「ダム建設の時代は終わった」by米国内務省開拓局長官ウィリアム・ピアーズ
              嶋津 暉之

9月11日に東京水道橋でシンポジウム「ウナギが生きる川を取り戻す」が開かれました。

◆9月11日(日)「ウナギが生きる川を取り戻す  ~ウナギと河川環境の問題を考えるシンポジウム~」
水源連
http://suigenren.jp/news/2016/08/31/8594/

日本養殖新聞にシンポジウムの内容を紹介する記事が載りました。
2016-09-22_10h52_36.jpg

「八ッ場あしたの会」のサイトに詳しい報告が載っています。
◆利根川の未来を考えるカムバック・ウナギ・プロジェクト |
https://is.gd/dpJ24g


シンポジウムとは別ですが環境省がニホンウナギが住みやすい川の保全指針をまとめるそうです。

◆ニホンウナギ住みやすい川へ保全指針を 環境省が検討会
(朝日新聞2016年9月18日10時33分)
http://digital.asahi.com/articles/ASJ9H753QJ9HULBJ01T.html?rm=218

 環境省は16日、絶滅のおそれがあるニホンウナギの保全に向けた検討会を立ち上げた。自治体や漁業者、市民団体などがウナギがすみやすい環境づくりを目指すための指針を年度内にまとめる。
海からさかのぼりやすく、隠れ場所も多い河川環境を守るのが狙いだ。
 国際自然保護連合(IUCN)は2014年、ニホンウナギを絶滅が危ぶまれる生き物のレッドリストに追加。養殖ウナギも稚魚は天然で、取りすぎや生息環境の悪化が指摘され、日本に厳しい目が向けられた。

 そこで環境省は14~15年度、関東平野を流れる利根川や静岡・神奈川県を流れる酒匂川、福岡県の西郷川など6河川でニホンウナギの現状を調査。

ウナギは海と川の間を回遊するが、川を横切る堰(せき)ができて上流にさかのぼりにくくなったり、護岸工事で隠れ場所やえさ場が減ったりしたことがわかった。

 調査をもとに海と川、ため池や水田の間を行き来しやすく、隠れ場所やえさ場が豊富にあるような、ウナギに好ましい河川環境を守ったり再生したりすることを目指す。

日本が大量に輸入してきたヨーロッパウナギは絶滅のおそれからすでに09年に国際取引が規制され、ニホンウナギも対応が求められている。


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【2016/09/23 02:08】 | シンポジウム
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              嶋津 暉之

昨年9月、鬼怒川からの溢水で自宅が全壊し、今も一室のみの生活を強いられ、国の責任を追及している常総市若宮戸地区の逆井正夫さんに焦点を当てた報知の記事を紹介します。

◆常総水害から1年、いまだ土間状態…支援金足りず
(スポーツ報知 2016年9月13日)
http://www.hochi.co.jp/topics/20160912-OHT1T50183.html

鬼怒川が決壊した関東・東北豪雨による水害の発生から10日で1年を迎えた。茨城県常総市は住民6223人が避難し、6001件の家屋が被災(全壊、大規模半壊、半壊、床下浸水)した。生活の基盤を奪われた被災者たちには、平穏な日々が戻ったのだろうか。越水により自宅が全壊し、国への責任追及を検討している同市若宮戸地区の逆井(さかさい)正夫さん(68)を訪ねた。(甲斐 毅彦)

 逆井さんは全壊した平屋の3DKのうち、6畳の一室のみを改修して暮らしている。部屋は水浸しとなった畳をどかし、板張りとなった上に雑然と物が置かれていた。「こんなのを見られると恥ずかしいよ」と言いながらふすまを開けると、隣室の6畳間は、押し寄せたがれきは片づけられているものの、いまだに土間のような状態だった。

 建物には12か所に穴が空き、コンクリートの土台も損傷したまま。被災者生活再建支援制度に基づく支援金が300万円弱、支給されたが「家を建て替えて元の生活に戻るにはこれでは全然足りない」と首を横に振った。
 逆井さんが隣接する坂東市から妻子を連れて鬼怒川左岸の若宮戸に引っ越したのは、隣のつくば市で万博が行われた1985年。「若宮戸は高台なので川があふれても大丈夫」が当時の住民たちの共通認識だった。その後、1女1男はそれぞれ独立し、妻・幸子さんは2013年11月にがんで60歳の若さで亡くなった。妻を偲(しの)びながら一人で静かに年金暮らしをしている時に越水に見舞われた。

 豪雨に見舞われた昨年9月10日午前2時過ぎ、警報を聞いて南東約3キロの市立豊田小学校に避難。「これだけは流されるわけにいかない」と慌ててリュックに入れたのは幸子さんのお骨だけだった。水が引いた翌11日の夕方、がれきに囲まれて損壊している自宅を見てがく然とした。趣味だった10台以上の高級カメラや幸子さんが買ってくれたオーディオセットはすべて泥まみれ。家族の思い出の写真や約400冊の本は流されてしまった。

 越水したのは、民間業者が自然堤防を掘削してソーラーパネルを設置した地点からだった。以前から危険を予感していた逆井さんは複数回にわたって国交省に対策を要請していたが、そこは国が管轄する河川区域ではなく、業者が用地買収した私有地であるとの理由で受け入れられなかった。逆井さんら住民の要請を受けて、災害発生の約2か月前には大型土のうが積み上げられていたが、越水は防げなかった。

 「業者の責任だ」。そう思った逆井さんは、内閣府をはじめ関係諸機関に告発文を送り、被災した約250人を集めて被害者の会を結成。しかし年明けの1月下旬に国交省関東地方整備局が発表した被災状況の調査結果は、自然堤防の掘削がなくても越水は防げなかった、とするものだった。業者の責任を問うことはできなくなってしまった。

 逆井さんは法律や水害の専門家と相談して、水害の危険を長年放置してきた国を訴えることを検討している。しかし、国の河川管理責任を問うた過去の水害訴訟の最高裁判決(1984年の大東水害訴訟判決)では、改修を行わなかったことで、国の責任は問えないものと判示されている。

