「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
                嶋津 暉之

兵庫県の武庫川ダムは、市民参加の武庫川流域委員会で徹底した議論を行って2011年に中止が決定しました。
この武庫川で既設の利水専用の千苅(せんがり)ダムを治水に利用する調査が行われることになりました。

◆神戸・千苅ダム 治水利用に向け、県が調査着手へ
(神戸新聞2017/4/5)
https://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201704/0010066750.shtml

 兵庫県は2017年度、神戸市が管理する利水専用の「千苅(せんがり)ダム」(同市北区道場町)について、治水利用に向けた調査に着手する。武庫川流域の水害を防ぐため、雨量の多い7~9月に水位を下げておき、雨水をためられる容量を確保しておくことを検討。放流用の稼働堰(ぜき)(ゲート)を設けるなど、えん堤が改修できるか強度を調べる。(斉藤正志)

 千苅ダムは神戸市で最大の上水道専用貯水池。約1160万立方メートルの水をためておくことができ、北区を中心に給水している。

 治水利用は、県の諮問機関「武庫川流域委員会」などの議論を受け、県が11年に策定した武庫川水系河川整備計画(11~30年度)で検討課題と位置付けていた。
 これを受けた県と市の協議では、大雨時の貯水容量を空けておくため、事前放流することによる水質の変化や、水不足になった場合の代替水源の確保が課題となっていた。

 事前放流は大雨の直前にせず、6月に数週間かけて実施することを検討。生活用水に適さない表層や底の水が、取水する中層の水に混じるのを最小限に抑える。7月から3カ月間、水位を1メートル下げておくことで、下流に流れ込まないよう雨水をためる容量を100万立方メートル(25メートルプール2500個分)用意できるという。

 代替水源についても、青野ダム(三田市)を水源とする三田浄水場(同)から、西宮市内へ連絡管を整備する県企業庁の計画を活用。途中で連絡管を神戸市の管路とつなぎ、水不足時には青野ダムから供給を受けることを考えているという。

 県は17年度当初予算に、調査費用1億円を計上。1919(大正8)年に整備された千苅ダムのえん堤が工事に耐えられるか、構造や地盤の強さなどを調べる。調査結果を受け、県と市は治水利用の具体化に向けた細部の検討に入る。国土交通省によると、利水ダムの治水利用が実現すれば、全国的にも珍しいという。


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【2017/04/07 07:45】 | 新聞記事から
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          嶋津 暉之

水道の民営化の道を開く水道法改正案が3月7日に閣議決定されたことを先日お伝えしました。
水道ではなく、下水道の方ですが、浜松市が下水処理施設「西遠浄化センター」などの運営権を20年間、仏ヴェオリア等で構成する企業連合に委ねる可能性が高くなりました。
浜松市はこのため、市の下水道条例を2016年2月に改正しました。PFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)を活用して、下水処理施設等の運営権を委ねるというものです。

下水処理場の管理を民間委託している例は今まで多くあると思いますが、運営権を委ねるのは国内初とのことです。

今回の水道法改正案が成立すると、浜松市の下水道のように、外国資本も入った会社が水道の運営権を持つ例が増えていくのでしょうか。憂慮されるところです。

◆浜松市で下水道初の運営権 仏ヴェオリア陣営が取得
(日本経済新聞2017/3/21 14:36)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ21HIL_R20C17A3000000/

 浜松市は21日、国内初となる下水道の長期運営権売却「コンセッション」で、水処理世界最大手の仏ヴェオリアとJFEエンジニアリング、オリックスなどで構成する企業連合が優先交渉権を取得したと発表した。同市が下水道運営の一部を同陣営に20年間委ねる。コンセッションは空港や道路で始まっている。民間の効率的な運営ノウハウを生かせば収益性が見込めるとして、インフラ運営に参入する企業は増えそうだ。

 道路や空港、水道などの公共施設で、国や自治体が所有権を残したまま、運営する権利を民間事業者に売却するコンセッションは政府の成長戦略の1つ。国内で利用料収入を伴うインフラ資産は185兆円とされる。民間委託は行政にとってインフラ維持運営の財政負担を軽くできる。企業はほぼ手つかずだったインフラ運営という新市場に参入できる。
 国内のコンセッションは、仙台空港や愛知県の有料道路などで民間運営が始まっている。だが資産が約90兆円と国内最大のインフラである下水道では、浜松市が第1弾となる。

