
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             嶋津 暉之

2年前の関東・東北豪雨では、日光市芹沢地区で土石流災害がありました。
この問題を取り上げた記事です。

◆明日への備え 関東・東北豪雨2年/1 早めの避難が定着 土石流で9棟全半壊、日光市芹沢地区 /栃木
(毎日新聞栃木版2017年9月7日)
https://mainichi.jp/articles/20170907/ddl/k09/040/059000c

 県内で多くの浸水、土砂災害に見舞われた関東・東北豪雨から、間もなく2年となる。今年は7月に九州北部豪雨が発生するなど全国的に豪雨被害が相次ぎ、水害は身近な危機となっている。県内の住民や自治体は、「想定外」の豪雨災害にどのように向き合い、教訓としたのか。災害から2年を前に現状を追った。【野田樹】

 日光市の山あいを流れる芹沢(河川)沿いに、芹沢地区の小さな集落がある。豪雨では、民家の裏山などで土石流が計9カ所も発生。民家9棟が全半壊し、生活道路が寸断されて一時26世帯52人が孤立した。同市五十里では、24時間の総雨量が観測史上最大の551ミリを記録。県内で最も降雨量が多い地域だった。

 「川ばかり気にしていたら、まさか裏から来るなんて」。2015年9月10日の早朝。自宅にいた山口兵太さん(82)、キヌヱさん(81)夫妻は、裏山で発生した土石流に巻き込まれ、自宅が全壊した。
 午前5時ごろ、「ガシャーン」という窓が割れるような音とともに、平屋の自宅に大量の土砂が流れ込んだ。山とは反対側にいて、土砂に埋もれることはなかったが、屋根のあるはずの場所から白んだ空が見えた。

 外から「大丈夫か」という声が聞こえた。半身が泥水につかり、パジャマに裸足のまま、声を頼りに出口を探した。「こっちに行くべ」。キヌヱさんが先導し、崩れかけた家からはい出た。近所で体を洗って戻ると、自宅はさらに流され、跡形もなくなっていた。

 兵太さんは肩などを痛め、2週間入院した。キヌヱさんも足などをけがした。親族の家などで避難生活を続けたが、豪雨から約2カ月後に芹沢地区で空き家を借り、住み慣れた地での生活を選んだ。「『災害の時はすぐ出られる準備をしておけ』と言うけれど、実際には何もできなかった」とキヌヱさん。早期に避難することの難しさを痛感したという。

 芹沢地区は、高齢者が約7割を占める過疎地域で、豪雨の影響で世帯数はさらに減少した。一方、豪雨当時に自治会長だった阿久津修さん(68)は「あれだけの被害に遭ったことで、早めの避難が定着した」と話した。

 豪雨後には、連絡網を作り、車を持っていない高齢者を把握した。避難情報が出れば、互いに声を掛け合って避難する。元々近所付き合いが多く、山口さん夫妻も出掛ける時は、阿久津さんらに声を掛ける。阿久津さんは「数日電気がついていなかったら気にしたり、少人数なりにうまく関わり合っている」と説明した。

    ◇

 今年3月までに、土石流の発生場所に砂防えん堤(砂防ダム)6基が完成した。芹沢もコンクリートによる護岸工事が進み、19年までに作業を終える見込みという。阿久津さんにとって、芹沢は子どもの頃から遊んだ思い出の場所だ。

 「毎日毎日びっくりするほど風景が変わっていく。安全のためにはしようがないかな」

 2年がたった今でも、復旧作業は続いている。=つづく

関東・東北豪雨による県内の被害

 2015年9月9~10日に、台風18号や台風から変わった低気圧に向かって湿った空気が流れ込み、関東や東北地方で記録的な大雨となった。県内でも河川が氾濫するなどして日光、栃木、鹿沼の3市で計3人が亡くなった。県西部や南部を中心に住宅約6000棟が土砂災害で全半壊したり、浸水の被害を受けたりした。


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【2017/09/11 01:31】 | 新聞記事から
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