 逆井さんは「法律のことはよく分からないし、裁判をすればすごくお金もかかる。でも泣き寝入りしてしまっては妻も浮かばれない」と諦めてはいない。しかし、行動のための労力や費用…。知れば知るほど困難であることを思い知らされる。


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【2016/09/23 01:54】 | 新聞記事から
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           嶋津 暉之

昨年9月の台風18号では鬼怒川下流部で堤防が決壊し、常総市を中心に凄まじい被害を受けました。
鬼怒川水害は深い傷跡を残しています。
被災地の現状をとらえた東京新聞茨城版の連載記事2016年9月13~15日(上)(中)(下)を紹介します。

◆常総はいま 鬼怒川決壊1年(上) 「みなし仮設」適用残り1年
(東京新聞茨城版 2016年9月13日)

「みんな戻ってきてほしいからね。空き地のままでは寂しい」。鬼怒川の決壊現場で十世帯の住宅が流されたり傾いたりして、広い更地になったままの常総市三坂町の上三坂地区。八月下旬の夕方、雑草が生い茂らないよう、区長の秋森二郎さん(69)が一人で除草剤をまいていた。

 自宅を失い、市内のみなし仮設住宅で暮らす前区長の渡辺操さん(71)が、車で立ち寄った。ねぎらうように秋森さんに缶コーヒーを差し出した後、嘆いた。「とにかく二年じゃあ、どうにもならないよな」

 全壊の十世帯は、いずれも市内や近隣市内で、公営住宅や民間住宅を借り上げた「みなし仮設」で生活する。制度上、適用期間は原則二年で来年秋までだ。

 「先祖代々ここに住み、墓もある。みんな、やっぱり戻りたい。期限までに自宅を完成させるなら、来年五月ごろに着工したいが、みんな、それまでに着工できるかどうか。六十歳を過ぎたらローンも組めない」と渡辺さんは心配する。

 市によると、避難生活を続ける市民は九月八日現在、七十八世帯の百九十六人。市幹部も「一年後も住宅のめどが立たない人は多いだろう。数世帯なら市営住宅でいいが、何十世帯も、どこに入居してもらえばいいのか」と懸念する。

 渡辺さんは、みなし仮設の期間延長を行政に求めようと考えている。

     ◇

 市によると、人口は八月末現在、一年前より八百三十四人減った。うち日本人は千六十八人減少した。

 外国人は、逆に二百三十四人増えた。支援団体によると、自宅アパートの浸水で市外へ転出した人も多いが、人材派遣会社から次々と別の外国人が派遣されてくるという。

 浸水被害が大きかった地区には今も、建物を解体したままの更地が点在する。アパートの多い地区は、人口減少が目立つ。

 常総市森下町の自治会加入者は、五百一世帯から三十世帯減った。区長の男性は「加入していないアパート住まいの世帯も多い。市の広報紙を配ると、大量に余る。減ったのは百世帯ぐらいだろう」。

 被災者を支援するNPO法人「コモンズ」の横田能洋(よしひろ)代表(49)は、市外の親族の家に移ったお年寄りの女性をよく覚えている。

 女性はコモンズの活動拠点の近くで一人暮らしをしていて、自宅が床上浸水した。大勢のボランティアが片付けてくれた。しかし、敷地が借地だったこともあり、自宅の修理をあきらめ、住み慣れた土地を去ったという。

 コモンズは現在、空き家を生かし、高齢者ら向けの「見守り付き共同住宅」を計画中。横田さんは「つくば市のアパートに入れたからいいとは思わない。自宅は無理でも、せめて近くに安心して住める環境をつくりたい」と考えている。

 昨年九月の常総水害から一年がたった。被災地の今を探った。 (宮本隆康)

常総水害 昨年9月の関東・東北水害で、常総市内で鬼怒川の堤防が決壊したり、水が堤防を越えたりしたため、市域の約3分の1に当たる約40平方キロメートルが浸水。約10日間にわたり広範囲で水に漬かったままになった。4000人以上が救助され、市内で2人が死亡、44人が負傷。住宅5023棟が全半壊した。



◆常総はいま 鬼怒川決壊1年(中) 人口減や買い控え続く 
(東京新聞茨城版 2016年9月14日)

 「当面の間、夜の営業は金、土、日曜のみにします」。常総市森下町のそば店の入り口に、張り紙がある。「店を開けても、平日の夜は全然お客さんが来ないから」と、店主の名取勝洋さん(63)が語る。

 店は一年前、胸の高さまで浸水した。名取さんは「一カ月で営業再開」を目標にした。床や壁などを交換し、知人に片付けを手伝ってもらい、自分で壁の塗装もした。目標通り、十月十日に再開できた。

 「十一月に一週間、試しに夜、営業したが、全然駄目だった」と振り返る。町内はアパートが多く、水害で百世帯が引っ越したとも言われる。日中は県外からも客が来てにぎわうが、地元住民が主になる夜は、以前の客足は戻っていない。

 商工業を担当する市職員は「多くの市民が何百万円もかけ、自宅を直したり車を買い替えたりした。買い控えが広がり、小売店や飲食店は売り上げが落ちている。人口が流出した地区は特に厳しい」と指摘する。「私だって車二台が水没した。妻に『飲みに行っている場合ですか』と言われれば、返す言葉がない」

     ◇

  市商工会によると、二〇一五年度に退会した会員企業は八十七社。このうち約四十社は、水害が原因の廃業とみられる。

 経営指導員は「経営者が高齢で後継者がいなければ、水没した機械などを買い替えても、費用を回収できない。大多数は、家族経営の小規模な零細企業。水害で廃業が十~十五年ほど早まった」と説明する。

 水害から一年たったが、今になって「やっぱり廃業する」と断念する企業もあるという。再開した企業も、市内の得意先も苦しかったりして、売り上げが戻らない場合が多い。

 「一時期よりは落ち着いたが、まだまだ企業は苦しんでいる」という。

     ◇

  常総市本石下にある老舗酒造会社「野村醸造」の酒蔵の居住部分は、今も床を外したままだ。直せないのではなく、古民家レストランとして改修を計画中。「創造的復興を目指している」と野村一夫社長(62)は話す。

  酒蔵は水害で浸水し、酒造りに欠かせない「こうじ室(むろ)」にも水が入った。県内の酒造会社の従業員やボランティアら延べ約五百人が、泥かきをして片付けを手伝った。昨年十一月に新酒を仕込み、年末の出荷にこぎ着けた。