 同市が所有する下水処理施設「西遠浄化センター」などの運営権について、優先交渉権を得たのは、仏ヴェオリアの日本法人やJFEエンジ、オリックスなど6社。今年10月をメドに契約を結び、2018年度から20年間にわたり事業を担う。運営権対価は25億円で提案した。

 対象施設は市内の下水処理量の6割を占め、事業規模は年20億円程度。ヴェオリア陣営は期間中、施設の運営や設備更新などを独自に行う。センサーなどを使って少ない人員で効率的に設備管理する仕組みや、下水汚泥をバイオマス発電向けの燃料とする設備を設けて副次的な収入の獲得などを狙う。

 ヴェオリアは、海外でコンセッションの実績が豊富なほか、JFEエンジは、下水汚泥の処理技術を持つ。オリックスは下水道分野へ初参入となるが、関西空港でコンセッションを始めている。

 下水道は設備の老朽化が深刻になっている。30年には国内全体の更新費用が年1兆円と、現在の7割増に膨らむ見通しだ。だが人口減による利用料収入の減少で、自治体の運営は苦しくなっており、民間委託は必至の流れとの見方が強い。下水道のコンセッションを巡っては、大阪市や宮城県も検討している。
(大平祐嗣)


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【2017/03/26 07:08】 | 新聞記事から
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           嶋津 暉之

韓国では李明博政権時代に4大河川事業(漢江、洛東江、錦江、栄山江の4大河川を浚渫して、堰を多数建設する事業)が進められ、生態系を大きく破壊したとされています。
この4大河川の水質悪化問題についての記事です。

◆韓国政府、4大河川の水質悪化を認定…「堰を開いて大量放流」
(ハンギョレ新聞 2017/3/21(火) 17:20配信 )
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170321-00026845-hankyoreh-kr

韓国政府、4大河川の水質悪化を認定…「堰を開いて大量放流」

 政府がアオコで生態系が破壊されている4大河川の水質を改善するために、長時間にわたり堰の水門を開いて水を大量放流することにした。堰によって詰まっていた水を流れるようにするということだが、政府も4大河川の水質悪化の深刻さを認めたわけだ。だが、一時的な放流で毎年繰り返されるアオコを改善できるかには疑問が残り、水が抜けて魚介類の斃死などの憂慮も出ている。

 国土交通部、環境部、農林畜産食品部は20日、こうした内容が含まれた「ダム-堰-貯水池連係運用方案」委託研究結果を発表した。今回の委託研究は首相傘下の4大河川事業調査評価委員会が勧告したものだ。委託研究はダムと堰から水を放流した時、4大河川の水質改善効果を調べた。堰の水位を「地下水制約水位」(周辺の地下水に影響を与えない水位)まで低くするなど、水を大量に長期間(74~121日)放流した時、洛東江(ナクトンガン)、錦江(クムガン)、栄山江(ヨンサンガン)のアオコが一部改善されることが明らかになった。水が持続的に流れれば水質が良くなるという話だ。
 政府もすでに堰から大量放流できるように規定を変更した。堰の管理規定によれば、洪水や渇水を除いては常に管理水位(堰の最高水位)を維持するよう定めていたが、昨年12月にアオコなどの水質改善のために堰の水位を「揚水制約水位」(農業用揚水場の取水に影響を与えない水位)や地下水制約水位まで低くできるようにした。

 だが、堰の水を大量放流するとは言っても、再び堰の水門を閉じればアオコの発生が繰り返される可能性が高い。一時的に水質を改善させることはできるが、川を蘇らせるには力不足だ。さらに大きな問題は、委託研究報告書の内容どおり、アオコを解決するために2カ月以上にわたり地下水制約水位まで水を放流することが現実的には難しいという点だ。国土交通部関係者は「雨が少なければ農業用水も不足しかねず、堰の水を長期間大量放流することは容易でない」と話した。

 大量放流による弊害も解決を要する課題だ。今年2~3月に6個の堰を地下水制約水位まで低くして放流試験運用をしてみたところ、水位が低くなって一部地域では魚道が閉鎖され魚の移動が困難になった結果、魚介類の斃死の懸念も指摘された。こうした理由から政府は魚道16カ所、揚水場25カ所に対する改善が必要で、それには638億ウォン(約64億円)がかかると推定した。4大河川事業に22兆ウォン(現在価値で2兆2千億円)の予算が必要とされ、現在もなお毎年数千億ウォンの管理費が投入されているが、水質改善のためにもまた財政を使わなければならないということだ。