 「三十年以上、この仕事を続けているが、去年、しぼりたての新酒ができた瞬間は格別だった」

  築九十三年の酒蔵を壊すことも考えたが、居住部分を飲食スペースに変えることを思い立った。地場産の野菜や肉を使った料理を出す店として、来年春の開店を目指す。

 「ライバルだったはずの蔵元や、大勢のボランティアに助けてもらった。取引先のスーパーも出荷再開を待ってくれた。恩返しと感謝の気持ちを込めて、復興する」。野村さんはこう言い切った。

                                        (宮本隆康)


◆常総はいま 鬼怒川決壊1年(下) 離農相次ぎ、進む農地集約 
(東京新聞茨城版 2016年9月15日)

  黄金色に染まった水田地帯で、稲穂が揺れ、コンバインが進む。一年前、がれきや土砂が流れ込んだ常総市の水田に、例年と変わらぬ光景が戻ってきた。常総市川崎町の農業生産法人「ひかりファーム常総」の事務所は、今まで以上に忙しい稲刈りシーズンを迎えている。

  ひかりファームは、JA常総ひかりの子会社。高齢化した農家などから耕作を請け負っていて、水害以降は依頼が急増した。

  「水没した農業機械を買い替えられず、高齢化で後継者もいない農家が目立つ」と担当者。十五戸から計十三ヘクタールの依頼があり、耕作面積は約四十五ヘクタールから一気に約六十ヘクタールに増えた。

 市によると、「農地中間管理機構(農地バンク)」を通じて耕作を依頼した農家は今年二月以降、二十五戸。前年の十一戸から倍以上増えた。面積も前年の計十二ヘクタールから、計二十五ヘクタールと二倍になった。

 農家が離農する場合、農地バンクやJAよりも、知人の農家に直接、耕作を頼むケースが多いという。水害で離農した農家は、もっと多いとみられている。

     ◇

 県のまとめや市の推計では、鬼怒川東側で約千五百ヘクタールの農地が水害で浸水した。農機具の被害額は、四百六戸で計約二十八億円に上った。

 当初から小規模な兼業農家の離農は予想された。さらに大規模な専業農家も被害が大きければ、離農者の農地の受け入れ先がなくなる。耕作放棄地の大量発生が懸念されていた。

 農地百十二ヘクタールで復旧工事が実施され、田植えシーズンに何とか整備が間に合った。農業機械の買い替えや修理にかかった費用の六割は補助された。本年度の鬼怒川東側の米の作付面積は、千七百三十ヘクタールになり、例年並みを維持できた。

 市の担当者は「農地の耕作依頼が進んだし、離農も予想より出なかった。赤字だけど農業機械を買い替えた、という年金暮らしの兼業農家さえいた」と胸をなで下ろした。

     ◇

 「『もうダメかな』と最初は思った」。常総市三坂新田町の専業農家、瀧本進さん(70)は水害直後を振り返る。

 瀧本さんによると、水没して使えなくなったコンバインだけで、被害額は約千六百万円。さらにトラクター二台、田植え機、もみすり機、乾燥機三台、トラックも水没。被害総額は五千万円以上だった。

 公的補助のほか、保険金も受け取れると分かり、農業を続けることを決めた。「かなり借金もしたが、ある程度、返せる見通しが立った」という。

 所有する農地のほか、周囲の農家からも耕作を依頼され、約三十ヘクタールを耕作している。「請け負った以上、やらなきゃいけないし、自分がやめれば相手も困る。まだやめられない。自分の農地は守る」と笑った。 (宮本隆康)


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【2016/09/23 01:50】 | 未分類
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        嶋津 暉之

昨年9月の鬼怒川水害から1年経過しました。
鬼怒川水害は決して単に自然災害として片づけられるものではありません。
国土交通省の誤った河川行政がもたらした水害であるといっても過言ではありません。

耐越水堤防のへ強化技術が開発されているにもかかわらず、ダム推進の妨げになるとして、その技術をお蔵入りにしてしまった国土交通省の責任は重大です。

この問題を取り上げた東京新聞特別報道部の記事の全文をお知らせします。

◆突然消えた堤防強化策 鬼怒川決壊きょう1年 
(東京新聞特別報道部 2016年9月10日)
http://suigenren.jp/news/2016/09/19/8621/
2016-09-12_02h32_55-horz.jpg

4河川 着工したが…02年に指針廃止

昨年九月の関東・東北水害から十日で一年になる。茨城県常総市では住宅五千棟以上が全半壊した。被害を広げたのは、鬼怒川の堤防決壊だった。「想定外の雨」が原因とされているが、「ダム偏重の河川対策」の不備を指摘する専門家は少なくない。実は国も一九九〇年代に、想定以上の雨に備えた堤防強化対策に着手していたからだ。だが、その対策はあるとき突然撤回されている。鬼怒川決壊が残した教訓とは-。 (宮本隆康、白名正和)

フロンティア堤防 堤防の川側だけではなく住宅側ののり面にも遮水シートを張ったり、のり面の下の部分にブロックなどを埋めたりして、川から水があふれても簡単に決壊しないようにした工法。周辺住民が避難する時間を確保できると期待されたが、2002年に国の堤防設計指針が変更され、全国で進んでいた事業は中断された。「幻」の堤防と言われている。

「一般的には堤防を水が越えても、家は浸水するだけでめったに壊れない。逃げる時間もある。でも、決壊すれば川からあふれる量や流れの速さは全然違い、死傷者も出てしまう」

国土交通省河川局の元技術系キャリア官僚の宮本博司さんは、堤防決壊のリスクをこう強調した。

鬼怒川の決壊がまさにそうだった。

一年前、上流の栃木県日光市などで長時間の強い雨が降り、九月十日午前十一時すぎ、鬼怒川左岸の常総市三坂町で、水が堤防を越える「越水」が確認された。その約一時間四十分後に堤防が決壊。決壊の幅は約二百㍍にまで広がった。

越水はこのほか計七カ所で確認されたが、決壊場所周辺の被害が際立つ。地盤ごと住宅八軒が流され、二軒が大きく傾き、いずれも全壊した。男性一人が流されて死亡した。大量の水が流れ、多くの住民が避難できず取り残された。

ちなみに当時、太陽光パネルの設置のため民間業者が土手を掘削したため被害が起きたとの風評も広がったが、この場所は越水しただけで決壊していない。国交省は「掘削しなくても越水は起きていた」と因果関係も否定している。

決壊の原因について、学識者らの調査委員会は今年三月、堤防を越えた水流が住宅地側ののり面を下から削った、と結論づけた。

宮本さんは「堤防決壊の七~八割は越水によるもの。堤防強化は河川対策の一番の基本なんです」と説明する。

実際、国土交通省もかつて同様の認識で堤防強化を進めていた。

九六年の旧建設省の建設白書では「計画規模を超えた洪水による被害を最小限に押さえ、危機的状況を回避するため、越水や長時間の浸透に対しても、破堤しにくい堤防の整備が求められる」と、「想定外の雨」や越水対策の必要性を明記。同様の記述は五年連続で白書に書かれ、九七年からの治水事業五カ年計画では、決壊しにくい「フロンティア堤防」の整備推進が盛り込まれた。

二〇〇〇年には設計指針が全国の出先機関に通知され、全国の河川で計二百五十㌔の整備を計画。実際に信濃川や那珂川など四つの河川の計約十三㌔で工事が実施された。だが、ダム建設の反対運動で反対派が「河川改修をすればダム不要」とする主張を展開し始めると、白書からフロンティア堤防の記述が消えた。〇二年七月にはフロンティア堤防の設計指針を廃止する通達が出された。突然の方針転換の理由は、白書に書かれていない。

土木学会は〇八年、国交省から堤防の越水対策について見解を求められ「技術的に実現性は困難」などと報告。国の堤防整備はかさ上げ対策に偏り、被害を軽減するフロンティア堤防はお蔵入りとなった。

国「効果は不明」

国交省は取材に「効果が定量的にはっきりしなかったため、予算を使ってまで事業化するには至らなかった」と繰り返す。

ダム不要論高まり転換 国交省OB「禁句になった」

想定外の雨対策急げ

だが、国交省OBからは「研究は成功していた」「急な方針変更はダム推進のため」との証言が相次ぐ。
前出の宮本さんは、フロンティア堤防の整備計画が放棄されたのは「ダム建設に影響するのを懸念したため」と断じる。
フロンティア堤防の研究は一九八〇年代にさかのぼる。旧建設省土木研究所が、越水対策の研究に着手。河川局も研究結果を受け、関係各課の中堅幹部らが議論を積み重ね、事業に組み込んだ。十分に役立つ技術と判断したからこその導入だったという。

だが、二〇〇一年ごろに川辺川ダム(熊本県)の反対運動が高まると、国交省内の空気はがらりと変わったという。建設に反対する市民団体は「フロンティア堤防整備など河川改修をすれば、ダムは不要」とする論陣を張った。脱ダムの機運に押された省内では「越水対策」そのものが敬遠され始めたという。
宮本さんは「そのころ、本省の課長に『越水対策の堤防なんかできない』と言われ、おかしいなと思った」と振り返る。宮本さんが関わった兵庫県の円山川堤防の越水対策工事では「越水対策の言葉だけはやめてくれ。隣の席で川辺川ダムを一生懸命やっているのに」と指示され、工事の名目を変えたこともあった。

「川辺川のために、今までしてきたことを変えていいのか」と担当者に指摘すると、「上からの指示です」との返事。「ダムのためだと確信した。越水対策は省内でタブー視され、禁句になった。本来なら十数年前に堤防を強化するチャンスがあったのに」と宮本さんは嘆く。

元建設省土木研究所次長の石崎勝義さんにとっては、堤防決壊はありえない事態だった。「土木研究所で越水対策の研究は順調に進み、完成している。とうの昔に対策は済んでいると思い込んでいた」。鬼怒川決壊をテレビで見ていて驚いたという。

「堤防を遮水シートで覆ったりするだけだから、ダムよりも予算はかからなかっただろう。対策をしていれば鬼怒川も決壊することはなく、堤防を越えた水だけがあふれ、浸水被害はずっと小さく済んだと思う」と指摘する。
さらには方針変更を正当化する根拠とされた土木学会の見解も疑問視する。

国交省が学会に求めた検討内容は「想定の水位の場合と同等の安全性」など。学会が「実現は困難」と否定したのは、水があふれなかった場合と同じくらい安全かどうかだった。石崎さんは「越水という新たな危険が加わったのに、想定内の水位に収まった場合と、同等の安全になるわけがない。最初から否定的な答えを誘導するための諮問内容だ」と批判する。

国交省は現在、鬼怒川の堤防かさ上げなどを集中的に進めている。宮本さんも石崎さんも「シートで覆うなど、住宅地側ののり面の補強が、越水対策で最も大事」と口をそろえる。だが、国交省は「効果が不明」などとして実施しない方針。

だが、関係者によると「また決壊したら、どう説明するのか」と懸念する声は省内でもくすぶる。

宮本さんは「雨量を想定しきれない中、想定の範囲内で水位を調節するダムよりも、脆弱(ぜいじゃく)な堤防を強化するべきだ。人命にかかわる問題で不作為は許されない。鬼怒川決壊を治水の見直しのきっかけにしなければ」と訴える。

実際、気候変動の影響で自然災害はこれまで以上に拡大すると予測されている。今夏、北海道や東北などに台風が相次いで上陸し、豪雨に見舞われた各地で川が氾濫。岩手県では、二十四時間で八月一カ月分の平均雨量を超える雨が降っている。洪水被害の軽減策は待ったなしだ。

河川工学が専門の今本博健・京都大名誉教授も「ゲリラ豪雨など近年の異常気象で、ますます堤防強化の必要性は高まっている」と憂う。

「国交省は『想定外の雨』と言って逃げているが、猛省すべきだ。日本の堤防の大半は、一時間も越水が続けば決壊する。もっと大きな河川や都市で決壊すれば、被害はより深刻。堤防の越水対策は急務だ」と警鐘を鳴らしている。



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【2016/09/20 01:32】 | 新聞記事から
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              嶋津 暉之