 カトリック関東大学のパク・チャングン教授(土木工学)は「地下水が影響を受けない範囲まで堰の水位を下げるために大量放流するということは、水が流れてこそ水質が維持されるということを政府自身も確認したということ」としながら「これは4大河川事業以前に戻してこそ川を蘇らせることができるという意味」と話した。パク教授は「4大河川の堰のために悪化した水質を、4大河川の堰の水を利用して改善するということで、あまりにも呆れ返る状況」と付け加えた。
キム・ソヨン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )


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【2017/03/23 07:59】 | 新聞記事から
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             嶋津 暉之

吉野川河口部では四国横断自動車道の橋梁工事が進められていて、その工事で発生する汚濁の拡散防止フェンスが稚アユの移動を妨げることが危惧されています。
吉野川河口部では吉野川第十堰可動化の事業が川の自然に多大な影響を与えるとして大きな広がりを持つ反対運動が展開され、中止に近い状態まになっています。
ただ、中止にはなっておらず、国土交通省はまだあきらめていません。

◆アユ遡上阻害撤去を 吉野川漁協連、河口橋梁工事で (徳島県内のニュース )
(徳島新聞 2017/3/19 14:08)
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2017/03/2017_14899002128831.html

吉野川河口で進む橋梁工事が稚アユの遡上に大きな影響があるとして、吉野川漁業協同組合連合会(阿波市)が工事主体の西日本高速道路に対し、生育環境への配慮や遡上シーズンの工事休止を求めている。工事で発生する汚濁の拡散を防ぐフェンスが稚アユの移動を妨げると主張。橋の建設には理解を示すものの「このままでは今年のアユは絶望的になる」と訴えている。

橋梁工事は四国横断自動車道の建設に伴い吉野川河口に架ける橋(全長1・7キロ)の橋脚11本を設置する。2016年2月から6~10月の出水期を除き、河床部の掘削で濁った水の拡散を防ぐため、汚濁防止フェンスで現場周辺を囲っている。

フェンスは海面から約2~5メートルの深さまでメッシュ状のカーテンをつり下げる構造。河口部をほぼ横断するように張り、漁船や魚が行き来する幅約30~50メートルの通路を3カ所確保している。
連合会によると、アユは10~12月に川で産卵し、ふ化後は海へ移動。3~5月になると5センチ程度に育った稚アユが遡上する。アユは水面から40センチほどの深さを泳ぐため、フェンスが移動を阻害すると指摘。魚の通路も「わずかな隙間を都合良くアユが通るとは思えない」(連合会)と否定的な見方を示し、フェンスの撤去を求めている。

西日本高速は6月の出水期までに、工事が進んでいる河岸部の橋脚については汚濁状況を見ながらフェンスを撤去する方針。ただ「工事が続く場所は周辺生物に影響があり、撤去は難しい」という。連合会の訴えには「内容を検討して回答する」(徳島工事事務所)としている。

連合会によると、現場から2キロ上流に12年に開通した阿波しらさぎ大橋の時は、南岸側が橋脚の少ないつり橋だったことなどでフェンスの範囲が狭く、今回より魚が遡上しやすい状況だったという。有井孝夫会長は「昨年も工事の影響で遡上量が平年比で4割減った。天然アユは全滅の恐れがある」と話す。


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【2017/03/23 03:56】 | 新聞記事から
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          嶋津 暉之

徳山ダムに沈んだ旧・徳山村を撮り続けた故・増山たづ子さんについての記事です。

 ※てんでんこ 想定にとらわれず、最善を尽くし、率先避難者たれ。本来のばらばらに逃げるという意味が発展。

◆(てんでんこ)失われた風景:6 小さな抵抗
(朝日新聞2017年3月20日)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12850364.html

 被災地とダムに沈んだ村。共通する、住み慣れた土地から引き離された喪失感。

 東日本大震災から5年後の昨年5~6月、仙台市内の小さなギャラリーで、「増山(ますやま)たづ子と東北の記録者たち」展が開かれた。

 津波が来る前の日常の風景を切り取った写真や絵の隣に、ふるさとの岐阜県旧徳山村(現揖斐川町)がダムに沈むまぎわまでの約30年間を撮り続けた増山(2006年に88歳で死去)の作品が並んだ。住み慣れた土地から引き離されたという共通の喪失感が、被災地と村の距離をぐっと縮める。