鬼怒川水害のその後について毎日新聞茨城版でも記事を連載しています。
そのうち、被災地の現状を伝える記事3と4をお送りします。

◆川と生きる
関東・東北豪雨1年/3 住宅再建、足りぬ支援 他自治体で上乗せ例も /茨城

(毎日新聞茨城版2016年9月15日)
http://mainichi.jp/articles/20160915/ddl/k08/040/025000c

 鬼怒川の堤防が決壊して住宅が流失し、更地が広がる常総市三坂町の上三坂地区。この地に両親、妻(54)、長男(21)と5人で暮らしていた地方公務員の串田好久さん(56)は今月4日、流失世帯では初めて自宅を再建するために地鎮祭を行った。工事は今月末から。「家を失った両親の喪失感は大きい。過ごしてきた土地で住ませてやりたい」

 悩みは数千万円かかる建設費用だった。受けられた公的支援などは、国の被災者生活再建支援制度による支援金や義援金などを合わせ400万円余り。だが、家財を失って家電や仕事用のスーツも買う必要があり、住宅資金にできたのは二百数十万円。大半は住宅ローンを充て、返済は定年後の80歳近くまで続く。「本当に苦しい」

 水害から1年を過ぎても住まいの問題は解決していない。全壊・大規模半壊世帯などが対象の国の被災者生活再建支援金の支給状況(8月26日現在)からも、それは浮かび上がる。被害時から受け取れる「基礎支援金」(複数人の世帯で50万または100万円)は1568世帯に支給されたが、再建方法に応じ支給される「加算支援金」(同50万?200万円)を受け取ったのはこのうち1399世帯にとどまっている。

 再建した市民も経済的負担に苦しむ。同市橋本町の1人で暮らす家が大規模半壊した小玉きよさん(84)は支援金などを受け取っても修繕資金は足らず、備えのための貯金から100万円以上を下ろした。「こんなふうに消えてしまうなんて」と小玉さん。「お守り」と思い年3000円で掛けていた保険から100万円が支払われたのが救いだった。

     □

 今回の水害で、国の制度では対象外の半壊世帯に、県と市は折半して支援金を支給したが、全壊など被害の大きな世帯への給付上積みはなかった。神達岳志市長はさらに義援金を呼びかける考えだが、確実に集まる保証はなく、それを当てにするわけにはいかない。

 再建で苦労している串田さんは「家の再建は個人の責任になっており、行政は援助に厳しい」と感じた。2007年に被災者生活再建支援法が改正された際の付帯決議は、住宅再建は「地域社会の迅速な復興のためにも極めて重要」と明記し、個人の問題のみではないとしている。上三坂地区の流失世帯の再建を後押しし、コミュニティーを復活させることは行政の責務ともいえる。串田さんは「みんな戻ってきて初めて、復興したと喜べる」と話す。

 「行政はさらに援助を」という串田さんの願いは過大ではない。自治体が独自に再建支援を上乗せした事例はある。東日本大震災では、岩手県が制度を創設、県内でも牛久市が「引き続き住んでもらうために」と最大100万円を上乗せする制度を始めた。

 県や市が提供する無償の公営住宅などには今も79世帯・197人(8月26日現在)が暮らしている。入居期限はおおむねあと1年。状況は待ったなしだ。【宮田哲】

 ■国または県の被災者生活再建支援制度

    基礎支援金       加算支援金       計

国   全壊    100万円 建設・購入 200万円 300万円

                補修    100万円 200万円

                賃借     50万円 150万円

    大規模半壊  50万円 建設・購入 200万円 250万円

                補修    100万円 150万円

                賃借     50万円 100万円

 ※半壊・大規模半壊でも解体した場合は全壊と同等の支援


県独自 半壊     25万円              25万円


◆関東・東北豪雨1年/4 水害引き金、廃業続々 苦戦する駅前商店街 /茨城
(毎日新聞茨城版2016年9月16日)
http://mainichi.jp/articles/20160916/ddl/k08/040/090000c

 「この町には人が来ないんです」。関東鉄道常総線水海道駅前でおもちゃと人形を扱う「田内人形店」。店主の田内護さん(58)がつぶやいた。水害の被害を受けた後、商売を再開したが売り上げは上向かない。平日の客は20?30人。「30年前なら店前に子供たちの自転車がずらりと並んでいた日もあったのに」

 1年前。押し寄せた水は倉庫にも入った。そこには、商品のおもちゃが入った段ボール箱が積まれていた。一番下の箱が水を吸ってグニャグニャになると、箱の山はひっくり返り、水に落ちた。「だめだ」とぼうぜんとした。廃棄したおもちゃはトラック約10台、600万円分に上った。

 商品棚に空きが目立つ中で約10日後には開店。借金して仕入れし直した。だが水害後は、ひな人形などの「お節句物」は堅調だったものの、おもちゃの売り上げは前年より5%減。ここ10年は毎年その程度落ちており今年も変わらない。

 おもちゃの小売り自体がネット販売に押されている状況に加え、集客力のない町での商いに限界を感じている。だが、3代続く人形の商いは商品構成に自信がある。おもちゃも人気商品をそろえている。「まちに人が来れば、商品を見てくれる人もいるのでは」
      □

 豪雨では常総市の商工業も打撃を受けた。被害額は約184億円。市商工会は昨年度、約40社が水害による廃業を理由に脱退したと推定する。中でも多かったのが商業だった。

 中川弘美事務局長は「経営者が高齢化して後継者もいない状況で、出店を加速させるコンビニの影響も受けていた。借金をして再開しても展望がないと考えた経営者が多いのでは」とみる。じわじわと衰退する中、水害が「引き金」となった。

 特に深刻なのが、同市の中心市街地である水海道駅前だ。市の調査では駅前の商店街の287店中、水害前の昨年2月の空き店舗は69店だったが、水害後の今年5月には84店に増加した。

 豪雨で、県は被災した中小企業に最大50万円を支給する「事業継続支援補助金」を創設。1000万円までは利子を3年間全額補助する緊急対策融資制度も設けた。商業の復旧に一定の役割を果たしたといい、田内さんも利用している。だが、水海道駅前などは、各商店が水害前の状態に戻るだけでは衰退の歯車は止まらない。町に人を呼び戻す腰をすえた復興策に、行政や地元住民が取り組む必要がある。

 田内さんは「行政は発信力を高めて、水海道の魅力をPRしてもらいたい」と話す。神達岳志市長は今夏の市長選で「都心に近く、おいしいもの、楽しいものがあるから、常総市に行こうと思われるまちにしなければならない」というビジョンを示した。人が集まる方策として、常総線とTX(つくばエクスプレス)の相互乗り入れや、空き家活用、民泊の推進などを掲げており、実現に向けた手腕が問われる。【宮田哲】



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【2016/09/20 01:20】 | 新聞記事から
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◆常総水害1年、遠い復興 いまも200人避難・自宅再建ゼロ
(朝日新聞2016年9月11日)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12554043.html?rm=150

「関東・東北豪雨」により、茨城県常総市の鬼怒川で堤防が決壊してから、10日で1年たった。国の堤防改修工事は着々と進むが、いまも約200人が避難生活を送り、決壊現場で自宅を失った10戸はまだ1戸も再建されていない。住宅の取り壊しや商店の閉鎖も続き、復興への道は遠い。

「この歳では銀行はなかなか金を貸してくれない」

堤防が決壊した常総市上三坂地区に8月下旬、自宅を失った10家族の多くが集まり、7月に初当選したばかりの神達岳志市長と話し合った。茨城県つくば市の県営アパートで避難生活を送る羽鳥明夫さん(63)は、他の自宅流失家族同様に再建資金に苦しむ。
羽鳥さんが受けられる公的支援は、被災者生活再建支援制度による支援金100万円と、県や市の義援金など計約200万円。自宅が再建できればあと200万円追加されるが、1千万円以上かかる資金には到底足りない。神達市長に流失世帯への独自支援を求めたが、市は特別扱いに慎重だ。

市によると2人が死亡し、住宅被害は全戸の約4割の8300戸余に及んだ。水害後に900人ほどが市外へ転出。市商工会によると、製造業や小売業など約40会員の事業者が廃業した。

市の復興策への取り組みは鈍い。県や市が提供する公的住宅の期限は2年間だが、被災者が多いことから1世帯あたりの義援金は約100万~50万円しかない。商工業者への支援も最大で50万円程度にとどまる。

■学校・町内会、進む自主防災

水害時の常総市の対応は後手に回った。国土交通省から市に避難指示を出すよう促す連絡があったが、上三坂地区に避難指示が出たのは堤防が決壊した後だった。水害後も防災体制の構築は遅れている。

行政の混乱が続くなか、学校現場が立ち上がった。「防災の日」の1日、常総市内の全19小中学校で水害後初の大規模な避難訓練が開かれ、各校がそれぞれ独自の避難方法を考えた。市校長会の山中久司会長(60)は「記憶が薄れないうちに、子どもたちに水害の教訓を伝えなければ」。

鬼怒川の溢水(いっすい)現場に近い市立玉小学校では、6年生が、隣接する玉幼稚園の園児を背負って避難する訓練をした。幕田久子園長は「少しの浸水でも園児は怖くて動けなくなると思う。小学生が付き添ってくれるのは心強い」と話した。

水害時、独自に防災情報をショートメールで伝え、住民を早期避難させた町内会もあった。根新田町内会はこのシステムをもとに、自主防災組織の立ち上げを準備している。神達市長も市内各地区に自主防災組織をつくる必要性を強調している。

(三嶋伸一、酒本友紀子)

■国は減災へ対策

鬼怒川の堤防決壊は、治水のあり方を大きく転換させた。国土交通省はハードで抑え込む従来の治水から、記録的な大雨による川の氾濫(はんらん)は起こりうるという前提で対策を進める。

まず取り組んだのが堤防の簡易補強だ。国は管理する109水系で20~30年の計画を立て、堤防整備を進めている。ただ、鬼怒川のように氾濫リスクが高くても、かさ上げなど本格的な工事が遅れている国管理の堤防は全国で約4500キロ、全体の約3割を占める。そこで水があふれても堤防が決壊するまでの時間を稼ぎ、避難する時間を確保するため、堤防の上部をアスファルトで固めたり、外側にブロックを埋め込んだりして補強する。約2千億円を費やし2021年3月までに工事を終える。

また、国交省は、避難指示の遅れで多くの住民が浸水地域に取り残されたことを教訓に、109水系周辺の730市区町村を対象に研修会も開催。自治体がとるべき対応を時系列でまとめた行動計画(タイムライン)作りも進め、589市区町村で完成した。
(峯俊一平)


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【2016/09/20 01:11】 | 新聞記事から
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            嶋津 暉之

神奈川県平塚市が進められている「水田ダム」の実証実験についての記事です。
この「水田ダム」は新潟大学で開発した「田んぼダム」(排水マスに流出量調整金具を取り付ける方法)ではなく、土のうを積んであぜの高さを嵩上げする方法です。
平塚市は「田んぼダム」の技術をどう評価しているのでしょうか。

◆大雨吸収「水田ダム」 平塚市、水害軽減へ実証実験
(カナロコ by 神奈川新聞 9月18日(日))
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160918-00012039-kana-l14

 平塚市は、県内一とされる水田面積(622ヘクタール=2015年)を生かした「水田ダム」の実証実験を始めた。遊水池としての水田に着目し、本来の治水機能を高めることで水害軽減の可能性を模索する。8月の台風9号でも水田から水があふれるなどの影響はなく、一定の効果を確認。市は今後も地域性を生かした水防モデルの構築を目指していく考えだ。
 幾筋もの川が流れ、豊かな水量が県内トップの米どころを支えている平塚市。一方で2013年に南金目地区で金目川の堤防が崩落するなど、水害にも悩まされてきた。市は上流域を含む金目川水系の水田が、30年前から約602ヘクタールが減少している現状を踏まえ、雨水が河川へ直接流入しない水田の「貯水機能」に着目。氾濫防止策の一手として、6月から試行を始めた。
 実証実験は、南豊田地区の水田(約1300平方メートル)のあぜの高さを従来の20センチから30センチにかさ上げし、降雨が水田にとどまる仕組み。水位計も設置し、市は「貯水量は単純に1・5倍になる。浸水被害などの軽減につながるよう前進させていきたい」と期待を込める。
 台風9号が上陸した8月22日。市内では1時間に最大48ミリ(真田地区)を観測するなど5カ所で道路冠水があったが、「水田ダム」の水位は、従来より6センチの上昇にとどまった。
 市は今後、あぜの高さや稲作への影響など、農家の意見と実験結果を検証しながら、遊水機能向上を目指していく。今後は支流を含めた金目川水系全体の水害対策を念頭に置いており、「秦野や伊勢原の上流自治体と県を巻き込んで、水田が多い地域性を生かしたモデルを模索し、危険な状況を回避していきたい」(市関係者)と期待を寄せている。