 オープニングの日、増山の写真を東北で展示するのに尽力したIZU PHOTO MUSEUM(イズフォトミュージアム、静岡県長泉町)研究員の小原真史(こはらまさし)(38)とともに、岐阜県神戸町の大学非常勤講師、野部博子(のべひろこ)(71)の姿もあった。野部は増山に30年近く寄り添い、写真などの遺品を引き継いだ。

 増山はダム促進派、慎重派のどちらにも属さなかった。「国がやると決めたことは必ずやる。抵抗しても大水にアリが逆らうようなもの、というのが増山の口癖だった」。野部はトークイベントでそう語った。だが、戦争で夫と弟と亡くし、そのうえ「ふるさとまでも」との嘆きが、村の全てを写真に残したいという思いに増山を駆り立てた。

 村を離れる間際に家を壊す時は「ご先祖に申し訳なくて見せられない」と、さらしを巻いて目隠しをした墓石にレンズを向けた。転居後に見に行った村で雪に埋もれながら咲く一輪のヒマワリの花を見つけると、撮った写真の説明に「きっと来てくれると思って、僕頑張ったよ」と書いた。ガハハと豪快に笑ってユーモアを忘れず、写真に映る人も笑顔。悲しんでいるシーンは撮らなかった。

 小原にとって東北で問いかけたかったことの一つが、「大きな流れ」に対するそんな増山の抗(あらが)い方だった。今年2月には同じ企画展を福島市でも開いた。小原には、都市部の利水のために犠牲になった村と、首都圏の電気を供給したあげく事故でふるさとを奪われた原発被災地が重なって見える。

 もう一つ、行ったことはないが、気になっている場所がある。かさ上げ工事で元の風景が一変した岩手県陸前高田市だ。(森治文)


◆(てんでんこ)失われた風景:5 ダムの底
(朝日新聞2017年3月17日)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12845533.html
「夢の復興計画」を語るスーツの男たち。豪華弁当に「おおー」とどよめいた。

 震災から1カ月後の4月。静岡県長泉町のIZU PHOTO MUSEUM(イズフォトミュージアム)の研究員、小原真史(こはらまさし)(38)は、宮城県名取市の北釜地区で被災した友人の写真家、志賀理江子(しがりえこ)(36)からメールを受け取った。

 「あの日一瞬だけ、時間、生、死、感情、物の価値などが崩壊して、そこにあったすべてが見渡す限り真っ平らになった」

 津波直後の心情から始まった長文は、「復興」の名の下で起きた現実に戸惑っていた。

 高級車で乗りつけたスーツ姿の男たちが「夢のような復興計画」を語る。「もっと豊かになる」「助けたい」。配られた豪華なお弁当に、みんなが「おおー」とどよめいた。仙台空港が目の前にあり、カジノ開発など威勢のいいうわさも飛び交った。すべて泡沫(うたかた)の夢と消えた。

 読み終えた小原の脳裏には、かつてダムの底に沈んだ岐阜県の旧徳山村(現揖斐川町)のことが浮かんだ。1957年に計画が持ち上がり、2008年に完成した徳山ダムの主たる目的は川下の中京地区の都市用水確保だった。しかし今、6億6千万トンという日本一の総貯水量をもてあましている。

 補償金と引き換えにふるさとを離れるよう迫られた村は半世紀もの間、ほんろうされ続けた。雪深い過疎の村を出られると喜ぶ者もいた。今さら都会暮らしなどできるかと拒む者もいた。お互いに助け合っていくべき村社会の人間関係に深いひびが入った。

 70年代に入って、計画が本決まりとなった時だった。「ふるさとを忘れてほしくない」と、村の風景や人物の写真を撮り始めたのが民宿を営む村人の一人、増山(ますやま)たづ子(06年死去、享年88)である。

 素人でも手軽に扱えるカメラをぶら下げ、87年に廃村となり、466戸約1500人が土地を離れたあとも、工事中の現場に通った。10万枚に及ぶ記録写真は注目を集めた。

 小原は、たづ子の作品を集めた展覧会「すべて写真になる日まで」を13年秋から約10カ月間、自らが勤める美術館で開く。そして「東北に持っていけないだろうか」と思った。ふるさとを失う意味を、津波や原発事故で元の場所に住めなくなった人たちだからこそ一緒に考えて欲しいと考えたのだ。(森治文)


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【2017/03/22 02:57】 | 新聞記事から
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