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【2016/09/20 01:06】 | 新聞記事から
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         嶋津 暉之

淀川水系・丹生ダム(水資源機構)の中止が今年7月にきまりました。
9月11日に「丹生ダム建設事業の中止に伴う地域整備事業に係る基本協定」が締結されました。

◆滋賀・丹生ダム代わる振興策を 国や地元など5者協定
(京都新聞2016年09月12日 22時14分 )
http://www.kyoto-np.co.jp/shiga/article/20160912000160

 滋賀県長浜市の高時川上流で建設が計画されていた丹生ダムの正式な中止決定を受け、地元の丹生ダム対策委員会や国土交通省近畿地方整備局など5者は11日、ダムに代わる地元の振興を進める「丹生ダム建設事業の中止に伴う地域整備事業に係る基本協定」を結んだ。5者による「地域整備協議会」を速やかに発足させることも確認した。

 協定書では▽国、滋賀県、長浜市、水資源機構は地域整備を協力して進める▽同協議会での検討を踏まえ、国は責任を持って地域整備の推進を図る▽地域整備推進は同市北部地域の振興を見据えて行う-などとしている。

 調印式では、対策委の丹生善喜委員長、同局の池田豊人局長、三日月大造知事、藤井勇治市長、同機構の甲村謙友理事長が協定書に署名した。
 冒頭、池田局長は「地元の方々に長年にわたってご迷惑をお掛けしたことをおわびする」と謝罪。丹生委員長は「無念な思いだが、調印は丹生ダム事業の新たなスタート」と語った。藤井市長は「地元対策が一刻も早くできることを切に願う」と話した。

 対策委は今年1月、同局に提出した意見書で▽道路網の整備▽高時川の河川整備▽自然、文化、歴史を生かした地域振興策-など6項目の実施を要請しており、池田局長は「意見書の内容を重く受け止め対処したい。(同協議会を)できるだけ速やかに立ち上げ、できる事業から進めていきたい」と説明した。

 丹生ダム計画は1968年10月に予備調査が始まり、96年に水没予定地の約40戸の移転が完了した。2014年1月、同局と同機構が事実上の中止方針を表明し、今年7月20日、国交省が正式に中止を決定した。


◆「丹生ダム後」の振興策 地元と国、県などが協定書
(産経新聞2016.9.13 10:27)
http://www.sankei.com/west/news/160913/wst1609130042-n1.html

 長浜市で国が計画していた多目的ダム「丹(に)生(う)ダム」の建設中止が決まったことを受け、ダムに代わる地域振興策を考えようと、地元住民でつくる丹生ダム対策委員会と国土交通省、県、市などは「地域整備基本協定」を結んだ。

 協定書では、住民と国、県など5者で協議会を設置し、地域振興策を考えることなどが盛り込まれた。協議会での検討をふまえ「国は責任を持って地域整備推進を図る」としている。池田豊人・国交省近畿地方整備局長は「すみやかに(協議会を)設置したい」と述べた。

 丹生ダムは国内屈指の多目的ダムとして計画され、昭和43年に予備調査が始まった。平成8年には、水没予定地となった40戸の家屋の移転が完了。だが、その後国交省は事業再検討の対象とし、今年7月、建設の中止を決定した。


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【2016/09/15 16:35】 | 各地のダム情報
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鬼怒川決壊から1年目の9月10日の東京新聞に、かつて国交省が進めていた堤防強化策が、ダム不要論の高まりを恐れた国交省によって突然消えたことを指摘しています。
越水による堤防決壊が大きな被害をうむので、越水しても決壊しない堤防を作ることが被害防止に有効なのに、国交省は頑なに治水の見直しをしようとしません。

◆鬼怒川決壊きょう1年 突然消えた堤防強化策 国交省OB「ダム推進のため」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2016091002000156.html

昨年九月の関東・東北水害から十日で一年になる。茨城県常総市では住宅五千棟以上が
全半壊した。被害を広げたのは、鬼怒川の堤防決壊だった。「想定外の雨」が原因とされているが、
「ダム偏重の河川対策」の不備を指摘する専門家は少なくない。
実は国も一九九〇年代に、想定以上の雨に備えた堤防強化対策に着手していたからだ。
だが、その対策はあるとき突然撤回されている。鬼怒川決壊が残した教訓とは-。 
(宮本隆康、白名正和)
2016-09-12_02h32_55-horz.jpg

記事全文→ こちら

○国土交通省河川局の元技術系キャリア官僚の宮本博司さんは堤防決壊のリスクを「堤防が決壊すると死傷者も出てしまう」と指摘。

○鬼怒川の決壊は「越水」から「決壊」して大きな被害になった。

○決壊の原因は、堤防を越えた水量が住宅地側の堤防ののり面を下から削ったからと調査委員会の結論。

○堤防強化は河川対策の一番の基本

○国交省も同様の認識で堤防強化を進めていた。97年の治水事業五か年計画では、決壊しにくい「フロンティ堤防」推進事業が盛り込まれた。

○2000年には設計指針が全国の出先機関に通知され、全国の河川で計250キロの整備を計画。

○ダム建設反対派が「河川改修すればダム不要」と主張を展開し始めると白書から「フロンティア堤防の記述消え02年にフロンティア堤防の設計指針を廃止する通達が出る。

○土木学会は08年、堤防の越水対策について「技術的には困難」と報告し、国の堤防整備はかさ上げ対策に偏向。

○国は「効果がはっきり認められなかった」しかし、国交省OBからは「急な方針変更はダム推進のため」

○フロンティア堤防の研究は1980年大から。河川局も議論を重ね導入した。

○2001年ごろ川辺川ダム(熊本)の反対運動が高まると、脱ダムの機運に押された省内で「越水対策」そのものが敬遠され始めた。

○元建設省土木研究所次長の石崎勝義さんはとっくの昔に対策は済んでいると思い込んでいたと語る。対策をしていれば、鬼怒川も決壊することなく浸水被害はずっと小さく済んだと思うと指摘。

○方針変更を正当化する土木学会の見解も疑問視。最初から否定的な答えを誘導するための諮問内容。

○宮本さんも石崎さんも「シートで覆うなど、住宅側ののり面の補強が、越水対策で最も大事」、だが国交省は実施しない方針。

○河川工学が専門の今本博健・京大名誉教授も「ゲリラ豪雨など近年の異常気象で、ますます堤防強化の必要性はたかまっている」「国交省は『想定外の雨』と言って逃げているが、猛省すべきだ。日本の堤防の大半は、一時間も越水が続けば決壊する。もっと大きな河川や都市で決壊すれば、被害はより深刻。堤防の越水対策は急務だ」と警鐘をならしている。


まさのあつこさんも河川行政の転換を訴えています。
◇河川行政の大転換を~紀伊・広島・常総・台風10号の教訓
Yahoo!ニュース
http://bylines.news.yahoo.co.jp/masanoatsuko/20160907-00061897/

【2016/09/13 02:21】 | 政策
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            嶋津 暉之

石木ダム工事差し止めの仮処分の審尋と、石木ダム貯水池部分の収用委員会の動きに関するものです。

◇工事差止か否か、結論は年末?
- 石木川まもり隊 - https://is.gd/rAVEDt

◆石木ダム仮処分めぐる審尋
(NHKニュース2016年09月08日 19時40分)
http://www3.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/5034150291.html?t=1473373608121

長崎県と佐世保市が川棚町に計画している石木ダムについて、建設に反対する地権者などが工事の差し止めを求めた仮処分の申し立てについて、長崎地方裁判所佐世保支部は、双方の意見を聞く「審尋」を9月8日で終えました。
工事の差し止めを求める仮処分を申し立てているのは、川棚町の石木ダムの建設予定地に居住したり土地を所有している地権者などおよそ500人で、「生活基盤を破壊する違法な事業だ」と訴えています。
8日は、長崎地方裁判所佐世保支部で双方からの意見を聞く「審尋」が非公開で行われ、地権者側の代理人を務める平山博久弁護士によりますと、地権者側はダム建設によって生命や身体の安全が侵害されることなどを訴えた書面を提出したということです。
一方、県と佐世保市は前回の審尋で地権者側が求めていたダムの必要性について新たな回答は出さず、改めて地権者側の申し立てを却下するよう求めたということです。
審尋の手続きは、8日ですべて終えたということで、裁判所の判断は、ことし中に出る見通しだということです。


◆石木ダム仮処分の判断は年内にも
(テレビ長崎2016年9月8日 18:10)
http://www.ktn.co.jp/news/2016090886444/
東彼・川棚町で県が周辺工事を進める石木ダムについて、工事差し止めの仮処分が必要かどうか、長崎地裁佐世保支部は、年内にも判断を出します。
石木ダム建設については、県が予定地の一部で、すでに強制的に所有権を取得し、工事を進めようとしています。
しかし、予定地の地権者など504人は、ダムの必要性に疑問があるとして待ったをかけ、工事差し止めの仮処分を裁判所に求めています。
県側は、仮処分は必要ないとして、速やかな却下を主張したのに対し、地権者側は、ダム工事の必要性を丁寧に説明するよう主張しました。
長崎地裁佐世保支部は、きょうの裁判で審理を終結しました。

地権者側 平山博久弁護士「債権者1人1人の被保全権利が侵害されているかどうか、保全の必要性があるかということを判断すると、そういうスタンスを示してくれたんだろうと」工事を差し止める仮処分を出すかどうかの判断については、裁判所側から双方に「年内をメドに決定したい」と、説明があったということです。


◇収用委員会、審理終了?
- 石木川まもり隊 - https://is.gd/kAg2SX

◆石木ダム貯水池部分の収用委員会開始
(テレビ長崎2016年9月6日 20:03)
http://www.ktn.co.jp/news/2016090686238/

県と佐世保市が東彼・川棚町に計画している石木ダムをめぐり、ダムの底に沈む貯水池部分の土地の強制収用に向けた審理が6日、始まりました。しかし、今回も、地権者は会議に出席しませんでした。

県の収用委員会では建設に必要な土地の強制収用の補償額などを審理しています。今回対象となるのは、東彼・川棚町に建設が計画されている石木ダムの貯水池などにあたる9万平方メートルのうち、1件の家屋を含む3世帯の土地、およそ7千8百平方メートルです。

迂回道路のための土地はすでに明け渡し期限を過ぎ、ダム本体の予定地についても先月、2度の審理を終え強制収用に向けた手続きは着々と進んでいます。

今回は残る裁決申請分の最初の審理で、意見を聴取する必要のある地権者が出席しなかったことから、後日、再び審理を行う予定です。

県収用委 梶村龍太会長「実際、中を見れていないので正確な補償が出来ているのかという思いはある。出てきて自分の財産権はこれだけあると主張してほしい」

石木ダムをめぐっては、建設に反対する地権者などによる工事の差し止めや事業認定の取り消しを求める裁判が続いています。


◆石木ダム建設事業 県収用委員会で未買収地の審理 /長崎
(毎日新聞長崎版2016年9月7日)
http://mainichi.jp/articles/20160907/ddl/k42/010/351000c

県などが計画する石木ダム建設事業(川棚町)で、県収用委員会は6日、予定地内の未買収地計約7800平方メートルの強制収用に向けた審理を開いた。事業に反対する地権者が出席しなかったため、次回の審理で意見を聴くことになった。

5月11日に県が裁決申請した宅地や山林など約9万平方メートルの一部で1世帯の家屋を含んでいる。この日の審理では、県の担当者が、住民から事業への同意を得られなかったことなど、裁決申請までの経緯を説明した。



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【2016/09/12 02:20】 | 石木ダム
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